このところ思うことなど、雑感…

 連休は暦通りに出ている。4月29日(水、昭和の日)は昭和百年記念式典が武道館であり、出席してきた。昭和元年が1826年、ということは今年で確かに100年になるのである。

 正午前に参院議員会館に集合。マイクロバスで武道館に向かい、待つこと延々…、式典は午後2時にスタートし、2時50分に終了。両陛下ご臨席の下、国歌斉唱、高市首相の式辞、森衆院議長・関口参院議長・今崎最高裁長官3人の挨拶の後、海上自衛隊東京音楽隊の歌・演奏が6曲続いた。退出はブロック毎なので手間取り、参院に戻ったのは午後4時。その後、元議員仲間数人と会食して、有意義な一日だった。私は藤色の江戸小紋に銀地の袋帯。自分で着物を着られるようになっていて、本当に良かったと思う。

 さて、イラン攻撃から2ヶ月が経った。出口はまるで見えない。もともとアメリカに大義はなく、出口戦略もなかったのだから、短期の停戦ですら簡単にいくはずもない。トランプはイランの文明を滅ぼしてやる、と汚い言葉を使って脅迫し、それらを戒めたローマ教皇を批判し(イタリア首相は、これを許せないと明言)、あろうことか自らをイエス・キリストに見立てた図柄をアップするなど、とうてい正気の沙汰とは思えない言動が続く。アメリカ憲法25条は大統領が職務に堪えない精神状態になれば、上下院共それぞれ3分の2の賛成で罷免させられる旨を定め、これが発動されるべきだとの言も現れるようにになった。中間選挙で共和党が大敗すればありえないことではないが、ただ副大統領の賛同がいるので、無理なようだ。次期大統領を狙うバンスはトランプに従順な姿勢を貫いている。

 NATO各国はアメリカと距離を置き始めている。となるとその分、ロシアや中国や、その他の国と接近することになるだろう。トランプの訪中はまもなくである。これまで表だってはアメリカを非難していない中国にとって、アメリカが世界の信を失うことは自らが唯一の世界強国になりえるチャンスだと考えているだろう。日米同盟しかない日本だが、世界から信頼されていないアメリカだけを頼みにしていては、一体どうなるであろうか。トランプのことである、日米同盟を破棄して、米軍を引き上げる旨宣言をするかもしれない。その場合、日本の安全保障は、どうすればよいのだろうか。『月刊日本』5月号で内田樹さんが日韓同盟に言及していて、素晴らしいと感じた。あるいは孤高の文化大国で通すのか。問題は、自衛隊を憲法9条に盛り込むかどうか、ということだけの話ではないはずである。

 ピアノを弾くのも体力が要ると思うようになった。80余歳のピアニストとか、マスコミで持ち上げているのはそれだけのことがある。読書は出来るが、読むスピードが遅くなったと感じる。要するに集中力が落ちているのである。若い時とはやはり違うのだ(今頃分かったのかと言われそうだが)。最近読んだ本の中では、『新書 世界現代史 なぜ「力こそ正義」はよみがえったのか』川北省吾著(講談社現代新書)及び『Z世代のアメリカ』三牧聖子著(NHK出版新書)がことに良かった。どちらも力作で、情報が満載されている。Z世代はもはやアメリカ人であることに誇りを持てなくなっている。アメリカは貧富の差が大きすぎ、国が分断されている感がある。国民皆保険など日本では当然のことだが、貧しくて医療を受けられず、学歴社会なのに大学に行けず、借金をし、軍隊に行かなければならないといった国民がどれだけいることだろうか。日本は恵まれている国である。

 3日~尾道に行って、母に会う。正月から少しの間に老化がずいぶん進んだようである。5日が誕生日で、95歳になる。『棺桶まで歩こう』著者の萬田緑平医師いわく、「80歳になるのは怖い。80歳で元気な人をテレビや周りで見ていると言うけれど、それは限られた人で、ほとんどの人は病院か施設に居る。もう死んでいる人もいる」と。認知症にならず自力で生活できる90歳は1%もいない、とも言われていて、母はそのレアケースだったのだと納得する。毎朝農作業に出、家事をてきぱきとこなし、茶碗蒸しと巻き寿司が得意で、私が帰るときには早く起きて巻き寿司を作り弁当に持たせてくれた。秋になると栗林から栗を取ってきてさっさと剥いてあちこちに送っていた。私もいつもたくさん送ってもらっていて、人様に差し上げて驚かれ、喜ばれたものだった。93歳までそうだった。いつまでもそれが続くと思っていた…。母は自分の母親と祖母がどちらも95歳まで生き、亡くなる前に寝込むこともほとんどなかったという。ことに母の祖母は亡くなる1週間前まで草取りをしていたとよく言っていた。母も草取りが大好きだった。

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京都府小学生事件、養父逮捕に思うこと

 事件が起こったのは3月23日卒業式の朝だった。父親(養父)の車で9キロ離れた小学校に向かったはずの小5男児が学校に現れず、学校から正午前にその旨の連絡が入り、父親が110番通報をしたのが発端だった。午前8時頃、父親の車が学校から150メートル程離れた駐車場にあったことは防犯カメラに映っているが、男児が降りた形跡がない。それはたまたま死角だったからか? しかし保護者や子供達が行き交うその時間帯・場所で、男児を見かけた人は誰も居ない。もちろん学校内の防犯カメラにも映っていない。父親車のドライブレコーダーは当日切られていたという(なんで?)。児童は携帯を持参せず、位置情報も作動しない…。

 児童は降車後誰かに連れ去られたり、自ら失踪したわけではなく、そもそも学校に行っていないのではないか? と誰もが思う。そのミステリー性のために、連日マスコミはこの報道に明け暮れた。23日(月)の前は3連休で、19日(木)には彼は登校していた。彼の姿を最後に見たのは誰で、それはいつ、どこでだったのか? 23日の時点ではもう遺体になっていて、それは隠されていたのではないか? そのことを隠蔽するために、もういない子供を連れて行ったことにして(そもそもいつもはスクールバスに乗っていたのだ)事件に巻き込まれたことにしようと考えたのではないか? そんな浅知恵などすぐにばれるのに…。いずれにしても父親が「犯人」だと皆が思っていたが、名誉毀損や誹謗中傷と言われることを恐れて、口にはしなかった。

 その6日後の3月29日、児童が携行していた黄色のランリュックが、学校から西側の山道で見つかった。そこは消防や警察などが3度も捜索して見つからなかったのを、親族が見つけたというのである(親族が共犯か?)。4月13日には別の所から男児が履いていたスニーカーが見つかり、そして翌14日には遺体が見つかった。埋めたり隠されていた形跡がなく、その少し前に通りかかった人たちは気づかなかったというから、どこか別の場所から移したのだろうとは思っていたが、警察発表によると、何度も移していたのだという。そんな話はあまり聞いたことがない。発覚の危険も高まるし、自らにも証拠が残ったりするからだ。ランリュック、スニーカー、そして遺体と、犯人がかなりパニクっていた証左なのではあろう。

 同じく警察発表によると、児童は23日当日朝には生存していたという。自宅内に防犯カメラがあるとは思えないから、母親や祖母など家族の供述からであろうか。となると、父親は児童を車に乗せはしたのであろうか(母や祖母は見送った…)。そして学校に向かう途中で何か言い争いがあり、首を絞めるか何かして殺害したのであろうか。そして何食わぬ顔をして家に帰り、その途中のどこかに遺体を隠したのだろうか? 気になるのは、当日の朝父親が勤務先に「家にゴタゴタがあって今日は休む」と電話をしたことである。それはそれら行為のどの時点だったのだろうか? もちろんこれら事実は追々、出てくることである。死体遺棄容疑で逮捕されて20日間勾留、満期に処分保留で釈放して殺人容疑で再逮捕してまた20日間勾留、最後合わせて起訴をするというのは通常の手続きである。

 何か口論をして殺害にまで至るというのは、普通にあることではないので、もともと殺意に似た感情を養子に対して持っていたのであろう。そんな男が母親の再婚相手としてやってきた。戸籍上は昨年12月で、養子縁組も同時になされたのであろう(こうした場合、家裁の許可は不要である)。二人は勤務先が同じで、数年前から付き合っていたとの話もある。男にとって連れ子はおそらくは邪魔な存在であり、児童にとっては母親を奪う嫌な奴であり、居心地の悪い家庭であったことだろう。子供は親を選べない。環境も選べない。どれほど嫌な親でも我慢するしかないのである。大人同士であれば、通り魔や無差別殺人でない限り、被害者にも何らかの落ち度はある。それが情状酌量となりうるが、保護者対子供の場合は、100%保護者に非がある。保護者は子供を監護し保護すべき立場にあるのである。

 30年程前だろうか、カリフォルニアで子供を殺害した日本人女性の裁判があった。判決が死刑だったことからずいぶん話題になった(アメリカはまだ半数の州が死刑を残す)。子殺しでそれは重すぎると日本人からの嘆願がずいぶんあったそうである。だが、欧米のキリスト教国家において、子供は親の所有物ではない。神から養育を託された存在なのである。その信頼を裏切ったわけだから、他人を殺害するより遙かに重いのは当然だというのだ。ところが日本では、子殺しは他人殺害よりずっとか軽い。育児ノイローゼだったりすると、執行猶予がつくのは当たり前、極端な話、起訴猶予になることもある(さすがに昨今はさほど軽くはないだろうが)。その理由について同僚検事らで話し合ったことがある。日本では、子供は我が身と同じであり、つまり子殺しは究極自分殺しだからだと言う某検事の見解で締め括られた。本件は実の子ではないし、全くこれは当て嵌まらず、普通の事件よりずっと重く処罰されるべきである。

 日頃の虐待のことについてはまだ分かっていないが、一般に、虐待による子殺しは枚挙に暇が無い程起こっている。保護責任者遺棄致死罪ないし殺人罪。養父や義父に限らず実父の場合も珍しくはない。我が子が虐待されているのに、まさか荷担はしないまでも、見て見ぬ振りをし助けもしない母親は多い。男のほうが我が子より大事なのである。子供はどれほど悲惨な気持ちであるだろう。彼もまた、これから余りある将来があったのに、自らは全く非がないのに、保護されるべき親に殺害された挙げ句、すぐに弔われるどころか何度も隠匿場所を変えられたのだ。その無念さには形容しがたいものがある。合掌。今後こうした事件が起こらないようにするには、どうすればよいのだろうか。

 

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『末娘が母の遺産の大半を相続するのは納得がいきません。』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2026年5月号

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先の見えないイラン情勢に思うこと

 突然のイラン攻撃から1ヶ月。停戦も休戦もなく、紛争状態は悪化の一途を辿っている。ホルムズ海峡は事実上封鎖されたうえ、親イランの在イエメン武闘勢力フーシ派の蜂起で紅海まで封鎖されそうな危機的状態である。石油が入ってこなくなれば日本はどうなるのか。世界経済はこれからどうなるのか。全く先が見えなくなっている。イランとは交渉をしている、イランもその気であると、例によって嘘つき常習犯のトランプは毎日適当な発言をしているが、それらがいずれも事実の裏付けを伴わない口からの出任せ(希望的観測)であることを、もはや世界中が知るようになった。

 分かっていることは、トランプが何も知らずに戦争を始めたらしいことである。敵を知り己を知ることが古今東西の戦の基本であるが、イスラエルに押し切られる形でとりあえず始めたのである。エプスタイン文書問題隠しも大きかったはずだ。イスラエルが誇る世界一の情報機関モサドがハムネイ氏以下国家の中枢が一堂に会する日時場所を了知できたので、これを狙えば一網打尽にイランを転覆させることができるとの読みである。そして実際その企て自体は成功した。

 そして、その次は? イランにおいては反体制派デモが昨年末から今年にかけて大きな高まりを見せていたことから、トランプとしては民衆がこれを好機として立ち上がり、現体制を崩壊させてくれることを期待していたようである。まさか。アメリカ・イスラエルに国家の首脳陣を大量に殺されて(おまけに女子校を誤爆して160人の女子学生の命を奪ったのである!)、それに追随する国民もいないであろう。たとえ現政権にいろいろ不満があったとしても、今はそれはとりあえず収めて、共同して敵に当たるのが、人間行動のセオリーである。対してイスラエルは、イランという国を徹底的に潰すことを目的として、イラン安全保障事務局トップのアリ・ラリジャニ氏らを空爆で暗殺した。そんなことをしていれば交渉相手がいなくなってしまうので、アメリカから以後の殺害を止められたようだが、とにかくこの両国は戦争の目的が同じではない。イスラエル(ネタニヤフ)は、シリアがアサド政権崩壊で国家が崩壊したように、イランも同じようになると考えていたのだろうか。それはあまりに甘過ぎる。イランはシリアのような小国ではない。長い歴史と伝統のある、中東の大国である。

 第二次大戦後、アメリカが唯一成功した戦争は、1990年の湾岸戦争である。イラクがクウェートに攻め込んだ大義なき戦争に、欧米は一致して多国籍軍を派遣したのである。日本も同盟国として、堂々と協力したこの戦争のことはよく覚えている。ブッシュ(父)大統領のときの国務大臣コリン・パウエル(キューバ系)は戦争時の統合参謀本部議長であり、ベトナム戦争の反省から、武力行使の原則として、パウエル・ドクトリンを提唱した。いわく戦争は、死活的な国益が懸かる場合のみ、明確な目的・圧倒的な戦力行使(初めに叩いて早期に終わらせ、自軍の犠牲を最小限にする)、国民及び議会の支持、出口戦略がある場合のみ遂行されるべきである…。この戦争は何一つ満たしていない。

 明確な目的がないということは、止め時も明確ではないということである。何がどうなったら戦争に勝利をしたとして止められるのか。始めるのは勝手でも止めるのは相手が居るため、相手の了解なしに勝手に止めても意味がない。まして出口戦略など、全くないはずである。イスラエルはイランを壊滅させる目的があり、それにはアメリカの協力が不可欠だが、アメリカ国民はなぜイスラエル国民のために多大の犠牲を提供しなければならないのか。未だトランプの支持者が多いというのが信じられないが、それでもその点について納得するアメリカ国民が同じくらい多いとは思えない。

 とにかくトランプで分かったことは、アメリカ大統領の強大すぎる権限である。国家元首であり(日本の元首は天皇陛下である)、行政部の長、陸海空軍の最高司令官であり、行政官や最高裁判事の任命権、予算教書の提出、行政命令、大統領令の発令、外交交渉などの権限を一手に行使できる。アメリカは英国ジョージ3世の独裁に反旗を翻して独立を勝ち取ったのだが、トランプ政権はかつての王権に近く、任期4年間は悪行でも戦争でもやりたい放題である。このところ「No Kings!」なるデモが全米あちこちで起こっている。No War の旗もある。人口(アメリカは3億4000万人)の3%がデモに参加するようになれば、その声は無視できなくなるという。この間に、罪なき人たちが殺傷され、ミサイル攻撃などで逃げ惑っていると思うと、本当にじっとはしておれない気分になる。

 

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『ペアローンで購入した家。離婚後はどうしたらいいですか?』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2026年4月号

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