弁護士懲戒について思うこと

つい先週だが、大阪弁護士会所属の男性弁護士が業務上横領で大阪地検特捜部に逮捕された。顧問先からの預り金2億5000万円を使い込んだのだという。ネットで見た時の驚きは半端ではなかった。もしかして司法研修所で同じクラス? 確かめたら、やはりそうだ!

35期の我がクラスは計48人。うち私を含め検事に5名、裁判官に(たぶん)8名が任官。残りが最初から弁護士だが、うちすでに私の知る限りでも3名が懲戒処分を受けている。1人は弁護士になって早くに退会命令を受けて以後、消息が知れない(法律事務所の事務員として働いていると、先だって噂に聞いた)。あと2人も共にだいぶ前に業務停止を受け、うち1人は数年前に亡くなった。親が田畑を売って弁償し、刑事事件になるのは免れたと聞く。加えて最近、検事正になったのが部下の女性検事にセクハラ行為(強制わいせつ)をして法務省の懲戒処分を受け、辞任した。そして今回だ。計5人!(もしかして弁護士会の戒告処分程度なら他にいたのかもしれない) あんまりなんでも高率すぎる。

弁護士会の懲戒処分は、軽いのから戒告、業務停止(1か月?2年)、退会命令、そして除名である。除名は資格剥奪なので、もはや弁護士業務はできず、もしやれば非弁活動になって弁護士法違反となる(2年以下の懲役)。次の退会命令は、所属する単位会からの退会なので、理論的には他の弁護士会に入会を許可されれば業務をやれるが、もちろんどこの弁護士会も入会させないので、事実上の除名である。業務停止はその期間の間、一切の弁護士業務をすることができない。顧問契約も解除しなければならないし、受任中の事件も他の弁護士にやってもらうことになる。もともとお金に困って怪しいことに手を出していることが多いので、その間預貯金で悠々と食べていけるわけもなく、結局生活のために非弁活動に手を出し(この手合いを狙って付けいる業者がまたいるのである)、次の懲戒では業務停止期間が延び、ついには退会命令・除名ということにもなる。

しかし一体、何だろうねと思う。30余年前、当時湯島にあった司法研修所で一緒に学んでいた時、そんな運命が待っているとは、本人含め、誰も予想だにしなかったはずである。弁護士の横領事件の動機はといえば、今やその多くが事務所経費に困り、とりあえず手をつけるのだという。その穴埋めをどこか別の所からまたして、自転車操業の挙げ句そのうちにお手上げ状態となる。弁償さえしてくれれば、依頼者も徒に事を荒げて告訴などもしないだろうが、この2億5000万円どころか、あちこちから借金も嵩み、親族の手にも負えなくなったのであろうか。どんな気持ちで生きていたのだろうかと思うと、一時期を確かに共有していた仲間ではあるだけに、切ない気持ちにもなってくる。

今月から、所属する第一東京弁護士会の懲戒委員会委員(裁判所に相当する)になった。以前2期4年勤めた綱紀委員会(検察に相当する)が懲戒相当として選び抜いた事件のみを扱うので、弁護士委員は私を入れて8名しかいない(あとは裁判所、検察庁、学識経験者の外部委員)。綱紀委員会同様まったくの無報酬であるが、以前と同様、毎回きちんと出席して意見も述べ、しっかりと起案もしていきたいと思っている。

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一連の安保法制に思うこと

過日開催された衆議院憲法審査会の結果はすごかった。野党推薦2名はもちろん、与党推薦の参考人(全員が著名な憲法学教授)までもが、今内閣が進めている集団的自衛権行使に関する一連の法案を違憲と断じたのである!(こんな審査会あったっけと思ったら、私が11年前に参院を引退した後、安倍第一次内閣時に新設されたのだった) まずもって、著作も読まずに、何も分からずに推薦しただなんて、あまりに稚拙すぎてお話にならない。そもそも憲法学者は(というか、おそらくほとんどの法律家は)違憲論である。中に合憲だと言う憲法学者も少数ながらいると聞くから、人を選ぶならそちらからに決まっている。

日本の政府見解はずっと、集団的自衛権は存するが行使は容認できない、であった。行使のためには憲法9条を改正しなければいけないのだが、そのハードルが高すぎる故であろう、政府与党は閣議決定という手法により、一連の法案整備を進めている。しかも議会にかける前に、首相がアメリカ議会で演説し、「夏までには整備する」旨断言したのだ! もちろん、立法権はひとり国会にあり(憲法41条)、内閣には法案の提出権及び制定された法律を執行する行政権しかない。立法も行政も同じであれば、それは三権分立ではなく、独裁体制というものであろう。

この度、担当大臣が「憲法を法律に合わせる」といった発言までして、世論を騒がせている。正しくはもちろん、「法律を憲法に合わせる」。憲法に違反する法律を制定することはできないし、また制定された法律を実際に適用するにあたっては憲法の趣旨に違反しないようにしなければならない。それが権力に縛りをかける立憲主義というものだ。しかしながら、政府の一連の動きを見ていると、民主主義もそうだが、立憲主義そのものが理解されていない危うさを感じる。

そもそも政府与党が理論的に依拠しているとされる最高裁砂川判決(昭和34年12月)の頃は未だに、自衛隊は憲法9条2項が禁ずる「戦力」に当たるとして、違憲論が強い頃であった。そんな中、一審東京地裁(裁判長の名前をとって「伊達判決」として名高い)は、駐留米軍は違憲だとし、米軍基地内に立ち入って、安保条約に基づく特別刑事法に問われた被告人全員を無罪とした。検察の跳躍上告を受けた最高裁は、自衛権は国家固有の権利であるとはしたものの、司法は安保条約の是非など高度な政治判断には立ち入らないといういわゆる「統治行為論」を出し、結局被告人らは有罪となった(罰金。高名な最高裁長官であったが、この件で自ら政治的に関わっていたことが判明して、ケチをつけた)。もちろん、集団的自衛権は当時何も問題にされていなかったし、当該事案を解決するには持ち出す必要もなかった(もし勝手に判断したとしても傍論にすぎず、なんの拘束力もない)。こういう判決を出してこなければいけないこと自体が論拠の弱さを示すことになりはしないか。

国民の代表者である国会議員に対して「早く質問しろよ」と野次を飛ばしたことなど、これまでにはついぞなかったことであり、なんとも品がなさすぎてコメントもしたくないのだが、これが立憲主義を理解しない独裁体制のなせる業なのだと思うと、すとんと落ちてくるものがある。そうした意味で、ひとり安保法制に限らず、政治そのものが危機的状況にあるように思えてきて仕方がない。

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本を大量に整理して、思うこと

昨日、5月30日夜地震以来の懸案だった自宅の本の整理をあらかた終えた。丸1週間、朝や夜にぼちぼち手をつけ、1か月位かかるかもと憂えていたが(片付かない所にいるのは気持ちが悪い)、案に相違して早かった。本の山がなくなってみると、すっきりして大変に気持ちがよい。残りの人生、厳選した本と共に生きようと思う。1000冊位を捨てたが、まだ1000冊位は優に残っている(事務所にある法律本は別)。

だんだんと好きなことが絞られてきたように感じる。ミュージカルやオペラに嵌まっていた時があるが、今は普通の演劇が好きだ(近く「メアリー・スチュアート」を見に行きたい)。グルメも世界各国料理をずいぶんと楽しんだが、結局は家で美味しいご飯を食べるほうが好きである。旅行も行きたいとは思わなくなった。至福の時は、ベッドに潜り込んで好きな本を読む時。昨日、整理された本棚から、いの一番に取り出したのはヨーロッパの歴史物で、2冊続けて読んだ。そう、歴史が好きだと改めて思う。人間が動いている歴史ほど面白いものはない。

日曜の今日、朝9時半に出勤した。もし3時間しか仕事をしないにしても、明日はその分楽になる。その分余裕をもって仕事に取り組めるので効率が良いのだ。暑くもなく、風がとても気持ちがよい。最高の散策日和である。いい所に事務所がある幸せをまたしみじみ感じる。近くのホテルでプチ贅沢な昼食をとる。千鳥ヶ淵に面した広々としたラウンジ。客が多い。ほとんどが女性である。あら、ほとんどの人が着物を着ているじゃない、申し合わせたように。ああそうか、国立劇場のすぐそばだからだ。レジでそう言うと、「今日は歌舞伎教室があるようですよ」。なるほどね。「外人さんがよく写真を撮っていかれます」。そうでしょうね、着物を着ている人に毎日必ず一人は会うけれど、これだけ着物姿が固まっている光景は初めて見た感じがする。

まだまだやることはあるけれど、今日はもうこれで帰宅しよう。そしてよく寝て、明日早めに来る。最近だんだんと夜型から朝型に変わってきた。その分、夜は早くに眠くなるので、遅くまでは付き合えない。二次会やカラオケやら、よく付き合っていたなあと思い出す。それなりに楽しかったのは、単純に体力もあり、若かったから? でも、もう卒業である。人生はワインのようなものかもしれない。年齢とともに味わいが異なってくる。そして、そのどれもがそれぞれによいものである。

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また地震あり、これをきっかけにコンド?することに

箱根に続いて、屋久島で噴火。幸い死傷者はなかったようだが、避難を余儀なくされた方々は気の毒だ。自然には勝てない。そして、いつどこで何が起きるか、誰にも分からない。東京では5月25日午後2時半頃地震があり(事務所のエレベーターが停止)、そして5日後の30日午後8時半頃、自宅パソコンで調べ物をしていたとき、地震が来た。横に大きく揺れる。長い。壁一面に作り付けた本箱が倒壊、大量の本が床に散乱した。

3.11時、明け方にようやく自宅に辿り着いた時と同じ光景である。以来補強をしたのだが、功を奏さなかったことになる。うーん。また同じように作り付け、また同じようにカテゴリー別に収納しても、どうせいずれまた地震が来たら倒壊する。この本箱はもうお払い箱にしよう。そしてがっしりした本箱を買おう。そうだ、せっかくだからこの際、要らない本を思い切って捨てよう。昨今アメリカでも近藤さん式整理方法(ときめくものだけを残そう)が大流行で、kondohが普通名詞になっているという。

翌朝早くから早速取りかかった。ときめく本というより、役に立つ本、再読したい本という基準で選ぶと、そうではない本がずいぶんあることが分かる。残るのは世界・日本の古典文学(夏目漱石らを含む)、世界・日本の歴史、宗教・哲学、心理学・精神医学関係である。またたくまにゴミの山が出来上がる。法律関係は立派な本箱に入れてあるので、この際ついでにこちらも整理しようと思い立つ。法律はずいぶん改正されていて、大体がもう使えない本が多いのに、これで昔よく勉強をしたよねというただ「思い出」に取っているものが多いのだ。棚なども活用できるから収納は出来る。そしてもし、新しい本箱を買わずに済ませられたら、どんなにか光景もすっきりするだろう。

心配だったので、今朝早めに事務所に来たら、4年前とは違い、本箱の上の物が落ちることもなく、机の抽出が少し開いていただけだった。エレベーターも動いていた。自宅エレベーターは数時間も停止したらしく、高層階だけに、外出していたら大変なことであった。感謝。本箱や本の片付けで腕が痛くなり、メールを打たないでいたら、受信もないことに気がついた。この際メールチャットもやめることにする。

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大相撲千秋楽に行ってきました

まあとにかく興奮した千秋楽だった。3敗の照ノ富士は碧山(大関豪栄道の休場により)に完勝、結び白鵬対日馬富士を前に、場内は盛りに盛り上がる。もちろん声援は圧倒的に日馬富士だ。勝てば照ノ富士の初優勝(そして大関昇進)が決まる。同じ伊勢ヶ浜部屋の兄弟子として、日馬富士としては照ノ富士を是非とも援護射撃したい(先場所は失敗)。白鵬に押し込まれたが、蛙跳びをして(なんという身体能力の高さ!)中腰になり白鵬の中に入る。双差しから危なげなく寄り切る。まさに興奮と歓声の渦。後頭部が痛いと思ったら、後ろの枡席から座布団が飛んできたのだった。あちこちに座布団が舞う。金星の光景だ…仮にも横綱が横綱を破って、これはないだろう(笑)。でも、気持ちはよく分かる。

照ノ富士、23歳。白鵬の父親に柔道を習い、素質を認められて日本に留学。鳥取城北高校では逸ノ城と一緒(ちなみに石浦監督の子息が今十両にいる)。191センチ、178キロ。十両を一場所で通過した頃には将来の横綱との声がすでに高かった。足腰が極めて強く安定し、かつ上半身は柔軟で、肉体的な弱点がほとんど見当たらない。昨年春場所に入幕してから1年間、期待ほどには成績は上がらず、後から入幕した逸ノ城に話題をさらわれた時期もあったが、新関脇の先場所、急に力をつけた。白鵬を正攻法で破って、準優勝(13勝)。今場所も12勝(負けたのは佐田の海、徳勝龍、白鵬。稀勢の里と琴奨菊には完勝)。

すでに力は現大関3人より上であろうと思う。琴奨菊は今場所負け越し(6勝)、カド番の来場所で負け越せば、関脇に転落する。若手が力をつけているので勝ち越しは難しく、となれば引退するのではないか。豪栄道も昨年大関に昇進したはよいけれど、勝ち越しがやっとこさの状態だ。もちろん大関たるもの、二桁勝利して優勝争いに絡むべき責任がある。もっとも、彼ら以上に責任を果たしていないのは、2場所続けて休場した横綱鶴竜である(もし大関のままだったら、来場所の番付は関脇以下となる。なので無理にでも出場していたはずである)。もともと実力が伴って横綱になったわけでもなく、実際昇進後、優勝はおろか、かろうじて二桁勝利がやっとの状態だ。照ノ富士ら若手が急に台頭してきた中ではいよいよ優勝は難しく、これまたそのうちに引退になりそうな気がする。横綱昇進後優勝が一度もない前例は3度あるという。その最長で10場所。実力の世界は誠に厳しい。

さて、問題の白鵬。アンチ白鵬が多いのは、一つには、長い長い一強時代にうんざりしていることがもちろんある。それを加速させているのが、白鵬の態度の悪さである。7日目の対佐田の海での張り差しかち上げはこの目で現認したが、12日目、豪栄道の首投げに敗れた後は土俵に立ったまま礼もしなかったという。行司軍配にも、それに物言いがつかなかったことにも不服だったのだろうが、だとしてもそれをそのまま態度に表すなど大人げなさすぎて、恥ずかしすぎる。14日目、稀勢の里に土俵際で逆転の引き落としに屈したときは、軽く頭だけは下げたが、不服そうな態度が画面を通してもありありと窺えた。毅然とした態度がみじんも見えず、それがまた横綱だというのだからなおさら始末が悪い。

審判に異を唱えないことは、そして敗者が潔く負けを認め勝者を称えることは、スポーツマンシップの根幹であると思う。たちが悪いのは、言葉では双葉山や大鵬を讃えながら、態度がそれを完全に裏切っていることである。無限実行や有言実行ではなく、有言不実行。これではまだ朝青龍のほうがかわいかった。そう感じるからこそ観衆の気持ちは白鵬から離れていく。せっかく実力抜群の稀代の横綱であり、誰にも破ることのできない輝かしい記録を数々と打ち立てたのに、日本の相撲界にとっても、なんとも残念だとしかいいようがない。

遠藤は6勝9敗。意地を通したように出続けていたが、途中からだんだんと調子が上がってきた。おそらくは膝の完全な断裂ではなく損傷止まりであったのだろう。最後の頃は実に万全の寄り切り、そして、やくみつるのいう「遠藤ペンタゴン」の形。四股の美しさ、相撲の美しさという点では遠藤の右に出るものはいないと改めて思わされる。体を治して、次回も美しい相撲を見せてくれることを願っている。内村航平の目指す「美しい体操」。相撲は相手のある競技だから、美しさが強さにつながるわけではないにしろ、遠藤には遠藤の相撲を通していってほしいと思う。それが願わくば実績に結びつけば、相撲界にとってもこれ以上の幸せはない。

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