大相撲が終わり、1月も明日まで…

先週までバタバタしていたが、今日は平和である。寒いけれども珍しく晴れて、大変気持ちが良い。人間は天候にずいぶん左右される存在だなと改めて思う。

大相撲は初日に観戦に行かせて頂いた。今場所はほぼ毎日満員御礼であった。一人横綱が休場して横綱土俵入りが見られないし、大関が頑張ったけれども4関脇4小結は大した結果を残せなかったが、面白い取組が多かったので客をよべるのだろう。貴景勝が一人大関の重圧にめげず、3敗ながら最後優勝を勝ち取って、ほっとした。彼は小柄なうえ体格的に四つ相撲は厳しく、突き押しだけでは横綱昇進は難しいだろうと思っていたが、関取になって小結で初優勝、22歳で大関に昇進して今26歳。組んだら大丈夫との周りの評価を見事に覆し、今場所はすくい投げ1回、小手投げ2回の決まり手を見せた。一体どれほどの稽古を積んだのだろうと感心させられた。小学生横綱からずっと落ちることなく見事に結果を残し続けているのは、並外れた負けん気の強さと精進の賜である。次場所優勝すれば横綱に昇進する。

横綱2人が横綱大関となって、本当の大関はゼロ。大相撲はかなり危機的な状況なのである。関脇以下を見渡しても、来場所大関昇進を決められる力士は、いない。いたとして今年中に実現すれば良いほうだろう。今上位にいる力士たちではなく、例えば、今場所幕下全勝優勝して史上初の1場所で幕下を通過し、来場所十両に昇進する19歳落合(白鵬の弟子)とか、来場所幕内に昇進するかもしれない21歳北青鵬(白鵬の弟子、2メートル)とか、あるいは幕内に復帰する朝乃山らが一気に駆け上がってくるかもしれない。そういう意味では来場所は実に楽しい場所になる。体格にさほど恵まれない貴景勝があれだけ努力精進しているのである。それを思って、誰も彼もが稽古に邁進し、全力を尽くしてほしいと願わずにはいられない。

ところで、たまたまトルコの前身であるオスマン帝国に関する本を読む機会があった。1300年頃(鎌倉時代末期である)から実に600年以上もの長きにわたって続いた帝国である(日本の大正時代まで)。ここには「兄弟殺し」の慣習がある。跡目を継いだ者(長男とは限らない)は他の兄弟を殺すから、権力闘争が起こらない(自分がまだ若く後継者がいなければ弟を残すが)。考えたら源頼朝は弟らを抹殺したし、信長もそうだった。日本やヨーロッパでは余った息子を仏門や修道院に入れるという手があるが、イスラムにはそれがないのである。かつまた妻(息子の母)が他国の王女や然るべき家柄の娘ではなく、ほとんどが奴隷だというのは、その実家の干渉を嫌ったからだという。絶大な権力を持つサルタンの母后について、その出自が分からないというのは、正妻の家柄にこだわる日本やヨーロッパとは全く異なる発想である。

「マーガレット王女とわたし」という、マーガレット王女(エリザベス女王の4歳下の妹)の幼なじみで、最後30年間その女官として仕えた貴族女性の話も大変面白かった。アン・グレンコナーという、今90歳の著者は、第5代レスター伯爵の長女として生まれるが、ずいぶん破天荒な人生を歩んできた。マスティク島という有名な、カリブ海のリゾート地を開発した夫との間に3男2女に恵まれ、世界を股に、目の回るような多忙な生活を送るが、長男は麻薬依存で、次男はエイズで亡くなった。3男は海外での交通事故で植物状態になって医者に見放されたのを、母の強い愛情で奇跡的にこの世に呼び戻すのに成功する。3男は辛抱強くリハビリして、徐々に普通の生活に戻り、幸せな結婚をして子供もいる。まさに「事実は小説より奇なり」なのである。

オースティンの小説やテレビシリーズ「ダウントンアビー」で知られた長子相続制はその通りで、著者も女姉妹なので実家の爵位も不動産もいとこの男性のものになっている。爵位は男性に継がせ、それと一体になった不動産はその男性に、という制度なのだ。不動産を分割させずに次世代に伝えていくというのは権利というより義務に近いのであろうが、爵位はやはり男のものなのだろうか。王冠が女性にも行き、近時、男子優先ではなく長幼順になったことを考えると、それも変わっていくような気もするのだが。

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『娘の夫に関する「調査書」が匿名で送られてきて…』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2023年2月号
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1月半ば,寒さ本番。山上起訴の行方…

昨年末にブログに書いたが,ウクライナ戦争のせいで賀状を書く気が全くしなかった。今年2日に東京に戻ってきて翌3日以降鋭意書き,6日以降寒中見舞いに切り替えたが,いくら表も裏も手書きとはいえ万年筆は書き慣れているので,さほど時間はかからないはずだった。だが意外にかかって日に20枚がやっと。相手の顔を浮かべて文面を考えていたからだ。表裏共に印刷だけの方には書かず,丁寧な添え書きがあってももはや顔が浮かばない方にも書かなかった。以後年賀打ち止めの文面も毎年増えるし,そのうち本当に厳選されてくるだろう。いいことである。

さて昨今の読書の中で,とくに印象に残った1冊を挙げれば,『仮釈放』(吉村昭著)だろう。著者は『破獄』や『ポーツマスの旗』など秀逸なノンフィクションで著明だが,これはノンフィクション風でいながら純然フィクションであるらしい。主人公は真面目な教員であったが,不義をした妻を殺して無期懲役刑を受けて服役,15年で仮釈放になるが…という話である(結末はあまりに衝撃的である)。明治40年制定の刑法は有期懲役刑を「15年以下」(加重して20年以下)としていたが,平成16年改正で「20年以下」(同30年以下)に引き上げた。同改正は全体に「刑法の重罰化」と言われ,例えば殺人(199条)の法定刑下限は「3年以下の懲役」から「5年以下の懲役」に引き上げられた。この流れとして刑罰は重くなり,無期懲役の仮釈放はこの小説どおり(吉村氏の小説はいつもよく調べられている)服役後20年未満でありえたわけだが,今は27~8年服役後になっている。

妻殺しだけでは無期懲役になどなるはずはないが(しかも妻の落ち度が明白だ),主人公は,自分の留守中に知り合いの男を引き込んで房事に及んでいた妻をその最中に刺し殺しただけではなく,一緒に殺すつもりだった男が逃げ出したのを追ってその自宅に火をつけ,2階にいたその母親を焼死させたという,現住建造物等放火及び別の殺人でも起訴されたわけである。放火は重いので,まあこれなら無期懲役にもなるかもしれない。死刑に次ぐ無期懲役になるような犯罪といえば途方もなく悪いことをしたのに違いないのだが,主人公は自分のやったことを一切悔いていない。相手の男自身ならばいざ知らず,その母親を殺したことについても,あんな男を産み育てたのだから死んで当然くらいに思っているのだ。弁護人としては必ずや被告人に反省の言葉を言わせたい。大罪を犯した以上,反省をして更生しなければ,裁判所も世間も納得させられない。無期懲役であれば仮釈放があり,いずれ社会に戻り社会で受け容れてもらわねばならないのである。

この小説に出てくる保護司の方々は本当に立派な方達である。真面目に服役し再び社会復帰をしようとする主人公のために,それこそ全身全霊で取り組んでくれるのだが,良かれと思ってしたことが結局新たな悲劇を生むことになる。それをもたらしたのは,「反省しているのだから許されるべき」と思う周りの人と,「自分のやったことは間違っていない」と心の中で信じている(口に出して言うことはできない)本人との格差である。保護司はじめ周囲の方々がどれほどがっかりきただろうと想像するだけで胸の痛む小説なのであるが,本当には反省していない被告人に口先だけの言葉を口にさせる空しさもまた,裁判ではありがちなのである。

今回山上の起訴報道で,この小説をまざまざと思い出した。彼に安倍氏殺害の後悔など,ありはしない。自分の家族及び自分の人生をずたずたにした統一教会憎しの一念が,それと深い関係にあった安倍氏殺害の動機となった。別に安倍氏でなくても統一教会関係者で良かったはずだが,なぜだかいつからか,目立つ安倍氏が標的に選ばれたのだ。死刑などはなから覚悟であろう。自家製銃を作り,長野遊説の予定が急遽地元奈良での遊説となった安倍氏を狙う。またとない好機に,通行人を巻き添えにすることもなく,成功裏に犯行を終えた…。裁判員裁判となるため,起訴後公判前整理手続きを踏むので,実際に法廷に彼が登場するのは1年半後くらいにはなるだろう。どれだけ多くの人が法廷傍聴に殺到することであろう。

法治国家である。いかなる動機があろうとも殺害は正当化されない。犯罪不成立になるのは正当防衛か責任無能力の時のみ。どちらもない。そもそも精神病などもなく了解可能な犯行であるため,鑑定留置の必要もなかったと思われるが,重大な犯罪であるため念を入れたのであろう(それにしても,半年近くか?長すぎたが)。動機も犯行も争わないだろうから,あとは裁判員たちがこの犯行をどう評価するか。検察の求刑はどうするのだろうか。難しいところであろう。政治テロであれば被害者1人でも死刑求刑でいいのだが(かつて長崎市長が暴力団員に銃撃されて死亡した事件では一審死刑,二審以下無期懲役であった),政治目的のテロではないし,選挙の遊説中とはいえそれはたまたまであり民主主義の破壊を狙ったわけでもない。単純に安倍氏狙いであり,その原因となった統一教会問題をどう評価するかについては,裁判員らの宗教観人生観も大いに問われるところであろう。

止まれ,この犯行によって統一教会問題が炙り出されることになったのは,犯人が狙っていたことではないし,結果論に過ぎない。ましてや立法の手当てがされたことについても結果論であって,犯行の評価にそれを盛り込むことは間違った方向となろう。裁判官においてはそこはきちんと議論を進めて行って頂きたいと思うところである。

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年の瀬になりました

このところとても慌ただしい。12月故行事が多いのは毎年のことながら、忘年会も少し復活したし、飛び入りの仕事も入ってくる(ああ、頭を使った!)。週末も仕事その他で何やかやと出かけていて、一日中家で休めるなんてことは、とんとない。周りの皆さんに「先生、元気ですねえ」と言われ、そう言われれば確かに寝込むこともないし、コロナ態勢のお陰で?この3年風邪さえ引かないけれど、やはり加齢に伴って体力は徐々に落ち、筋肉量も少なくなっている。自然に逆らわず、無理をしない…とはいつも心がけていることである。

当事務所は明日で終わり。翌28日から尾道に帰省し、来年1月2日に戻ってくる。4日から平常通りである。あまりにもやるべきことが多すぎて、本当に明日で終わるか不安だったが、大丈夫だった。私の一番の能力は事務能力の高さだと言う弁護士仲間がいて、自分ではよく分からないのだが、とにかくやるべきことに優先順位を付け、それに従って、一つ一つ片付けていくのが好きである。快感だといってもよい。結果、仕事がついつい溜まって…仕事に追われて…がないのは有り難い。

しかし一つだけ積み残したことがある。賀状書きだ。去年、思い立って、大幅に枚数を減らした。長年、住所も中身も印刷して、ちょっと添え書きをする程度の儀礼を続けてきたが、これって、何か意味がある?と感じていた。親しい人たちとはメール交信したり会ったりしているから、そもそもそんな儀礼は不要である。郵便局に乗せられたこの風習、いい加減に見直さないとなあと思ってきた。そして去年、相手を厳選して、住所も中身も手書きにしたのである(自宅と事務所のスタンプを使い分ける)。時間はかかるが、相手の顔を浮かべて文言を考えるので、やる意味があった。これを今年もやるつもりだったのだが、てんでやる気にならない。なぜだろう?──ウクライナ戦争だ!今この時にも明日の命も知れず国と家族のために戦っている人たちがいるのに、「旧年中は大変お世話になりました。今年もどうぞよろしく」なんて呑気なことを書いてはおれない。年賀にするか寒中見舞いにするかは別として、本来のやり方である、ちゃんと新年を迎えて書くことに決めた。決めたら、気持ちがすっきりした。

今年も親しい友人知人を、何人か亡くした。最後が陶芸家の川松弘美さん。東京芸大卒で、繊細な花の色絵磁器を作ってこられた。40代後半、乳がんに罹患して一つを切除、10年後に再発してまた一つ切除、その後乳房再建手術に失敗して…という顛末もおおらかに語っていた。とても楽しい人で、また一緒に食事をしてお酒を飲んで、という日が来るのを心待ちにしていたが、今月17日ついに帰らぬ人となった。享年68歳。24日世田谷での告別式に伺ったら、たくさんの方々がお見えで、明るく優しかった故人を追慕していた。彼女のリクエストで8月に送った西瓜のお礼にと、私の華やかなイメージに合うよう描いたという桜の絵柄の湯飲みが届いたのは今月5日。丁寧なお手紙つきで、まだ当分はお元気でいて下さると思っていたのだが。

告別式の帰りたまたま駅まで一緒に歩いた女性と、駅前の蕎麦屋でお昼をご一緒した。木村久美子さん、東京芸大卒で今82歳。フラスコ画の分野で今も個展を開いておられる。やはり癌を患ったけれど生還したことなど、波瀾万丈の人生を語ってくれた。そうしたことを夜、今故郷に帰っていて告別式に出られなかったという、30年以上親しい陶芸家(男性)に電話をして、1時間ほど話した。彼いわく「弘美が一番の親友。弘美がいなかったら今の自分はなかった」。狭い東京芸大仲間なので木村さんのこともよく知っていて、きっと弘美が引き合わせたんだねと。私には芸術の才は全くないのだが、作品を鑑賞するのはとても好きで、作家の方たちと話をするのは自分の世界も広がるようで、格別に嬉しいことである。

亡くなった方たちのご冥福を心よりお祈りします。そして、来年こそはウクライナ戦争が終わりますよう、心から願ってやみません。

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『私たちを頼りにしてくれた義姉。遺産を全てくれると言っていたのですが…。』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2023年1月号
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