『夫が職場不倫の末、出奔。今後のお金のことが心配です』

自由民主党月刊女性誌「りぶる9月号」
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明日から夏休み

先日お会いした方(50代?男性)から,私のホームページをよく見ているとの話を頂いた。実際,「最近思うこと」をよく読んでおられるようで,ことに事件の解説?がとてもためになると言って下さった。専門分野なので書きやすいのは事実である。ウチの学生も読んでくれれば勉強になるのだろうが(後期授業で宣伝しよう)。

明日から夏休みである。去年の夏は,とある事件を引き受けて,この猛暑の中,拘置所に連日通っていた。それを思うと今年は天国だ。世の中には,どんなに忙しくてもよい,仕事がしたいと言う人もいるけれど,私は,違う。それが価値観というものなのだろう。頼まれて引き受けた以上は,どんなに忙しくても文句は言わないし,責任感をもってきちんとやり通すけれど,あえて忙しくしていたいなどは,決してない。あんまり暇なのも困るが,適度に余裕があり,趣味その他で人生を楽しめる生活がベストである。職業柄そう均質にはいかないのだが(検事時代も請負業だと表現されていた),心映えだけはそうありたいと思っている。

夏休みは尾道の実家に帰る。元気な母もあと2年足らずで90歳になる。ずっと元気で長生きしてほしいけれど,人生は有限である。面白いもので,前途が無限に広がっていた若い頃はよほどのことがなければ幸せには感じなかったのに,だんだんと,日々の何気ない日常に幸せを感じるようになってきている。何気ない出来事もいつかは味わえなくなるのだ。金持ちは一流レストランでフルコースを食べてもさして幸せとは感じないが,貧乏人はラーメン一杯で幸せを感じられるから,平等だと言った人がいる。この例には??の点もあるのだが,言いたいことは何となく分かる。要するに,幸せは主観であり,感じる人次第なのである。

フルで10日足らずの休みの間,出かける所もあるが,密かに?勉強したいこともある。本を買い,準備は万端だ(笑)。尾道では地元テレビで広島カープの活躍が見られる。去年の今頃は金足農業高校の大躍進に熱中していたことを思い出す。あのときやはり甲子園にいた報徳学園・小園海斗君はすでにカープの貴重な戦力だ。今年の甲子園も様々なドラマを生むことだろう。ただあまりに暑くて,年々こう暑くなる一方では夏の甲子園はこのまま続くのだろうかと不安にもなっている。選手も応援の方々も,どうかくれぐれも熱中症にならないで,悔いのない戦いをしてください。

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猛暑の夏到来

珍しく涼しかった7月が終わり,例年より10日近くも遅れた梅雨開けと同時に,例年通りの猛暑がやってきた。クーラーのない所はどこもまさに熱風である。幸い汗かきではないのでまだよいが,汗を拭き拭きびしょ濡れ状態で歩く人たちを見ると,本当に大変だなと思う。数年前,ひどい猛暑の8月(暑くて眠れず,「熱いトタン屋根の上の猫」だわと思ったことを思い出す),タクシー代を結局20万円ほど使ったことがある。クリーニングの手間と費用を考えると仕方ないと自己弁護していたのだが,まもなく麻やサマーウールを着ずにポリエステルばかり着るようになって家で毎日洗濯をする結果,タクシーに乗らなくなったのである(冬も暖かくて洗える衣料品が出来,生活形態を大きく変えている)。

しかし,来年,どうなるのだろう。そう,東京オリンピックである。日本人でもとうてい耐えられないこの蒸し蒸しした不快な真夏に,熱帯・亜熱帯地方の人はともかく,北米やヨーロッパの人々は耐えられるだろうか。熱射病で死人が出るかもしれない。そもそも8月が既定事実だったのならば(アメリカのスポンサー事情から他に何の放映スポーツもない8月になったと聞く),この猛暑が分かったうえでオリンピックをあえて誘致した日本という国はどれほど非難されるだろうか。その頃に発生するのは必定の通勤地獄がどうなるのかということも切実なのだが,それ以上に気がかりである。

さて,今年も親しい人がすでに何人か亡くなった。80歳を越えていれば天命だったのかなと諦めもつくが,まだ若い60歳代で亡くなられたりすると,ご家族の思いもさることながら,ご本人はどんなにか無念だったろうと思う。人はお互いが貴重な財産である。生きていてくれたら今こんな話も出来たし,どんなにか勇気づけられただろうと,これからもきっと思う。「私にもしものことがあったら先生には家族のことをよろしくお願いします」と言われたことを,先日「偲ぶ会」でご家族にもお伝えした。あちこちで頼りにされているのだから(笑)心身共に健康で過ごさなばならないと切に思う。

生きてはいても認知症になってしまうと,ある意味では亡くなられたのと同じことになってしまう。30年来親しかった友人(70代女性)が認知症になって,そのうちに私との記憶もなくなってしまうからとお別れを言われたのは昨年のことだった。この3月に会った知人(80代男性)は,いつものように大変元気だったのにその翌月外出先で倒れて病院に運ばれたところ,脳に穴が空いているが手術は出来ないと,まもなく退院させられ,リハビリテーションセンターで過ごしている。経口摂取はずっと出来ず,今は胃瘻にして,水も飲めないそうだ。とても記憶力の良い人だったが,話は支離滅裂になっていて,通じないという。よくいろいろな話をしたことは,もはや思い出である。

原因はいろいろあるらしいが,認知症になる人は結構いる。もしかして認知症?と疑っている人もいる。いったん罹患するともはや治らないが,ただ投薬で進行を遅らせることは出来るそうだ。もちろん飲み忘れるので,周りの人がきちんと見張っておかねばならないのだが。心身共に健康でおられることは,何よりも感謝しなければならないことだと改めて思う。

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『どうしたら息子夫婦を離婚させられるでしょうか・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる8月号」
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日替わりでいろいろと事件が起こるものだ

週一度の授業では冒頭,話題の事件から始めることが多いのだが,最近はいろいろありすぎて絞れず(日々いろいろな事件が起こるので,頭の中でつい流れていってしまうせいもあるだろう),ついそのまま授業の中身に入っていくことが多い。事件の話や経験談をすると学生の目の色が変わることは十分分かっているのだが…。中で唯一,時間的な流れまで書いて,説明した事件がある。先月19日に神奈川で起きた,実刑確定者の逃走事件である。

そもそも実刑確定者の未収監など,普通起こるものではないのである。まずは在宅事件の場合(重大な事件でもなく逃走や証拠隠滅のおそれもない場合は,逮捕勾留されずに在宅で起訴されることがある),執行猶予が付かずに実刑判決が確定しても,もともときちんとした環境下にあるのだし刑期も長くはないので,判決確定後の呼び出しには出頭するものである(収監が嫌だからと逃げても,ずっと逃げ切れるものではない)。身柄事件の場合でこれが起こるのは,起訴後保釈された場合に限られる。ただし,一審で実刑判決が言い渡された時点で保釈は失効して直ちに収監されるので,今回のような事態が起こりうるのは,控訴をして再保釈が認められた場合に限られる。

控訴審では一審と違い,被告人に出頭義務はなく(刑事訴訟法390条),たとえ判決時に出頭したとしても直ちに収監されることはない。本件容疑者の罪名は窃盗と覚せい剤取締法違反で,どちらも常習性の極めて高い犯罪である。であるから検察は保釈そのものに反対したはずだが,地裁はこれを認めた。逃亡のおそれは保釈保証金で担保する制度だから,たしかにそれ自体は保釈反対の理由にはならないといえばそうなのであるが…。問題は,控訴後の再保釈を認めたことである。一審判決は懲役3年8月の実刑だったから,二審もまた当然に実刑判決だし,刑期も下がることはない。前科2犯だったらしく,そもそも執行猶予のつく事案ではなかったのだ。今年1月24日,東京高裁が控訴を棄却し,14日後の2月8日,実刑が確定した。

横浜地検はすぐに出頭を要請しなければならなかったのだが,2月下旬以降何度要請しても出頭をしなかった。そして,実に4ヶ月後の6月19日午後1時過ぎ,地検事務官が警察官と一緒に収監に赴いたとき,容疑者は刃物を振り回して逃走したのである(=公務執行妨害罪。ちなみに逃走罪は,被拘束者についてしか成立しない)。地検の発表は遅れて午後5時頃。県警が緊急配備して,容疑者を公務執行妨害罪で逮捕したのは23日午前であった。この間,近隣住民はどれほどの恐怖を味わったことだろう。

実刑判決確定後の逃走者をとん刑者という。もちろんそれほど数があるわけではないが,26人程度いると聞けば,かなりの数というべきであろう。彼らはすでに起訴済みなので公訴時効(刑事訴訟法250条)は無関係だが,代わりに刑の時効にかかりうる(刑法32条)。懲役3年8月だと10年(同3号),つまり10年間逃げおおせれば刑の執行を免れるのだ。まあ,そこまでは考えていなかったにしても,娑婆にいれば覚せい剤も打てるし(そのための資金欲しさに窃盗をすることになる),刑務所にはできるだけ入りたくないのは事実である。この容疑者も常習的に覚せい剤を打っていたがために,それが尿から検出されうる期間(利尿剤を飲んで2~3日,普通であれば大事を取って,1週間を見ておくべき)はとにかく逃げたかったのだろう。いずれにせよ,極めて人騒がせな事件であった。

30年も前のこと,某地検に勤務していたとき,とん刑者を,事務官が張り込みのうえ,苦労してようやく捕まえてきたことがあった。たかだか懲役2年程度の判決だったのに逃げて,その2年後に捕まった(5年逃げおおせば刑の時効だった)。この間一度も風呂に入ったことがないらしく,臭くて困ったが,食料について聞いたら「コンビニがいくらでも捨てるので,ちっとも困らなかった」。本人もきっと捕まってほっとしたのではないか。逃亡生活は気が休まらず,恐ろしく疲れるものである。事務官いわく,「裁判所が簡単に保釈してくれるんで,我々の仕事が増える。裁判所が責任を取って捕まえてほしい」。

裁判員制度しかり,人質司法批判しかり,再保釈を認める傾向が強まっている。だが,今回のことで,裁判所も後々のことを考えてほしいものだと思うのである。検察事務官は武道の経験もないし,凶器も保持しない。そこは警察官に同道してもらわねばどうにもならないのだ。安全の国,日本。来年はオリンピックが開催される。今後こうした事件が起こらないように,真剣に考えなければならないと思うのである。

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