名古屋主婦殺人事件について(その2)

勾留延長に入って今日で4日目。最初の勾留最後の頃(10日)には供述拒否に転じたとの報道があったので、捜査機関も新たに漏らせる事実はないだろう。マスコミはマスコミで独自の取材活動をしているはずだが、その人間像や家族関係など、ほぼ何も出てこない。中で唯一、10年ほど前に撮られたという写真が出てきて、これがかなり衝撃的であった。ふくよかで、にこやかで、幸せそうな、どこにでもいる女性。殺人を犯したことでずっと悩んでいるはずの中年女性を我々はどこかで想像していたのだが、見事に裏切られた形である。そう、彼女は自分が悪いことをしたとは露も思っていないはずなのだ。

大学時代に「精神病質」(ドイツのシュナイダー博士による10分類が有名である)を習った。「性格の著しい偏りのために自己が悩みまたは社会を悩ませるもの」がその定義であり、犯罪に絡むものはもちろん後者の「社会を悩ませるもの」である。それがアメリカ式の「人格障害」(=異常性格)となり、その響きが悪いというので、「パーソナリティ障害」に変わっているが、中身は同じである(精神保健福祉法は未だに精神病質としている)。精神科であまねく使われている「DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引」(医学書院)は、パーソナリティ障害全般として、以下を挙げる(301頁)。

A. その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った、内的体験および行動の持続的様式。この様式は以下のうち2つ(またはそれ以上)の領域に現れる。(1)認知(すなわち、自己、他者、および出来事を知覚し解釈する仕方) (2)感情性(すなわち、情動反応の範囲、強さ、不安定さ、および適切さ) (3) 対人関係機能 (4) 衝動の制御

B. その持続的様式は、柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。C. その持続的様式は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。D. その様式は、安定し、長時間続いており、その始まりは少なくとも青年期または成人期早期にまでさかのぼることができる。E. その持続的様式は、他の精神疾患の表れ、またはその結果ではうまく説明されない。F. その持続的様式は、物質(例:乱用薬物、医薬品)または他の医学的疾患(例:頭部外傷)の直接的な生理学的作用によるものではない。

パーソナリティ障害群はA群からC群のいくつかに分けられるが、混合型だったりどの型にも属さないタイプもある。これまで報道された事実を元にしての私の素人判断では、B群の一つ「自己愛性パーソナリティ障害」が近いのではと感じている。自分が重要であるという誇大な感覚があり、特権意識(特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)があり、共感が欠如(他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれを気づこうとしない)、他人に嫉妬する、等々の指標に合致すると思われるからである(なお、広く知られる「反社会性パーソナリティ障害」(=サイコバス)もB 群の一つである)。

彼女は私と同年代だが、この頃はまだバレンタインチョコを送ったり、ラブレターを送ったりすることは普通ではなかった。だが一見目立たない彼女は意中の彼(被害者の夫)にそれをしている。彼女自身は自分に大きな自信があり、自分がそうしたら相手は応じてくれると思っていたのではないか。しかし、そうはならなかったのに、なおも別の大学に行った彼を追いかけ、電車で1時間もかけて会いに行くこと数回、ついには近くの喫茶店に誘われてはっきりと断られて泣き出したという。その思い出は彼の記憶からは消えていたらしいのに、彼女の自尊心はひどく傷つけられ、以後決して消え去ることはなかったと思われる。報道によれば地元のエリートと結婚し、一女二男に恵まれた(長女は幼くして心臓の病気で亡くなった)のだから、普通であれば、それは青春時代の苦い思い出となるだけのことだったのだが。

1999年6月の再会時、どんな会話が交わされたのか。被害者夫に言わせれば、彼女から「結婚して家事も仕事も頑張っている」と(自慢げに)言われたのに対して、「それは良かった。頑張って」とか答えたくらいらしいが、およそ無関心な態度だと憤激したかもしれない。同窓会だから、それぞれが皆の前で近況報告をしており、そこで11才下の妻と職場結婚し、子供も出来たと、とろけそうに幸せな顔で語ったであろうことは想像に難くない。今と違ってスマホの写真はないが、もしかしたら結婚式や一家の写真など持参していて、周りに見せたもしれない。結婚式によばれるなど被害者夫の近しい友人もその会に参加していたかもしれないことなど、警察は調べているだろう。自分たちより遙かに若くて美人の妻。本来であれば自分がそこにいるべき立場の女。嫉妬するのは普通だが、それを遙かに超えて、許せない、この女を抹殺して自分に苦痛を与えた男の幸せを永遠に奪ってやる、苦しめてやると考えたというのは、パーソナリティ障害の思考故であろう。普通の人の考えではどうやってもこんな動機は生まれない。いわゆる「了解不能な犯行」であり、その場合は本人の精神的な問題が考えられることになる。とはいえ、その5ヶ月の思考、下見や凶器などの準備…それは本人にしか分からないことであり、だからこそ自白が待たれるのである。

黙秘権を行使して供述拒否に至ったのは、弁護人の示唆かもしれないが、そこは何とも分からない(弁護人は夫がつけたんですよね…?)。 誰もが納得できない動機であり犯行なのだから、素直に喋ったところで、裁判員が情状を酌んで求刑を少し下げてくれるとも思えない(裁判員制度になってから量刑はおおむね厳しくなった)。喋っても喋らなくても同じならば、喋らないでおこうと考えているのかもしれない。憎くてたまらない被害者夫の気持ちを軽くしてやる必要など露ほども感じていないのだ。無期懲役(今は無期拘禁刑)にはならず、最高刑で20年の拘禁刑。最後まで塀の中で暮らすことになるだろう。

なお、責任能力には問題がないが、検察は鑑定留置をすることになったようである。つまり20日の公判請求はない。

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名古屋主婦殺人事件に思うこと

26年前の1999年11月13日白昼に起きた殺人事件である。高羽奈美子さん(32歳)が自宅アパート(2階)の玄関付近で何者かに首などを刃物で何度も刺され、廊下で倒れて死亡したのである。奥のリビングには当時2歳の航平君がいたが、無事だった。「知らない女の人と喧嘩して、ママが死んじゃった」と1年後に喋っていたが、もちろん事件の記憶はない。夫悟さん(当時43歳。被害者の11歳上)は犯行現場であるアパートを借り続け、その総額は2200万円近くに上るという。

犯人は自分もその刃物で手に怪我をし、タオルかハンカチで手を覆って500メートルほど先の公園まで逃走した。その際に何人かから目撃され、似顔絵も描かれている(ただし警察が公開したのは、2020年以後である)。160センチ位、40~50才の女性、血液型はB型、足は24センチまで特定されているにかかわらず、犯人は杳として知れなかった。2010年、殺人の時効が撤廃される(従前25年。2004年まではわずかに15年であった)。昨春着任した刑事によって捜査は急展開し、今年8月来何度も犯人安福久美子(69歳。悟さんの高校の同級生)は調べられ、DNAの提出を求められて(口内をしゅっと擦るだけで簡単である)断り切れず、観念して10月31日に出頭した(自首ではない)。送検は11月1日だから今日10日で勾留満期である。もちろん勾留はさらに10日延長されて20日が満期となり、その日に公判請求されると思われる。

事件後逃亡するには、男と女、どちらがやりやすいかと学生によく質問していた。答えは女である。なぜか。男が働くには日雇い労働など表に出ることになるが、女は夜の世界で働けるし、化粧や服装、髪型で容易に印象を変えられるからである。整形という手もある。しかし、安福は逃亡などしていない。整形も変装もせず、ずっと被害者宅から近い所にいたのである。殺人を犯しながら、夫(彼女の旧姓は山口)と男児2人と堅実な暮らしを送り、パートアルバイトもしていたというのだ。なんということだろう。

なんで26年もかかったのかという人も多いが、この捜査は難しかっただろうと思う。普通の殺人(強盗殺人は別)は、被害者と犯人に面識がある。それが殺人になる動機は、怨恨、男女関係のもつれ、金銭関係のもつれが3本柱であり、何かトラブルがなかったか、からターゲットを絞っていく。だが、本件ではそれが全くなかったのである。面識があったのは、被害者ではなく被害者の夫。犯人は高校の同級生で同じテニスサークルに属し、バレンタインチョコやラブレターを送ったりしていた。違う大学に入ったが、1時間もかけて悟さんの大学に赴き、テニスをしている姿をじっと眺めたりしていたので、悟さんは近くの喫茶店に誘い、「気持ちには応えられない」と応じたところ、泣き出したことがあったという。しかし、それから20年以上も経ったのである。まさかそれが動機になることはあるまい。おそらくは事件5ヶ月前にそのサークルの同窓会で再会した際に、何かのスイッチが入ったのだろうが、それだったって、自分も結婚して子供もおり、普通の生活を送っている女が、嫉妬に駆られて?見ず知らずの女性を殺害するというのは、予想を遙かに超える。もしこんな小説があれば、馬鹿馬鹿しいと誰も読んでくれないと思う。

まさに「事実は小説よりも奇なり」。その特異な心理状態を知るために鑑定留置をして精神科医の所見を聞きたいところだが(簡易鑑定は実施しているかもしれない)、知的レベルには問題がないし、統合失調症(旧精神分裂病)などの精神病でもない。人格障害(パーソナリティ障害)や発達障害はあったと思うが、そうであっても刑事上の責任能力には問題がないことは実務で確立しているので、あえて鑑定留置を実施することはないだろう(安倍元総理殺害事件では実施したので、えっなんでと思ったが、やはり責任能力には何の問題もなかった)。取調べにおいては、捜査官に聞かれるがままに「反省している」「被害者に申し訳なかった」のような一般的な答え方はするだろうが、本当にそう思っているかは疑わしい。そういう人であれば、そもそもこんな大それたことはしていないからである。事件後もその前と変わりなく普通に生活し、被害者の命を理不尽に奪ったことや、その子供から永久に母親を奪ったことについて、なんらの良心の呵責など感じもしなかったと思う。まして被害者の夫に対して悪いことをしたなど、微塵も思いはしなかったであろう。

凶器を持参したのは、確固たる殺意の顕れである。首を狙って刺したときに返り血を浴びているはずだが、その姿を逃走時に目撃されていないのは、上着(レインコートのような、血を弾くもの?)を犯行現場で脱いで、凶器と共に、携行したバッグに仕舞ったからだと思われる。もちろんどれもこれもとうの昔に処分済みである。500メートルほどの血痕後に跡が途切れているのは(警察犬でも追えなかった)、公園に車を置いていたからではないかと私は思っている。当時の安福の自宅(夫名義の分譲マンション)と被害者宅との間の距離は約10キロだったというから、歩ける距離ではないし、タクシーなどを使えば足がつく。完全犯罪にすべく入念に下調べもしているはずである(刃物で怪我をしたのは誤算だったと思われるが)。逃走経路は、あえて自宅とは違う方向を選んでいたのではないか。

日本の犯罪史上、特異な事案であると思う。動機が今もって分からないだけに、犯人特定が長引いたのもむべなるかな。しかし最後には逮捕されて本当に良かった。訳も分からず殺害されしまった被害者の無念さは察するに余りあり、安らかにお眠り下さいとただ祈るほかはない。未解決の殺人事件は他にもたくさんあり、それを一つ一つ詰めていくことが、被害者及び遺族の方々の何よりもの供養になると思うのである。

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初の女性総理が誕生しました。

高市早苗さんは神戸大学の後輩である。法学部と経営学部だし、6歳違いなので、知ったのは私が98年に参院議員になってからである(もちろん名前は存じ上げていた)。旧国会議員会館内の自民党議員各事務所に挨拶に回った際、奥から飛び出してきて、「あーら、お姉様。お待ちしておりました!」と元気よく言われた初対面の印象が強烈である。自民党本部でばったり出会うと、「いつもスタイルがおよろしくて」と言われたりした。油断していると太る体質だとのこと(普通そうだろう)、しかし今はずいぶん痩せている感じがする。神戸大学の総理といえば、例の(!)宇野宗佑氏が最初かつ唯一(神戸大学前身の神戸商大中退である)だったのが、2人目が誕生するとともに、初の女性なのだから、神戸大学同窓としては大変に名誉なことである。

高市さんに関する6年間の思い出としては、夫婦選択的別姓制度導入の際に徹底的に抗戦された記憶が鮮明すぎて、他にはあまりない。夫婦同姓になぜそれほどこだわるのか。この国で一般庶民に姓が許されるようになったのは明治以降であり、その以前姓のあった階級については夫婦別姓であった。今回、女性トップは北条政子以来だと言われてなるほどと感心したが、北条は生家の姓であり、婚家の姓を名乗るのであれば源政子になる。なお高市さんは山本拓元衆議院議員(福井選出)と結婚していたが離婚し、数年前に再婚した際、夫を高市姓としたそうだ。でなかったら、高市は通称名となり、公職にあってずいぶん不便なことになったであろう。

バタバタしていたのがいくつか片付き、ちょっと余裕が出来て、ブログを書いている(今日は金曜だ、嬉しい…)。今月は4日の総裁選で小泉氏が負けて高市総裁が誕生し(初の女性総裁)、10日にはこれまで26年連立を組んできた公明党が突如、離脱した(98年の参院選で自民党が過半数割れを起こしたために連立を組むことになったのである)。すると、国民民主の玉木氏が立憲民主党らに担がれて野党内閣が誕生するのではないかと思われたのだが一転、高市さんは維新を引き込むという素早い行動力を見せつけた。決断できない玉木氏との何たる違いであろう。そして無事に21日、衆参で首班指名を受けた。いずれにしても、日本初の女性総理が誕生して、日本の国際的地位もずいぶん上がったのではないだろうか。アメリカやフランスにはまだ女性大統領が誕生していないのだ。あとは国内政治と外交を迅速に前に進めて、実績を上げてもらいたいと切に願っている。

9月末、参院時代から仲良くしていた元女性議員が亡くなり、今月5日、茨城まで葬儀に出かけた。大勢の列席者がいたが、報道によれば1200人にも上ったという。3期15年の議員生活(亡父も亡夫も国会議員であった)。享年90歳。亡くなる前日には親類の披露宴に出席し、翌朝静かに亡くなったという。まさに「ぴんぴんころり」、皆が心から理想とする死に方であった。望んだからといって出来るものではないが、お別れができなかったからであろうか、娘さんはずっと泣いておられた。故人はまったく家事などしない人だったが、娘さんにも、同居していた息子さんにも慕われていた。私はかなり親しい付き合いをしていて、亡くなる少し前まで電話をしたりメールのやり取りをしていたし、たまに上京されるときに会えるのを楽しみにしていた。亡くなられるとやはり寂しいものである。

私の周りには妻に先立たれた老男性も結構おられる。男性はたいてい家事が出来ないので大変だろうと思うが、たいてい一人暮らしである。幸い娘さんと同居している方もおられるがレアケースである。「妻に先立たれたら一人暮らしになるのは覚悟している、普通そうでしょう。息子は絶対に同居してくれない。娘がとても優しければ同居してくれるかもしれない、というくらいでしょう」と同年輩の男性が言っていた。数年前、70歳定年まで最高裁判事をされて最高の勲章を授章された方が奥様に先立たれたのこと、「どうされているのですか」とおそるおそる聞いたら、一人暮らしだと(司法修習の時に御自宅によばれたことがある、子供さんはおられた)。食事は?と聞いたら、「コンビニがあるのでなんとかなっています」(こんな偉い人がコンビニ弁当…?)。「食事は何とかなりますが、話し相手がいないので寂しい」。テレビをつけると人間の声は聞こえるが、それは一方通行でしかない。夫婦の良さはどうでもよい話を勝手に垂れ流せることだと言っている人がいたが確かにそれはあるだろう。会話をしないと、脳細胞が毎日のように死滅するとも聞いている。

女性と違い男性には勤め先を離れた気軽な友達など、全体にあまりいないように思える。定年後の人生が実は長いのだ。奥様がいれば家事や雑事をしてくれるし、話し相手もいるから(奥様は大変なようだが)なんとかなるが、いざ連れ合いをなくしてしまうと、家事が出来ないのだから、いろいろと悲惨であろう。まだ70代の男性(元最高裁判事)は、妻を3年ほど前に亡くした後一人暮らしだが、腰も悪いし、電球を取り替えることも出来なくて便利屋に頼んだとのことだ(賃貸マンションだと管理人に言えばなんとかしてくれるだろうが)。これが未亡人であれば子供はわりと同居してくれるらしい。女性は育児家事をするし、自分のことは自分で出来るし、男性と違って場所を取らない(嵩張らない)。もっとも未亡人は自ら気軽な一人暮らしを望む場合が多いと思われる。

年を取るということは、なかなかに大変なことである。私自身は幸い料理はじめ家事はできるし、これといった悪い所はなく健康なので、仕事も生活もこなせているが、周りを見ていると、いろいろ考えさせられる。まあいい、あまり深刻に考えてもどうなるか先は読めないのだし、毎日を大事に過ごそうと思う次第である。

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『家賃が一気に10万円もアップ…。どうしたらいいでしょうか?』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2025年11月号

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小川晶前橋市長に思うこと

 伊東市長の一連の騒動に次いで、これである。共に絶対数が少ない女性首長。市民の圧倒的な支持を受け、自民党現職を破った革新系である。どちらも騒動の内容及び本人の対応が特異で、全国的にあまねく知られてしまった。伊東市も前橋市(群馬県庁所在地)も不名誉なことであり、市民に対して同情を禁じ得ない。まさかこんなことになると分かっていたならば、そんな人であると知っていたならば、誰も投票はしなかったはずである。

 伊東市の田久保市長は、東洋大学を除籍された(学費を払わなかったのであろう)のに卒業と偽っていたのが、市長就任後に匿名通報でばれたのである。公人になったからには、いずればれるだろうし、卒業したかしないかは客観的事実であり大学側に問い合わせれば明らかである。素直に謝るしか方途がないと思われるのに、偽の卒業証書を市会議長らにさっと見せ(19.2秒って、ストップウォッチで計ったの!?)、百条委員会への出頭要請を拒否したため、市議会で不信任決議を可決されたのを受け、あろうことか市議会解散に踏み切ったのだ。私文書(卒業証書の名義は東洋大なので)を偽造したのが別人だとしても、それを自ら見せたのは偽造私文書行使罪(刑法161条1項=3月以上5年以下の拘禁刑)に当たるし、学歴詐称自体も公職選挙法の虚偽事項公表罪(同法235条1項=2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)に該当するとして、すでに刑事告発されているようである。無駄な市議会議員選挙を行うことで市政は停滞し、巨額費用が発生する。新しく召集される市議会が再び不信任決議をすれば、今度は失職するので、これは単なる時間稼ぎなのか、この間の給与が欲しいだけなのか。客観的事実に対して、一体どんな意地があるというのか。そもそもこんなことをやって、伊東市に住み続けられるのだろうか。そんなことも考えないほど、独自の感性で生きているのだろうか。芸術家であればともかく、常識が最も要求されるはずの政治の世界に向いているとはとうてい思えない。

 そして、今度は前橋市長。千葉県出身、中央大学法学部卒で若くして司法試験に合格。司法修習の現地修習地に決まった前橋に来て、そのまま前橋の法律事務所に就職した。28歳で県会議員に初当選して4期目中に、前橋市長選に押されて出馬した。群馬は総理を輩出している保守王国である。保守系現職(60代男性)に挑戦させるならば女性であり、それも若いほうが有利だ。県会の経歴があり、しかも弁護士資格があるときては、最適の候補に思われただろう。昨年2月初当選し、まだ2年目で現在42歳である。それがあろうことか、男と10回以上ものラブホ通いが暴露された。これがただのラブホ通いであれば、男が既婚者であれ(本人は独身である)、公人にももちろん自由があって、相手の妻に非難されるのは別として、傍が騒ぐことではない。ちなみに同じく弁護士から政治家になったので引き合いに出される広瀬めぐみは(彼女のことはこのブログでも取り上げている)、革新王国岩手で自民党から参院議員に出馬し当選したものの、カナダ人男性と派手な外車で歌舞伎町ラブホに泊まった事実を写真誌に撮られてあっさり認めた(本人が既婚者)。彼女が辞職したのは秘書給与詐取容疑で捜査起訴されたためであり(執行猶予付き判決が確定しており、当面弁護士資格はない)、全く異なる事案である。

 小川市長の問題は、相手の男が市職員であることだ。幹部級職員と報道されていたので部長級だと思っていたら、秘書課長だった。当選した2ヶ月後の昨年4月に市長は彼を秘書課長に抜擢したので、すでに1年半ほど、職務上市長と最も密接な立場にあったということである。市議会では市長の真後ろに座っている(その人がそうだとネットで出回っている…)。市長と市職員の力関係は、当然ながらはっきりしている。前にも書いたが、刑法の性犯罪は大きく変遷している。強姦罪は被害者の男女を問わない(従って性行為の態様も多様になった)強制性交等罪に変わり、ついに一昨年不同意性交等罪(条文はずっと177条)に変わった。不同意わいせつ罪(176条)と条文の構造は同じで、1項8号の「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。」はまさにパワハラを想定したものである。市長が男であり、市職員が女であれば分かりやすいが、逆でも理屈は同じである。そう言われないがために(なにせ弁護士なので、実際に刑事事件をやることはないにしろ知識としては知っていたのではないか)、人目につかない相談の場所としてラブホを提案したのは相手男性である旨、9月24日の説明で述べたのかもしれない。

 彼らのラブホ通いがいつ始まったのかは知らないが、探偵をつけた映像によると、今年7月下旬から1ヶ月ほどの間に計6回の日時場所が明らかになっている。露天風呂付きだという前橋市内の人気のラブホ以外にも2カ所あり、それらは市外であるらしい。公用車は基本的に自宅と市庁舎との間の送迎に使われるので、市庁舎から退出してラブホに直行する場合にそこまで公用車で行ったというのはある程度仕方がないかもしれないが(普通は?足跡を残さないために、いったん自宅に戻ってから出直すが、いずれにしても市長は広く面割れしているのでよほど変装しない限りはばれる。つまりそんな恐ろしいことはできない)、平日の昼間も何度かあるらしく、その場合は互いに示し合わせて休暇を取り、さすがに公用車は使っていないと思われる。しかし、ラブホ通いの日はその映像記録以外にも特定されているようだし、探偵をつけるのは厖大な費用がかかるので、一体誰がどういう目的でつけたのだろうかと要らぬことも気になってくる。市長のスキャンダルが出て誰が得をするのか…と考えると容易に浮かんでくる線もあるが、推測の域を出ないし、そもそも無理やり連れて行かれたのではなく、自分の意思で行っているのだから、自業自得でしかない。

 問題のラブホ通いの前には、カラオケボックスや飲食店で二人きりで会い、市長は彼に公私にわたっていろいろ相談をしていたという。ラブホなんか行かなくたって、男女関係になどなっていなくたって、それ自体が大変由々しき問題だと私は思う。トップの公人は公正中立でなければならない。職場に関する相談は当該担当者にするべきであり、なんであれかんであれ、お気に入りの部下ひとりに持ちかけるなど、言語道断である。市職員について生殺与奪の権限を持つ市長に、他の人には聞かせられないことを際限なく聞かされて癒やしを与える役割を担っていたらしいその職員には、一体どれだけのストレスがかかり、市の秘密を握ったのだろうか。周りの職員も彼にはずいぶんと気を遣っていたことだろう。こんな事さえ起こらなければ、また大過さえなければ、まだ若い市長が何年そこで君臨するか分からないのである。首長多選の弊害は、徐々に独裁者となって職員が萎縮してイエスマンばかりとなり、雇い人である市民や県民の方に向かなくなるからだということはよく知られている。

 この件で市長は、ラブホに行ったことは認めながら男女関係はなかったと、堂々と言う。発覚後に職員とその旨口裏を合わせており、そう言い切った以上は今後訂正もするはずはなく、このまま居直るつもりなのであろう。その特異な論理では、部下とラブホに行ったことはなんら問題ではなく、ラブホ=男女関係は世間の常識だと思うのだが、それはただの誤解であり、誤解を招いた行動を反省すべきだそうである。殆どがベッドで占められる狭い部屋に2人きりで、毎回2~3時間もの間、そんなに頻繁に行って(しかし単純な男女関係だとしても、この頻繁さにはびっくりする)、一体何をするというのだろうか。弁護士でなくてもそんな嘘が通らないことは自明の理であり、(国民民主の玉木さんのように)素直に認めて謝ればよほど違ったという面はたしかにあるのだが、私はそれ以前の問題だと思っているのである。そもそもその説明の際に呆れ果てたのが、「泣いたり感情的になったりするのを見せたくなかったから」市庁舎では話が出来なかった…。えっ!?!? 公人たるもの、いえ弁護士であっても立場上、そんな醜態は人前では見せませんよ。もしどうしても見せたいなら、家族とかよほど親しい友人相手に限られるでしょ。部下であるその職員がまさにその相手ってことですか? よりによってその人しかいないなんて、そんなに人間関係が乏しいのですか…? 

 県会議員であれば大勢の一人として行動をすればよいだろう。だが、首長は違う。トップたるもの、民間でもどこでも孤独である。責任が大きくなるほど、人間には孤独が伴うのだ。それを乗り切れない者には上に立つ資格がない。彼女は、周りの人にちやほやされ、よしよしと甘やかされることに慣れてきて、精神的にすこぶる未熟である。前橋市では今日2回目の説明会が開かれていて、男性側は弁護士だけが登場しているそうである。男性も妻の手前もあり、相談に応じていただけで男女関係はなかった旨を通すつもりだろう(弁護士は依頼者の言うとおりにしか言えない)。彼は先月末すでに別の課に更迭されているが、市長は部下を処分して自らの処分はどうするつもりなのだろうか。減給程度で済ませるつもりかもしれない。これくらいでは?不信任決議が可決されることはなく、否定して居座っていれば少なくとも任期は全うできると踏んでいるのではないか。なん図太い神経であろう。こういう首長を頂きたくないのは市民の総意と思われ、彼女に今せめてできることは市議会の要望通りすぐに辞職することしかないと思われる。ちなみに、民事的には当該部下の妻は離婚請求は出来るし、市長にも慰謝料を請求できるけれど、彼女がもし離婚する気がなければ何も起こさないと思われる。

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