厚労省元事務次官刺殺事件,そして麻生首相

 何とも大胆不敵な,プロの殺し屋的犯罪だった。
 標的は官僚。年金に関わっていた高級官僚の一家殺害を連続して企むという,日本初の犯行形態である。すわ,テロだとの緊張が走り,元厚労相政務官の私まで要警護リストに上がっていると漏れ聞いた(ただし,実際には何の連絡もなかった)。
 テロは政治目的だから犯行声明があって然るべきだが,何もなく,犯人像がまるで掴めなかった。そうしたら証拠物件をすべて携えて,警視庁に自首ときた。警護が厳しくなり,続く犯行に及べなかったのであろう。

 無職なのに,家賃は払っていたのだから,バックがいると考えて普通である。
 単独犯行を装い,バックを隠すため,証拠物件をすべて揃えて出頭というのは考えられることである。
 そんな周到さの割には,述べる動機が馬鹿げている。子どもの頃に犬を保健所に殺された恨みだなんて,誰が納得しよう。そんなことで(もともと親が保健所に持ち込んだわけだし),まるで無関係の,見知らぬ人を,確固たる殺意をもって殺害できるはずがない。
 もしそんなことがありうるとしたら,精神異常者である。

 しかし,世の中には異常な人が結構いる。秋葉原の事件もそうだった。人生に対する不満を,親でもなく,上司にでもなく,無関係の赤の他人にぶつけた。自分自身を恥じることもなく,ネットに恨み辛みを書き連ねていた。異常なまでの自己顕示欲がそこには見える。今回の犯人もそうだ。近くの警察署ではなく警視庁に出頭したとき本人は英雄のつもりだったのではないか。端から見たら異常だが,当の本人はそれなりに理屈が通っているのであろう。こんな輩に殺されてはたまらない。怨恨やら金銭のもつれやら,男女関係のトラブルであれば避けることもできようが,動機がこれでは誰も避けられない。運が悪かったとしかいいようがない。合掌。

 こわい世の中になったものである。このところとくに大阪ではひき逃げやら引きずりやら,ひどい事件が相次いだ。誰でもいいから殺したかったと車をぶつけられて殺された人まで出た。異常な事件が増えているのは,個々人の問題もさることながら,そういう人たちの異常性が,社会全体の鬱憤や閉塞性の故に際だつのであろう。

 希望が見えない。先行きが不安である。
 政治が漂っている。司令塔がない。麻生首相の発言はよくぶれる。自分が決めると言いながら,決められない。極めつきは漢字がまるで駄目なことが分かったことだ。学生に日頃,人間の基本は国語力だ,国語力はものを考える力そのものだと言っているのに,これはどうしたことか。基本の漢字がここまで読めないということは,考える力がないことに等しい。失言癖と言われていたが,どうやらそうではなく,そもそもの意味が分かっていない故ではないかと思うようになった。
 とはいえ,自民党としてはもう後がない。党内で反乱が起きているようだが,みなで支えて選挙を乗り切るしか方法がない。

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