『遺産相続で依頼したひどい弁護士をなんとかしたい・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる6月号」
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小室圭問題に思うこと

この問題は(おそらく大方の国民の考えと思われるが)平成時代に決着を付けてほしかった。しかし残念ながら何の進展もなく,その方向性さえ見えないまま,ずるずるとただ時だけが過ぎていく。なんとなく,頭上に靄がかかったような状態,とでもいうのだろうか。一体誰がどう,舵取りをするのか。責任の所在も明らかにならないままである。

週刊誌を賑わせている例の借金問題に加え,父及びその祖父母までが自殺していること,母子の異様なまでの上昇志向等々,大多数の国民は,内親王の結婚相手にこれほど相応しくない相手はいないと考えている。皇室どころか普通の家でも決して望まない相手なのだ。貧乏だということが問題なのではない。もし彼らが身の丈に合った暮らしをし,ちゃんと働いて生計を立てている真っ当な人たちであれば,恋愛結婚で一向に構わない。国民も祝福する。問題は,利用できるものはとことん利用し,誠意などあろうことか,身の丈を遥かに越えた贅沢を望む,その生き方にある。

女性を本当に愛し結婚したいのであれば,まずはちゃんと働いて生計を立てることが最低条件である。大学卒業後に就職できた超一流の銀行に,ずっと働く選択肢が現実にあったにかかわらず,すぐに辞めて大学院に入り,かつ(婚約発表時に無職では拙いから?)秋篠宮と縁のある弁護士事務所の事務員になった。こういうのをパラリーガルとは言わない。大学でも大学院でも,彼は法律を学んでいないのだ。

結婚延期となった後,ニューヨークのロースクールで勉強するとして突如旅立ったが,なぜ急に,法律を学ぼうと考えたのか。ただの時間稼ぎの感が漂う。そもそも日本で法律を学んでおらず基礎知識のない者が他国の弁護士資格を取得するのは簡単ではない。普通は日本で弁護士資格を取った後,弁護士事務所に席を置いたままアメリカでも学ぶのである。アメリカの弁護士資格単体では日本でほとんど役に立たないうえ,400万円ですら返せないのに,どうやって莫大な学費を賄うのだ? 内親王の婚約者ということにして多額の奨学金を得,さらに1年奨学金を得たらしいが,生活費はまた別である。あちこちに借金を重ね,返す当てもない…でも,内親王と結婚すれば多額の一時金が手に入るし,その後も就職その他で困らない──と踏んでいるだろうからには,自分から結婚辞退を申し入れる可能性は,はっきり言って,ゼロである。

眞子さんは結婚を諦めていないという。妹の佳子さんもそんな姉の結婚を支持するという。一体,秋篠宮家の教育はどうなっているのだ? その弟が将来天皇になる。それしか選択肢はないのに,皇室はこの後どうなるのだ? 寄ると触るとそんな話になるのは,皇室が身近なせいであろう。と言っていたら,ヨーロッパ在住が長い友人が,こんなことを言ってきた。

イギリスでは,エドワード8世がシンプソン夫人との結婚を選んで,王位を捨てた(故に弟のジョージ6世が戴冠し,その長女のエリザベス2世が誕生したのである)。アメリカ人の夫人は2度目の結婚中だったが,当時の皇太子と不倫関係になり,結局離婚訴訟を起こして夫と別れ,エドワードと結婚した。その大スキャンダルに比べれば,まったくもって大したことはないと。たしかに,そう言われれば,そうである。

シンプソン夫人は親ナチで,複数の男と性的関係を持ち,ドイツのスパイだったとも言われる。小さい頃に父親を亡くして母親と貧困生活を送ったが,金持ちの親類の援助を受けて社交界にも出入りするようになり,「金持ちでいい男と結婚するのが夢なの」と言っていたという。男女を入れ替えれば,今回とだぶってくる話である。美人ではないしスタイルも良くはないが,お洒落で会話術に富み,社交界の花形だったという。そういう女からすれば,世間ずれのしていない無垢な皇太子を引っかけるのは朝飯前のことだったろう。眞子さんも同じように,容易に引っかかっただろう。親も宮内庁もその素性を調べて止めることをしなかったから,5年以上も付き合いが続いてきては,何をどう言われても,今更引き返すのは難しかろう。

ドリス・デイが亡くなった。「ケ・セラ・セラ」。周りがどう気を揉んでも,なるようにしかならない。我々としては,成り行きをただ見守るしかないのだろう。

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10連休、終わる

実に長い、長い休みであった。行楽シーズンなので、これ幸いと海外などに出かけた人も多かったのだろうが、その一方で、各種サービス業や医療関係者など、休めないどころか、人手が不足する分常より忙しい所も多かったはずである。ケアワーカー業の知人女性は、出勤してもらうのは変わらないのに、その分休日手当を払わないといけないし、国は一体何を考えているのかしらとぼやいていた。

(初めての生前退位に伴う)御代替わりを国を挙げてお祝いするために、10連休をというのは、いつの間にか決まっていたことである。まさかあと言っていたら、本当だった。休みに入る前、秘書に、留守電に吹き込まないの?と聞いたら、全国同じなので不要ですと言われた(笑)。たしかにそうだ。検察庁も裁判所も休みなので、堂々の休みである。

テレビで、天皇陛下の退位のお言葉を聞いた。新天皇は、新皇后の体調不良もあって露出も少なく、国民から遠い存在だろうと思っていたら、4日の皇居参賀には予想を上回る14万人もが訪れたとかで、大変驚いた。この日のために全国から来た人たちがいて、天皇制のことなどあまり知らないと思われる若者も多かった。今80歳を越える元女性国会議員がかつて「若い人は皇室になんか興味がないわよ」と断言し、私も参賀者は平成天皇の最後のお出ましになるこの正月以後激減するだろうと読んでいたが、そうではなかったのである。

一つには誰が天皇だ皇后だといった具象的なことではなく、それに表象された天皇制という長い歴史が、我々が日々実感する以上の大きな力をもって、この国を成り立たせているということなのだろう。そしてまた一つには、元号が替わり(「令和」というのはなかなか素敵なネーミングである)、文字通りワンジェネレーション、30歳若返った新天皇・皇后が前面に出てくることによって、新しもの好きの日本人の感性に嵌まったということもあるだろう。これまでいろいろと言われた新皇后の病気や公務欠席などネガティブな事実を知らない人も多いし、日本人は全体に、何事もあまり悪くは取らないほうなので、今後の活動次第ではきっとそのまま受け容れられることだろう。

日本の憲法が他国のそれと違う特色は、ひとり天皇制にある(あと強いて言うなら「戦争の放棄」か。しかし侵略戦争を認めないのはどの国も同じであり、日本も自衛のための戦争を認めるので、基本的には変わらないはずである)。憲法というのはどこであれ、国民の権利・義務及び統治機構の二本柱で成り立っていて、それを読めば、その国がどういう国なのか、国柄が分かるものである。その点、日本国憲法はGHQが作っただけあって世界のどの国に持って行っても通用するのだが、絶対に他の国と違う所が一点あり、それが1~8条の天皇制なのである。

天皇制は2000年を優に越えて連綿と続いてきた日本固有の歴史であり、それが故に他の国から尊重されているのであるから、この後もずっと続いてもらいたいと願うが、実際問題として、先細りが顕著である。男系男子といえば悠仁親王ただひとり。成長した後、結婚相手が見つかるだろうか。そのうえで男子を授かる確率はもちろんゼロではないにしろ、かなり低いのではないか。不妊カップルは大体1割はいるし、女子しか生まれない可能性も、これまでを見ればかなり高いといわざるをえない。とはいえ側室はもってのほかだ(ヨーロッパはもともとこれを認めない)。

皇室典範を改正して女子に皇位継承権を認め(天皇制の歴史を抜本的に変えることになる)、愛子天皇を誕生させるとして、結婚相手はやはりなかなか見つからないだろうし、子供が産まれるとも限らない。皇室典範は皇族の養子を認めていないが、やはり改正して、旧宮家の男子を天皇の養子に迎える方法も考えられはするが、国民感情からすると、それもハードルが高いだろう。女子に皇位継承権を認めるとすれば、眞子・佳子さんら他の皇族にも認められることになるが、巷の話題に事欠かない現在の結婚問題を見ても、それまた非常に難しかろう。戦後の近い将来で皇統の存続が危うくなったのは、昭和天皇に3人もいた弟の子孫が女子ばかり、平成天皇の弟に子供がなかったという現実があったにしろ、昭和天皇より前の傍系を皇位継承者から外した以上、いずれは向き合うべき現実であった。

ただでさえ五月病で、5月以降めっきり受講者が減るものなのに、この度の10連休である。一体どれほど減っているだろうか、出講日の木曜がちょっと怖い気もする。ともあれ、誰にとっても、10連休後に仕事に復帰するのはなかなか疲れることである。

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『私の遺産を息子にではなく、甥に相続させたいのですが・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる5月号」
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新しい元号「令和」に決まる!

テレビを見ながらどきどきしていた。一体、どんな元号になるのだろうか? 「令和」──うん? 響きが冷たくはないか? だが、万葉集から採られたという。それまでは例外なく四書五経など漢籍が出典だったとは、知らなかった。たしかに漢字二字だと、和書から採っても結局その本家本元は中国ということになるからだろう。

日本最古の歌集・万葉集の第5巻。梅花の歌三十二首と序より、『初春令月(初春の令月にして)、気淑風和(気淑(よ)く風和ぎ)、梅披鏡前之粉(梅は鏡前の粉を披き)、蘭薫珮後之香(蘭は珮風(はいご)の香りを薫す)‥』。天平2(730)年1月13日、太宰師(だざいそち)大伴旅人卿の邸宅に集まって宴会を開き、ここに庭の梅を題としてまずは歌を作りたまえ、ということだった。続く歌は中国古典に由来するものが多いので、序文の中から採ったのは素晴らしい着眼であったと思う。一躍、太宰府が脚光を浴び、万葉集関連書籍が売れることになるだろう(私も早速注文した(笑))。

30年前の1月7日、私は横浜地検出勤中に、天皇崩御を知った。その前年から天皇は病に伏せられていて、忘年会もすべて自粛であったと思い出す。崩御すぐの「平成」発表だったので,特に新しい元号への感慨もなかったのだろう。今回は異例の生前退位を受けて譲位スケジュールが発表され、特別に1ヶ月前(!)の新元号発表とのことだったので、期待と不安が高まっていた。

昭和天皇の在位が丸62年と長かったので、平成は短期で終わるだろうと思っていたが、30年、ちょうどワンジェネレーションだ。天皇皇后は人間的にも素晴らしく、みなの敬愛の対象であったが、次はどうだろうか。これまでの来し方を思うと、残念ながらあまり期待はできないというのが本当のところだ。その次の皇位は秋篠宮家に移るが、今回の小室騒動を見るにつけ、期待どころではないというのがさらに本当のところである。私の周りには宮内庁が悪いという人も多いが、指示がなければ動けないだろうし、進言しても聞き入れられないのであれば黙るしかないだろう。

GHQは当然ながら天皇制の廃止を考えていた。結局は政治的権力のない象徴として残しはしたが、いずれ自然消滅になるべく、傍系宮家をすべて廃止し、直系のみにしたのである。江戸幕府将軍で正室の子は、初代家康を別とすれば、3代家光と15代慶喜のみである。慶喜は、御三家どころか御三卿出身だ(8代吉宗は御三家出身だが、側室どころか、使用人に生ませた末子であった)。天皇家が長らく続いてきたのも、側室その他いくらでもあったうえ、直系が途切れれば傍系を遡ることが出来たからである。

生物学的に見て、今の皇室では跡が続かない。女系を可としたところで続かないのは、イギリス王室を見れば歴然としている。チューダー王朝はエリザベス1世(悪名高きヘンリー8世の娘)をもって終わり、何代か前を遡ってスチュアート王朝になった。アン女王なども出たが子供が育たず断絶し、またまた傍系を辿って、ドイツから来たハノーヴァー王朝となったのである(ヴィクトリア女王はドイツ系の名前である)。旧宮家復活の話も時折出てくるが、国民の賛同が得られるとは思えない。天皇制も元号も日本の文化に根付いたことで良いことだと思うが、肝心の天皇制が続くのだろうか‥。

今週は花冷えである。満開の桜も散らずにもってくれるだろう。4日は入学式である。

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