執筆「自分が変われば人も変わる 自分が変わらなければ何も変わらない」

 また新しい年である。
 当然ながら、また一つ、年を取る。
 悲しいことである。だんだんと皺やしみが増え、白髪も増えてきた。体もたるんでしまりがなくなり、動きが鈍くなっている。若い人は綺麗でいいな、羨ましいなと思う。若い時には気がつかないが、若いことはそれだけで素晴らしいことなのである。
 ただ、冷静に考えると、加齢は悪いことばかりではないと思える。精神的にはむしろ良いことが多いように思う。私は成長が人より遅いのかもしれないが、ようやくに自分というもの分かってきて、ずいぶんと生きやすくなったのだ。
 私は短気で、狭量で、完全主義者なのだ。だから他人を受け入れにくかった。だが、人にもそれぞれの考え方、生き方があり、みな一生懸命にやっているのだと思えるようになって、対応が穏やかになった。
 自分が優しくなったからだろう、周りも私に優しくなった。自分が変われば人も変わる。自分が変わらなければ何も変わらない。本当に、もっと若い時にこの処世術が会得できていれば、人生もっと充実していただろうにと残念である。
 人生の有限が見えてきだすと、すべてが愛おしくなる。今見ている何気ない光景もいつか必ず見えなくなる。今話している人ともいつかは話せなくなる。年を取ると涙もろくなるのは感受性が研ぎ澄まされてくるからなのだ。
 とはいうものの、身体的にはやはりアンチエイジング(抗加齢)でいきたい。もともと堅い体が昨今ますます堅くなり、不自由になってきたので、体を動かすことを今年の目標にしようかなと思う。60歳でなお美しい前田美波里さんのようにはいくまいが、せめて努力だけはしたいものである。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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裁判員制の重大な問題について

 来年5月施行が近づき,このところ何かと言うと,裁判員制が話題に出る。
 たいていの人が(弁護士を含めて)反対である。なぜこんな大事なことがさっと通ってしまったのか。日本では絶対に機能しない。裁判員には心身共にたいそうな負担となる。この財政多難な折に多額の予算を使って,あえてやる価値がどこにある。……
 もとより私は,国会議員時代から強固に反対していたのであり,今なおその気持ちは変わらない。理由は,以下。

?もともと陪審制に代表される裁判への市民参加は,お上を信用できない歴史からくる国 民の「権利」であって,日本とはそもそもの成り立ちが違う。日本では導入しても義務 意識でしかない(これに限らず,諸外国ではこうなっている,という議論は誤りの元で ある)。
?陪審制の国では,被告人が有罪答弁をして証拠調べなしに(すなわち陪審裁判を選択せ ずに)直ちに量刑に入ることができるが,この制度では被告人に選択権がない(与える と,被告人は裁判員制を選択しないからというのは,本末転倒である)。
?対象が住居侵入窃盗のような身近な犯罪であればともかく,殺人などの重大犯罪である から,証拠を見るにも量刑を科すにも素人の裁判員には負担が重すぎる。

 以上に加えて,いろいろな人と喋っていると,新たな問題点が浮き彫りになってきた。? 公判前整理手続きにおいて争点と証拠の整理をするのだが,ここで裁判官は予め中身 を知ってしまい,刑事訴訟法の鉄則である「予断排除の原則」が完全に損なわれてしま う。またこの手続きは当然ながら法曹三者のみが関わるので,裁判員はお飾りにすぎな い。
? 裁判員6名の名前は一切出ない。判決にも出ない。であるのに裁判員は評議にも量刑 にも加わるから,被告人は名無しの権兵衛に裁かれたことになる。ことに対象が重大事 件であり,死刑の場合もあるのだから,とうてい納得がいくはずがない。

 この2点は重大な指摘であると思う。

 かねて私は,証拠の扱いはどうなるのだろうと考えていた。
 被害者死亡の事件では当然ながら被害者の死体は証拠となる。
 死体検案書も解剖の写真(鑑定書)も,凄惨な殺人現場の写真もある。これらはすべて重要な証拠であり,見ずに裁判してもいいとはとうてい思えない。かといえ裁判員に対して,嫌でも何でも絶対に見ろと要請することはできない。専門家は慣れているからいいが,素人には耐え難いものであるはずだからだ。倒れたら困るから,きっと見なくていいと裁判所は指導するはずである。
 それやこれやで,矛盾が明らかになりつつある。拙速な裁判となり,これからは被害者も参加しうる裁判制度となるから,裁判員はあちらからもこちらからも期待をされ,かつまた恨みを買うかもしれないのである。

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執筆「伝えられなかった感謝の言葉とともに 悔いのない人生を生きるために」

 おかげさまで、弁護士業も早や4年になる。この間、周りの人に大いに助けられてきたが、今年はとても悲しい年になった。格別お世話になった方が亡くなったのだ。
 5月に食事の約束をしていたが、入院するのでと断りが入った。その後、電話で何度か仕事の話はしたが、4ヶ月後、突然の訃報となった。
 最後にお会いしたのは3月だった。それが最後になるとは考えもしなかった。分かっていれば、どうしても言っておきたいことがあった。「本当にありがとうございました」。私がどれほど感謝をしているか、永久に伝える術はない。それが大きな悔いである。
 生老病死。人は必ずや死ぬのだが、最後の挨拶ができないことがこれほど辛いとは知らなかった。思いきって携帯電話の登録を消したとき、二度と声を聞くことのない現実の重さが、胸に押し寄せてきた。
年齢のせいだろう、私の周りにも死が増えてきた。死因は断然、癌が多い。寿命が延びた分、かかりやすくなったそうだが、若くして逝く人も珍しくはない。自覚症状が出たときにはすでに手遅れ。それどころか、検診を受けたら末期だったという話もある。
 余命あといくらと宣告されたら、私はどうするだろうか。行きたかった所に行くだけの気力があるだろうか。死に出の旅の準備を整え、周りの人にも気配りができるだろうか。否、自暴自棄になり、あたふたするだけで、とてもとても、そんなことはできそうにない。
 明日がをあることを前提に、人はその日を生きている。だがしょせん、生は有限なのである。いかに悔いなく生きるか。結局はやはり、毎日を充実して生きることしかないのだろう。
 身につまされて人生を考えた今年も、まもなく終わる。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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厚労省元事務次官刺殺事件,そして麻生首相

 何とも大胆不敵な,プロの殺し屋的犯罪だった。
 標的は官僚。年金に関わっていた高級官僚の一家殺害を連続して企むという,日本初の犯行形態である。すわ,テロだとの緊張が走り,元厚労相政務官の私まで要警護リストに上がっていると漏れ聞いた(ただし,実際には何の連絡もなかった)。
 テロは政治目的だから犯行声明があって然るべきだが,何もなく,犯人像がまるで掴めなかった。そうしたら証拠物件をすべて携えて,警視庁に自首ときた。警護が厳しくなり,続く犯行に及べなかったのであろう。

 無職なのに,家賃は払っていたのだから,バックがいると考えて普通である。
 単独犯行を装い,バックを隠すため,証拠物件をすべて揃えて出頭というのは考えられることである。
 そんな周到さの割には,述べる動機が馬鹿げている。子どもの頃に犬を保健所に殺された恨みだなんて,誰が納得しよう。そんなことで(もともと親が保健所に持ち込んだわけだし),まるで無関係の,見知らぬ人を,確固たる殺意をもって殺害できるはずがない。
 もしそんなことがありうるとしたら,精神異常者である。

 しかし,世の中には異常な人が結構いる。秋葉原の事件もそうだった。人生に対する不満を,親でもなく,上司にでもなく,無関係の赤の他人にぶつけた。自分自身を恥じることもなく,ネットに恨み辛みを書き連ねていた。異常なまでの自己顕示欲がそこには見える。今回の犯人もそうだ。近くの警察署ではなく警視庁に出頭したとき本人は英雄のつもりだったのではないか。端から見たら異常だが,当の本人はそれなりに理屈が通っているのであろう。こんな輩に殺されてはたまらない。怨恨やら金銭のもつれやら,男女関係のトラブルであれば避けることもできようが,動機がこれでは誰も避けられない。運が悪かったとしかいいようがない。合掌。

 こわい世の中になったものである。このところとくに大阪ではひき逃げやら引きずりやら,ひどい事件が相次いだ。誰でもいいから殺したかったと車をぶつけられて殺された人まで出た。異常な事件が増えているのは,個々人の問題もさることながら,そういう人たちの異常性が,社会全体の鬱憤や閉塞性の故に際だつのであろう。

 希望が見えない。先行きが不安である。
 政治が漂っている。司令塔がない。麻生首相の発言はよくぶれる。自分が決めると言いながら,決められない。極めつきは漢字がまるで駄目なことが分かったことだ。学生に日頃,人間の基本は国語力だ,国語力はものを考える力そのものだと言っているのに,これはどうしたことか。基本の漢字がここまで読めないということは,考える力がないことに等しい。失言癖と言われていたが,どうやらそうではなく,そもそもの意味が分かっていない故ではないかと思うようになった。
 とはいえ,自民党としてはもう後がない。党内で反乱が起きているようだが,みなで支えて選挙を乗り切るしか方法がない。

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オバマ大統領誕生,小室哲哉逮捕……

 あっという間に1ヶ月が経つ。というより年賀状を書く時期がまた巡ってきている。なんだか年賀状を書くために生きている気がする,とつぶやくと人に笑われるのだが,この前書いたばかりのような気がするのは本当である。

 ニュースが多すぎて,1ヶ月で世の中が大きく動く。
 オバマ大統領がダブルスコアでマケイン候補に圧勝。オバマが頭のいいエリートであるのはたしかだが,さほどスピーチが上手いとも,知的だとも感じなかったのだが,徐々に彼は場慣れしてきたのか,冷静さが際だってきた。とはいえアメリカで本当に黒人大統領が誕生するのかには懐疑的な人が多かった。それを覆したのは,アメリカがそれだけ「チェンジ」を求めている現実であろう。アメリカの人たちは,9.11に代表されるブッシュの失政にうんざりしているのであろう。お笑いでもブッシュを馬鹿にするネタが多いのには驚く(日本でも同じだが)。
 
 変革を求めているのはひとりアメリカに限らない。どの国も同じだろう。アフリカの奥地の国でさえ影響は免れないほどの金融・経済のグローバル化の中,どの国も先が見えないのだ。
 だが,日本政治の迷走は続いている。最近では,給付金に見られる閣内不統一がそれだ。大体がなぜ,役人のおそろしい手間暇,事務コストをかけて,そんな金を配らなければならない? 国家全体で公職選挙法違反をしているようなものではないか。金持ちは辞退しろって,金持ちは税金で絞り取られていて,ここで辞退しようなんて気にはならないだろう。普通の人でも貧乏人でも,現在のこの未曾有の(首相のいうような,100年に一度なんていう生やさしいものではなく)経済危機の中,不動産業・建設業の構造不況に代表されるように,ちょっと先の雇用さえ読めない不安の中にいる。それに3年後には消費税を上げると宣告されて,そんなはした金を貰ったところで,嬉しくも何ともない。みな騙されはしない。それが本音だろう。
 早期解散の線はとうに消え,来年4月解散説が主流になったようだ。だが来年4月になったところで解散を打てるだけの材料が揃うかどうか。それがなければ任期満了まで内閣は続かざるをえない。対立軸となる民主党にもきちんとした政策を出してもらいたい。

 小室哲哉のニュースにも驚いた。
 詐欺で逮捕と出たから当然に犯意は否定すると思ったが,あっさりと認めた。二重売買だったというのだから仕方がない。
 180億を30年で使うと年6億。月5000万円,日166万円。どうしたって使えない額だと思うが,使い切った挙げ句に借金が10億円以上あるという。困っても賃料月200万円のマンションに住み,著作権をネタに詐欺を重ねて借金を支払い,いわゆる自転車操業をしていた。変な取り巻きに囲まれ,金銭感覚が完全に麻痺していた。逮捕されてほっとしたというのが本当のところだろう。
 私はこの人の歌をほぼ知らない。現在も歌われている歌はそれほどないらしい。金銭感覚に代表されるその生き方と同様,魂を欠いたあぶくのような歌だったのかもしれない。

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