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『参風 第165号』会員登壇
カテゴリー: 最近思うこと
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『亡き父に隠し子がいました。遺産分割をやり直す必要がありますか?』
カテゴリー: 執筆
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東名あおり死傷事故、懲役18年判決について思うこと
難しい判断だったろう。いわゆるあおり運転は「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(平成25年制定)の第2条「危険運転致死傷罪」第4号に該たる。負傷で15年以下の懲役、死亡させた場合は「1年以上の有期懲役(=20年以下)」である。最大で20年なのに求刑23年??と思ったら、余罪があり、それらとの併合罪での懲役23年の求刑だったのである。判決結果は18年。最大の争点は、本件態様に危険運転致死傷罪が認められるか、であったから、認める以上、量刑自体はまずは妥当な線であったといえよう(求刑の2割減が一般的な判決相場である)。
本件は法がもともと意図していた、あおり運転による死傷ではない。駐車場での駐車の仕方を注意された被告人が激高し、被害者の車両を追い、時速100キロに及ぶ速度で4度の進行妨害を加え、やむなく追い越し車線で停止した被害車両の所に行き、後部座席にいた父親に対し、「殺すぞ」などと脅迫し胸ぐらを掴んで引きだそうとしていたときに(つまり停止時であり「重大な交通の危険を生じさせる速度」はその前に終わっている)、後方車両が追突、被害車両に乗っていた親2人が死亡、娘2人が負傷した事案である。
逮捕容疑は、上記法律第5条「過失致死傷罪」(懲役7年以下)だったのを、検察が危険運転致死傷罪として起訴をした。裁判員裁判なので公判前整理手続になったが、その際、同罪の適用に難色を示した裁判官に対し、同罪が認められなかった場合に備えて「監禁致死傷罪」(懲役3年以上20年以下)を予備的に追加したという。この罪名はちょっと苦しい。監禁の態様には当たらないだろう。
検察の主張は「一連の危険な運転が事故を招いた」とし、弁護側は「停車後に誘発した事故に同罪を適用するのは法律の拡大解釈」と主張した(監禁というほど時間が経っておらず、成立するのは暴行罪に過ぎない‥)。判決がどうなるのか注目されていたが、「停車行為は危険運転に当たらないが、4回の妨害は危険運転に当たり、停車行為、暴行とともに密接に関連し死亡事故が発生した」として、同罪の成立を認めたのである。罪刑法定主義は類推解釈を許さないが拡大解釈は可とする。結果は妥当と思うが、念のために、強制停止も含めるよう法改正をすべきであろう。危険運転致死傷罪が刑法内に新設された当時には予定されていなかった事故態様である。
この被告人には余罪がある。いずれも似たような事案であり、激昂してあおり行為をした挙げ句に停車させた被害者に対して「殺すぞ」などと叫んで車外に引きずりだそうとした強要未遂事件が2件、車のドアを蹴飛ばした器物損壊が1件。福岡在住の被告人が逮捕に至ったのは、負傷した娘さんらの証言が大きかったが、こんな大事件を引き起こした2ヶ月後にも同じようなことを山口県でやっているのだから、何をかいわんや。反省の色などあろうはずがない。要するに、激高して我を忘れる危険な性格であり、常習性が顕著である。長く刑務所に入ったからといってそうした性格が治るとも思えないが、罪に見合った刑罰は必要である。また、他の同じように危険なあおり行為を抑制するためにも、厳罰は必要である。
発端は被害者が被告人の駐車方法について注意をしたことだという。とんでもない停め方をしていたらしいが、人に注意をするのは何であれ、危険を伴う。ことに知らない人に対しては。世の中は「話して分かる」人ばかりではない。そうした人ならばそもそもルールを守っているはずだ。そうではない人は大体はとんでもない人だと考えてそうは誤らないと思っている。私も若い頃は電車内などで人に注意をしたりしていたが、事件が起こることを見聞きするにつれ、見て見ぬ振りをして行き過ぎるようになった。ナイフを持っていて刺されるかもしれないのである。正義感を持つのは大事なことだが、危険から身を守ることはもっと大事だからである。どんな大義があっても、死んでしまっては元も子もない。そんな奴に殺されては犬死になる。ことに車はスピードが出るわ、密室で匿名性があるわ(逃げるのも容易である)、運転者を違う人格にさせる、まさに走る凶器なのである。もともと危険な性格者に車を加えれば、二重の恐怖である。
本件では、何の関係もないのに、巻き込まれて追突事故を起こした後続車がいる。その運転者もどれほど傷ついていることかと気の毒で仕方がない。追突はどういう理由であれ追突車の責任とされているので、おそらく過失運転致傷罪の立件もされたであろう。自らの責任であろうがなかろうが、人を死傷させるのは大きなトラウマである。直接の被害者はもちろんのこと、被告人は、自らの短慮によってどれほどの大きな、取り返しの付かない被害を引き起こしたか、反省をしてほしいと願う。そして一罰百戒、こうした悲劇が二度と繰り返されないことを切に願う。
カテゴリー: 最近思うこと
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九州場所を振り返って
なにか物足りないなと思ったら、日曜に大相撲が終わったのだった。以前よりは醒めたとはいえ、やはり場所中は無関心でおられない。懸案の稀勢の里は、場所前非常に調子が良いとの報道であり、本人も優勝を目指すと言っていた。2横綱が休場する場所で1人横綱が優勝すべきは当然であり、優勝して完全復帰の姿を見せてくれるのを心から願っていた。日本中が同じ気持ちであったに違いない。
ところが、である。初日、小結貴景勝に敗れた。その際膝の捻挫を負ったというが(休場理由)、その後も3連敗、結局5日目に休場となった。進退を懸けたのが先場所のこと。何とか凌いで10勝を挙げ、進退を問われることはなくなったが、次の今場所駄目であればやはり進退が懸かるのではないか。非常に残念なことではあるが、稀勢の里は今場所自ら引退すべきだったと思う。だが、稀勢の里自身が「このままでは終われない」と言い、それを受けるように、横綱審議会も「引退勧告」どころか「激励」し、初場所での出場・再起を促した。稀勢の里の親方は初場所も休場させるようなことを言っているらしいが、それはもうありえない。
稀勢の里の怪我の具合は分からない。ただ体を見る限り、だぼついて締まりがないと感じる。きちんとした稽古がなされていない故だろう。そうでなくても本番から遠ざかって長く、相撲勘は著しく鈍っているのである。休場が長くなり、以前から憂慮しているのだが、周りに誰か、その身体の具合を正しく判断し、稽古やウェイトトレーニング、はたまた食生活について的確にアドバイスドしてくれる人はいるのだろうか。闇雲に自らの判断で気ままに適当に稽古をしているだけでは、回復しないのは当然である。
加齢もあるのだし、以前と同じように強くはもはやなれないであろう。ここに来て目立つのは相変わらずの腰高であり、以前はその重さ故に負けなかった下半身がふわふわし、とうてい持ちこたえられなくなったことである。今回の怪我は1ヶ月の診断。稽古の再開はいつになるだろうか。再開しても漫然と体を動かしているだけでは、とうてい初場所の奮闘は望めない。もうすでに長い長い日にちが過ぎてしまった。これが稀勢の里ではなく外国人横綱だったならば、とうの昔に引退勧告をされていただろう。日本人横綱故に特別に優遇されていると受け取られるであろうことは否めない。
横綱不在場所を貴景勝がよく盛り上げてくれた。場所前の貴乃花部屋の突然の消滅により、新しい部屋に移って初めての場所である。動揺があって当然なのに、22歳若武者は、突き押し相撲の自らの型を磨いて迷いなく、13勝2敗の好成績で初優勝を飾った。仕切り線にきちんと手をついて相手を待つ姿勢。真っ向からぶつかり、相手に組ませず適当な間合いを取り、下半身は決して崩れない。26場所での優勝は歴代4位のスピードだという。先場所小結で9勝、今回13勝なので、数字から言うと来場所11勝で大関昇進になるのだが、横綱不在場所での優勝であり、もう1場所様子見されるらしい。
同様に横綱不在場所だったこの名古屋場所で初優勝した御嶽海は、その後続かず、今場所は負け越しとなった。御嶽海は稽古嫌いであるらしい。だが年下の貴景勝の飛躍に、きっとなにくそと奮起したことであろう。阿武咲、朝乃山、豊山など、若手の跳躍が楽しみである。世代交代を切に願う。
カテゴリー: 最近思うこと
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日産ゴーン氏の逮捕に思うこと
本当にびっくり。まさか…。ゴーン氏が国際的に極めてやり手の実業家で、瀕死の日産を短期間で建て直したことを、知らない者はいない。多くの人員削減と工場閉鎖を断行し、コストカッターの異名を取る。日産だけで年10億円を超える高収入に、それだけあれば少なくとも百人は雇えるのに、良心は痛まないのだろうかと感じてきた。もちろん、例えばアメリカの経営者は日本とは桁違いの高報酬である。貧富の差が何倍どころか何百倍にまで広がっては、国民が不満を持ち、トランプのような人を支持したくもなろうというものだ。
さて、逮捕事実である金融証券取引法の有価証券報告書虚偽記載罪。この犯罪は、従来主に粉飾決算に使われてきた。投資家に正確な企業情報を与えないといけないのに、売上げを実際より多くするか経費を少なくするか虚偽の記載をして利益が上がっているように粉飾する。当然ながら粉飾決算は重大な犯罪である。しかし…今回のゴーン氏報酬の記載漏れはどうなのか? 役員の報酬総額は株主総会の決議事項であり、年30億円。報告書では計20億円となり10億円が浮いていた。5年で50億円。それはゴーン氏の闇の報酬なので虚偽記載である…との構成だ。
2010年以降、年1億円以上の報酬を取る役員については報告書に記載を義務づけられるようになった。ゴーン氏は自ら年俸20億円が正当と考えるのに、世間体を考えて?10億円とし、残り10億円を退職金として一括して貰うことにしていたらしい。問題は2つあると思う。この場合、株主や投資家は何をどう欺されてどんな被害を被ったことになるのかということが1つ(もちろん法に違反した以上形式的に違法ではあるが、実質的な違法性がどの程度かは大きな問題である)。次に、何年にもわたるこの明らかな虚偽記載は、役員や社員、監査法人なども当然知っていて会社ぐるみのはずなのに、他の人たちは司法取引で刑の減免を受け(両罰規定となる会社は別として)ゴーン氏と腹心の役員ケリー氏の2人だけが逮捕→起訴なのか。この2人は納得するか? 世界が納得するか?
そもそも全般に言えることだが、こうした形式犯での逮捕・処罰は正攻法ではなく、実体のある犯罪でやるべきなのだ。本件も脱税でやるのであれば、もちろんいい(国籍や住所の関係で、そもそも日本で所得税を納めているのか?)。例えば、政治家を政治資金規正法違反で逮捕・起訴するのはいわば負け戦のようなものであり、収賄罪なりあっせん利得処罰法でやるのが筋である。いくらなんでも本件もこれで終わりではなく、報道によるとゴーン氏は強欲で日産を財布代わりにしていたようなので、これを突破口にして、特別背任や業務上横領といった罪でやるつもりではあるのだろうが。しかし、会社内での然るべき手続も踏んでいたのならば(踏まずにどうやって多額の金員を引き出せたのか?)、海外マターも多く、立件はかなり難しいと思われる。まさかこの2人以外はあくまで司法取引で刑の減免対象にするというのでもあるまい。
世界中の注目を浴びているので、ネットで各国マスコミの反応を見ていると(フランス語が出来ればもっといろいろ分かるのだが)、真珠湾攻撃やらブルータスやら、日本側の陰謀論が言われるのはともかく、日本の刑事司法への驚きやら非難やらが多々見られ、居心地が悪い。いわく、取調べに弁護士の立会いが認められない(その通り)、起訴しないまま22日身柄を拘束される(その通り)。理論的には犯罪の数だけ22日が認められるので、本件を調べたけど当人らは否認のままで、起訴にはちょっと難があると検察が考えれば、処分保留のまま釈放して別事実で再逮捕、そしてまた22日勾留…が可能である。もちろんこれを起訴すると同時に別件で再逮捕→勾留は当然に出来る。日本では普通に行われていることだが、それが世界に流されると、なんとまあ野蛮な司法制度かと、きっと言われるだろうなあと考えてしまう。
事実は明々白々、立証は容易だとまずはこの逮捕事実で踏み切ったのかもしれないが、見込み違いはないだろうか?(ないことを祈っているが…) ゴーン氏は国際的に著名な経営者であり、ルノー、三菱自動車3社のトップを兼ねる(今回日本の2社では取締役会でその代表権と会長職を剥奪する)。日産側に今この時期にゴーン氏を排斥すべきとの理由があったとも言われるところだが、それは特捜部の力を借りるという荒治療でしかなしえなかったのか。しかもちょうど良い時期(今年6月)に日本版司法取引が導入され、検察と弁護士との合意により、他人(ゴーン氏ら)の犯罪について証言した者は免責されうる制度が出来た。これ幸いだったのかもしれないが、本来ならば会社のガバナンスを機能させることによりトップの独走・独裁は止めなければならなかった。司法取引で免責されうるのは刑事責任のみ。民事責任は別であり、おそらく途方もないことになるであろう。
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