違法な高検検事長定年延長問題について『倉重篤郎のニュース最前線』

サンデー毎日2020年3月1日増大号所収

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喫緊の大問題──東京高検検事長の違法な定年延長について

この件では今発売中のサンデー毎日(3月1日号)に、写真実名を出して取材に応じている。4頁にわたる紙面には、検察担当が長く貴重な著書のある渡邊文幸氏(古くからの知り合い)の精緻なコメントも載っているので、是非お読み戴きたいと思う。私自身、元検察官として、また法治国家の法律家として、この件は「桜を見る会」問題などを遥かに超えて、大変に憂うべき事態と捉えている。

今年に入ってのこと、某元国会議員から「黒川さん、検事総長になるの?」と何気に聞かれたとき、言下に否定した。「それは無理ですよ。黒川さんは2月8日に63歳の定年になるので辞めなくちゃいけない。稲田検事総長はまだ辞めないし、4月の京都コングレスで挨拶をすると張り切っておられる。総長が自分で辞めないのを無理に辞めさせることはできませんよ」と。検察官の定年は63歳だが、総長の定年だけはひとり長くて、65歳。司法試験に現役合格した稲田氏が65歳になるのは来年8月のこと。もちろん歴代の検事総長は大体2年を目途に勇退し後進に道を譲ってきたが、それにしたって今夏の話である。私としてはしごく当たり前のことを言っただけだが、相手は何だか微妙な顔をした。今となっては、その意味が分かる。稲田氏が官邸から要請された早期辞任に応じないので、黒川氏の定年延長という、まさに禁じ手(脱法行為)に踏み切ることを、彼は裏情報で知っていたのだろうと。その案が練られ始めたのは昨年11月頃からであるらしい。

検察庁法は国家公務員法の特別法である。その22条に「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63歳に達した時に退官する。」とある。至ってシンプルな規定である。もちろん定年延長の規定などないし、延長された例は皆無である。そもそも官僚組織で、この人がこの地位にいないと組織が回らないというようなことはありえない。誰がそのポストについても組織はつつがなく回る…そういう形が出来ていることが官僚組織の組織たるゆえんである。

ところが1月31日、東京高検検事長黒川氏の定年延長が閣議決定されたのである! 2月7日の定年を半年延ばして今年8月7日までにすると。親しい記者から速報が入ったとき(彼は噂では聞いていたが、まさかと思っていたという。)軽い眩暈を覚えた。その理屈は…検察官も国家公務員であるから、定年規定がないところは一般法である国家公務員法を適用することができる…もうむちゃくちゃだ。法治国家とはとうていいえない。

国家公務員法を見てみよう。定年についてはその81条の2?6に規定がある(枝番なのは、成立後の改正で加わったということだ)。81条の2の1・2項は一般の国家公務員を対象とし、定年を60歳とする(例外として、医師・歯科医師65歳、庁舎の監視職63歳などが挙げられるが、検察官は続く3項で「その他の法律により任期を定めて任用される職員」に当たり、そもそも除外される)。続く81条の3は前条81条の2の「退職の特例」であり、「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、…一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる」となっている。もちろん81条の2の特例なのであり、もともと除外済みの検察官が例外規定に登場するというのは、論理の破たんである。反対の理由はそれだけで十分だが、当該東京高検検事長にそのような個別事情がないこともまた明らかである。高検は捜査をしないし、公判は控訴審だけである。要するに、「官邸の代理人」として長きにわたって活躍した彼の功績に報いるためにか、いえ、おそらくは検事総長になってもらって議員捜査に圧力をかけてもらうためであろう、就任させたいのは見え見えであり、明らかに脱法行為(違法行為)と言わねばならない。

加えて、上記の国家公務員法を改正する際、国会審議において「検察官に定年延長の適用はあるのか」の質問に対して「適用されない」との政府側答弁がなされているのである(こんな答弁がなかったとしても駄目なのは明らかだから、だめ押しである)。どうやら官邸はもちろん、当の法務省も(まさか!)この事実を知らず、内閣法制局に諮ることもなかったようである。この度野党から指摘されて、1月に解釈を変更したと苦し紛れの答弁をするに至ったが、では、解釈変更をした理由は何なのか? 時の官邸が「そうしたいから」解釈を勝手に変更するようでは、法的安定性は保てない。法治国家ではありえないことである。

官邸の無理筋要望に応えて、法務省も表立っては全面的に(?)協力態勢を取っているのもまた情けないことである。法務大臣の答弁など、恥ずかしくて聞いてはおれない。検察は準司法機関であり、政治から独立しているとの矜持がなければ、検察官としてやっていく意味はない。官邸としては6年前、第2次安倍政権で発足させた内閣人事局で官僚の幹部人事を掌握し、忖度政治にさせたことの延長として、同じく国家公務員に過ぎない(!)検察もまた同じようにしよう、できると考えているのではないか。それを、法に従って毅然と拒否できない法務検察とはいったい何なのだろうか。法務大臣は(自身法律家でもあるのだし)毅然と拒否し、辞めればいいのである。

長く官邸の代理人と称され、挙げ句は違法な手段で成り上がった検事総長の下、果たして検察は、正々堂々と、国民から負託された仕事が出来るだろうか。検察官として何より大切なのは正義感である。そうでなくても司法試験の人気が落ちる一方の中、まともな優秀な人間は検察には入らなくなるだろう。この暴挙だけは絶対に阻止しなければならないと強く思っている。

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新型肺炎危機に思うこと

中国発新型コロナウィルスの脅威が止まらない。一昨日、外務省事務次官の講演を聞く機会があったが、2月11日午前零時点での感染者数(中国国家衛生健康委員会発表)は、感染42638人、感染の疑い21675人、死亡1016人、治癒3996人。民間サイトでは(11日午後5時時点)感染42718人(死亡1017人)。1万人当たりの感染者数は0.305だが、発生源とされる湖北省全体では5.424、うち武漢に限れば16.655と、極めて高い。

世界保健機構(WHO)によると感染者は12日時点で、中国国内ばかりか世界中に約4万5000人。日本国内は横浜港で検疫中のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」を除けば28人と多くはないのだが、武漢などへの渡航歴のない神奈川在住の80代女性が死亡したり(その義理の息子である70代タクシー運転手も感染)和歌山の50代男性医師が感染したりして、感染経由が不明であり、どこまで広がっていくのか読めないところが不気味である。

事務次官の話によると、同クルーズ船の船籍はイギリス、運行会社はアメリカ。横浜から出港したので日本人乗客が多いが、アメリカ人、オーストラリア人、カナダ人なども相当数に上るという。本来は船籍のある国がすべてを負担すべきなのだが、今回は日本が負担している。たまたま日本だから可能だが、ではない国であればどうなるのか。これまでにないケースなので、今後考えていかなければならないことだという。

中国は感染拡大の防止という政策上の判断で、約6000万人の住民が暮らす湖北省の交通を遮断して封鎖する、史上最大規模の検疫を実施した。そのうえ武漢市政府が中国伝染病防止法などに基づいて新法を制定、人の移動を制限したため、在留者は日本に帰国できなくなっていた。そんな中、外務大臣レベルで粘り強く交渉した結果、日本からチャーター機を出して日本人を帰国させるばかりか、「人道的観点」から中国籍配偶者も共に帰国させることが出来た(これまで4回の派遣で計763人帰国したうち日本人は684人、残りは中国籍の配偶者)。中国の日本に対する友好的態度の現れと見ることができるであろう。

12日時点、世界129か国が中国からの入国を何らか制限している。中で米国、シンガポール、オーストラリアなどは中国全土からの入国を拒否。日本は、入国申請日前の14日以内に湖北省に滞在歴がある外国人や、同省で発行したパスポートを所持する中国人の入国を、この1日から認めていない(13日にはこの措置を浙江省にまで拡大した)。人の移動が大幅に制限されることは、中国の経済のみならず世界経済にも大きな影響が出ることは必至である。時期悪く、まもなく東京オリンピックが始まる。人が大幅に移動する前にできるだけの収束を見なければ、一体どんなことになるのだろうか。

武漢辺りはこうもりなど野生の動物が売られ、食されている地域と聞く。そういう動物からこの新型ウィルスは広まったのだろうか。武漢といえば、1911年、清王朝の最後の皇帝が倒された辛亥革命が始まった都市である。当初武漢の眼科医李氏が、通常の治療に反応しない奇妙な新しい肺炎の症例を目撃し、医学部時代の同窓生のチャットグループで警告を発したのだが、そのことで彼は勤務病院で懲戒処分を受け、深夜に警察に呼び出され、他の7人の医師とともに自白書と、今後「噂」を広めないという訓戒書に署名させられた(中国には「言論の自由」はない)。李氏自身新型肺炎に罹患し、中国人民法院ですら警察を非難し医師らを称賛したのだが、李氏はこの7日に死亡した。そのニュースを流したのは他でもない国営メディアであり、そのことは、共産党が支配する強大な言論統制機関に綻びが生じていることを示している。言論の自由が欲しいという人々の当然の要求を、もはや中国当局は弾圧できないのではないだろうか。

中国の歴史を学ぶと、その独特の「天治」(=易姓革命)という概念が分かる。人治でも法治でもない。地位や出自とは無関係に、強力な指導者が天下を統一し、中華帝国(なにせ、自分たちが世界の中心であるという中華思想である!)として興隆し繁栄するが、やがて衰退し「天命」を失って、次の王朝に打ち倒されるというものである。天が、統制できない無能な指導者に対して怒っていることは、天災、飢饉、疫病、侵略、民衆の武装蜂起によって示されることになる。香港での抗議行動、台湾の総統選挙結果、あるいは米国との貿易戦争もこれに入るかもしれない(米国とうまくいっていないので、日本には友好的態度を取るのであろう)。この新型肺炎は、独裁者習近平の「天命」を覆す脅威になるかもしれない。もしこの後短期間で押さえ込んで収束できるのであれば、地方政府の危機対応担当者にでも責任をなすりつけ、知らぬ存ぜぬを決めこめるかもしれないが、もしそうでなければ‥。

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『息子の元妻が、息子の子供を無断で出産してしまいました』

自由民主党月刊女性誌「りぶる2月号」

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徳勝龍優勝!に思うこと

令和2年初場所は実に面白い場所だった。まずは序盤、白鵬が遠藤に敗れ、続いて妙義龍に敗れて、早々と休場した。鶴竜も休場して、序盤で早や横綱土俵入りがなくなった。このままどうなることかと思っていたところに、平幕正代らが大健闘し、非常に面白い場所となった。

正代は熊本出身。正代は熊本にある姓で、祖母は嘘のようだが、正代正代と言う。東京農大2年で学生横綱になったものの卒業を優先し、前相撲からのスタートとなったが、体格に恵まれて地力があり、瞬く間に関脇に上り詰めた。だが、そこまで。かねて、顎が上がり体が反る姿勢が指摘されていて、転落。そのままかと思われていたが、先場所千秋楽、新小結朝乃山に負けることなく立派に11勝を挙げて(朝乃山と同じ準優勝)、今場所は前頭4枚目に上がっていた。今場所、珍しく連勝して1敗(豪栄道に惜しくも敗れた)のところ、貴景勝との1敗同士対決をまずは制した(貴景勝2敗)。14日目は幕尻でこれも1敗だった徳勝龍との対決で、当然勝つはずが勝負を急いだと見え、敗れた(正代2敗)。そして、昨日千秋楽。勝ち越しのかかった実力者御嶽海(前頭2枚目)に難なく勝ち、結びの一番を待つ。徳勝龍対貴景勝。大関が難なく勝って正代対徳勝龍の優勝決定戦が行われると思っていたが、徳勝龍、四つに組んで、堂々と勝ち切った。14勝1敗、堂々の優勝である。

徳勝龍は木瀬部屋(この部屋は難しい四股名が多い。徳勝龍の本名は青木誠である)。近畿大卒(名門相撲部で朝乃山と同じ)の33歳。同年には稀勢の里、豪栄道、琴奨菊、妙義龍、栃煌山その他、きら星のごとく名力士が並ぶ。稀勢の里は引退、豪栄道は関脇に転落、琴奨菊も大関から転落し、妙義龍・栃煌山共々幕内に残ってはいるという状態だ。であるのに、徳勝龍は「もう33歳ではなく、まだ33歳」と言う。なんと素晴らしいことだろうか。インタビューもユーモアと人間性に溢れ、相撲ファンをうんと増やしたことと思う。このところ初場所は初優勝が続いていて、昨年は玉鷲だった。34歳。ただしその後は残念ながら落ちてきたので、徳勝龍には是非とも頑張ってほしいと願っている。

今場所は良かったねという声をあちこちで聞く。平幕の活躍もさることながら、本心は「白鵬がいなくて」。毎度毎度の張り手かち上げ。立ち会いは決して相手に合わせず、常に自分の立ち会いでやる(きまじめな稀勢の里は何度泣かされたことだろう)。どれほどの苦言が呈されても、「反則ではないでしょ」とどこ吹く風。勝てばいい、金が儲かればよいとの姿勢と、相撲という神事は相容れない。それがかつて、双葉山に倣って「後の先」などとうそぶいていたのだから、よけいに腹が立つ。横綱に上がってくる力士がないのをよいことに、まさにやりたい放題だ。相撲協会も横綱審議会も、とにかく情けない。

朝乃山は10勝を死守したので、先場所の11勝と合わせて、来場所12勝を上げれば、三役で直近33勝の基準を満たす。頑張って夏場所には大関に昇進してほしい。北勝富士と正代、遠藤は来場所が三役の起点となるので、大関になれるよう是非とも精進してほしい。反対に心配なのは、貴景勝である。14日朝乃山、千秋楽徳勝龍に敗れたのは、いずれも相手に組まれたことによる。組まれても投げを打ったりはするのだが、なかなかうまくいかない。とにかく組まれると弱いのだ。彼のスタイルは、強烈な突き押しで相手を押し出す、突き出す。だが、いつもそううまくはいかないのだから、四つ相撲も取れないとやはりこれ以上は無理であろう。日本人には珍しいメンタルの強さに期待している大関なだけに、なんとかその壁を越えてほしいと願っている。

来場所、大関は貴景勝ひとりになる。大相撲は横綱がいなくても成り立つが、大関は必須である。よって、30年ぶりだかに、横綱大関の登場となるらしい。来場所、三役に昇進するのは北勝富士、遠藤、正代である。豪栄道が関脇になり朝乃山と二人だと、小結が3人。大関が空位になることもあり、ここは是非、正代を再度関脇に上げてほしいと思う。ともあれ、劇的だった初場所が終わり、自他ともに認めるスー女の私としては、3月場所が楽しみだ。

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