執筆「健康のありがたさを思い 感謝の気持ちを忘れずに持ち続ける」

 新年早々から私事で恐縮だが、昨年の終わり頃、突如頭痛に襲われた。
 大学生の頃は頭痛持ちだったが以後止んで、久しい。今回は頭や体を動かすと右側の一定部分がずきずき痛む。1週間続いたので受診したら、緊張性頭痛でしょうと、血行をよくする薬をくれた。処方された7日分を飲んだが頭痛も肩こりも治らない。その場合は頭痛外来に行くよう言われたが、検査漬けになるだけだと思い、そのままになっている。
 これで分かったことが二つある。風邪程度でもよく思うことだが、常がいかに恵まれていたかということが一つ。
 あと一つは、少々の痛みくらい大したことではないということだ。完全を望むからいけない。頭の左側も体の他の部分も痛まない。動かなければ大丈夫。それに、きっとそのうちに治る。
 耳鳴りに襲われて受診した黛まどかさん(俳人)は、手遅れで一生治らないと診断されたそうだ。ホテルで冷蔵庫も止めるほど音に敏感なのに、昼夜を問わず耳元で音が鳴り続ける苦痛。そのとき初めて、耳鳴りがあると言っていた知人の苦悩に思いが至ったという。世間には、治らないどころか悪化必至の難病に悩む方もおられる。
 人はとかく今ないことに思いを馳せがちだ。そうではなく、今あることに感謝をすべきなのだ。飲食店の人が書いていた。客が少なくて険しい顔でいたところ、「来てくれた客になぜ感謝をしないの?」と言われ、目から鱗であったと。たとえ今は仕事がうまくいかなくても、希望や努力を捨ててはいけない。健康がある、家族がいる。何より生きている。犯罪被害や事故で突如命を奪われる人が世の中には大勢いるのである。
 年頭にあたり、「今あるものに感謝」の気持ちを改めて持ちたいと思うのだ。

自由民主党女性誌
『りぶる』

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政治が見えない

 民主党政治,早や3か月で正体見えたりである。
 梅原猛氏が鳩山首相を評して「宰相らしい人がようやく出てきた」と手放しで褒めていたのは1か月ほど前のこと。自民党の,とくにこの5代はひどかった,中には中学程度の教育さえ受けていないと思わせる人もいたと。これを読んだとき違和感がなかったということは,私もまだその時点で首相ないし新内閣に期待をもっていたはずである。
 鳩山首相の人間性の良さは認める。閣僚たちもそれぞれにいいと思う。だが内閣が何をどうしたいのか,そもそもどんな国家にしようとしているのか,何も見えてはこない。
 政治は国家の意思決定である。意思決定がどうなされたのか,プロセスが見えなければならない。リーダーたるもの,最終の動かない意思を国民に示さなければならない。それが政治である。

 安全保障は国の基本だが,今回の普天間問題に見る首相の迷走は目を覆うばかりである。国際的にどれほどの恥だろうか。連立政権を組む以上,基本政策の合意は不可欠である。日米合意を優先するのであれば社民党とそもそも連立は組めない。米国にいい顔をし(首相はオバマ大統領に「トラストミー(私を信用して)」と言ったという。),社民党にいい顔をし,沖縄も立てて,などといったことは出来ない。この甘さ加減には怒りを通して呆れてしまう。
 もちろん鳩山首相にはそもそも実権がないのであろう。小沢の傀儡との声は巷に満ち満ちている。党の幹事長が意のままに政治を動かす構図。だが,国家の意思決定はもちろん内閣でなされなければならない。党は国家の行政機関ではなく,私的な存在である。これでは党独裁のどこやらの国家となんら変わらない。
 日米同盟がこれまでになく動揺するなか,小沢幹事長は600名を引き連れて中国を訪問した。安全保障は現実問題である。現実に北朝鮮の脅威があるかぎり,日本は非武装というわけにはいかず,憲法を改正しないかぎり自ら武装するわけにもいかない。どこかの傘に入らなければならないのだが,であれば日米同盟を厳守するしかない。彼は国連の安全保障が好きなようだが,国連は幻想で,軍隊を発動するのはアメリカなど大国の意思であることは,一般民衆は知らないにしろ政治家にはイロハである。

 天皇と中国副主席の謁見問題も目に余る。
 これが純然と憲法の定める国事行為(第7条)に該当するにしても準国事行為にすぎないとしても,天皇のスケジュールは純然とした私的行為でないかぎりすべて「内閣の助言と承認」によるべきものである。だが──ここが肝心──彼は内閣の構成員ではない。これをどうやら理解していないとしか思えない「宮内庁長官は行政の一員にすぎない。言うことを聞け」旨の発言には唖然とさせられた。内閣がやはり傀儡にすぎないことを図らずも露呈した一件。天皇の政治的利用は許されないというのは現実には必ずしも通らないとしても党による政治的利用が許されないのは当然である。もちろん宮内庁長官がいったん受けておいてばらしたことも許されない。行政の在り方として上の指示に従えないのであれば辞任するしかない。
 まさにどこもここも……とにかく暗澹たる気持ちになる年の瀬である。

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執筆「スポーツ界で活躍する若者に 準備する努力の大切さを学ぶ」

 日本体操、復活である。
 北京五輪個人総合で銀を獲得した内村航平が、10月、ロンドンで開催された世界体操競技選手権大会で、ついに金に輝いた。弱冠20歳。女子も、17歳の鶴見虹子が個人総合銅を獲得した。日本女子体操では43年ぶり、2人目の快挙だという。彼女、種目別の段違い平行棒では銀を獲得。ブラボー!
 体操は高度な技とともに美を競うスポーツである。といえば、フィギュアスケートもそうだ。なぜかここ数年、日本が圧倒的に強い。やはり10月、グランプリフランス杯で織田信成(22歳)が優勝。浅田真央は2位だったが、続くロシア杯では安藤美姫が優勝した。
 2つの競技は、どの一つの演技を見ても人間業とは思えない。平均台の上を歩くだけでもすごい。氷上を滑るのは至難の業だ。それを3回転、4回転、捻り技……。目にも止まらぬ早さで正確に体を動かす彼・彼女たち。脱帽である。
 本番で難技を決めるには練習で120点が出ていることが必要だとよく聞く。100点満点でも不完全、それ以下は論外だ。余裕をもって毎回確実にこなせる程度でないと、本番での成功は望めない。まさに血のにじむような努力が、笑顔で披露される演技の背後に連綿として続いているのである。
 これは極端な例だとしても、我々にも同じことが言えるのではないかと思う。よく出来る人ほど実は日ごろ、たゆまぬ努力をしている。運よくたまたま成功なんてことは、それこそめったに起こらない。決して手を抜かず、万全の準備をしたうえで、本番に臨むべきなのだ。「人事を尽くして天命を待つ」。天命を待つために人間は己のできることはし尽くしておかねばならないのである。
 真剣勝負の若い競技者に学ばされる。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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異様な犯罪が続く

 政治家の感覚は世間の常識とずれていると感じることがよくある。
 最近では小沢さん。1年生は次期選挙を勝つことだ,全員地元に張り付け,仕事はしなくてよいと,仙石行革大臣担当の事業仕分け作業から全員を外させた。だが言うまでもなく,国民は彼らの次期選挙を盤石にさせるために彼らを選んだのではない。高額な歳費を払っているのはもちろん仕事をしてもらうためである。一体どこの世界に,研修が君の仕事だと言って給料を払う会社があるだろう。若い時から政治の世界に入ると,金銭感覚はじめ様々な常識がずれてくる好例である。その意味でも基本的に世襲議員は好ましくないのだ。

 そんなことを書こうと思っていたのだが,このところ異様な犯罪が続き,目は社会面に向かっている。千葉では女子学生が殺されてアパートを放火され,島根ではやはり女子学生が強姦されて殺されたうえ,ばらばらの死体が広島の山中で発見された。およそ犯罪などとは無縁そうな田舎のことだけに社会への影響は大きい。両事件の犯人が男であることは間違いないが,まだ見つかってはいない。そういう残忍な男たちが街中を平気でうろうろしているのだと,思うだけで怖い。
 片や,女が犯人の事件が2つ。結婚詐欺・睡眠薬殺しだ。こちらも対照的に,東京と鳥取。東京34歳,鳥取35歳。まさか2つも同じような事件が起こるとは思わず,へえ東京じゃなく鳥取だったんだ,34歳の女が誕生日が来て35歳になったんだと思いこんでいたら,別件だと知って,本当にびっくり。一体いつからこうした手口が出回るようになったのだ!?

 加えて,リンゼーさん殺しの市橋容疑者。死体が見つからないので生きているとは思っていたが,本当に2年以上も逃走を続けていたのだ。その生命力たるや,まさに脱帽である。全精力が逃げることにある,見つからないことにある,という人生は想像を超える。よほどの強い意志がなければとうの昔に自殺なり出頭なりをしていたはずである。事件自体,強姦がどうだったのか分からないが少なくとも計画的な殺人ではなかったのだろうし,強盗殺人でも保険金殺人でも身代金目的殺人でもなく,もともとが有期懲役で済んだはずだ。だが逃走を続けた分情状は当然重くなり,この間に裁判員制裁判が施行されて全体に判決は重くなった。そもそも殺人の公訴時効は平成16年の法改正で25年に延び(従前は15年)逃げ切るのは至難の業だ。それよりかはずっと,法の裁きを受けてできるだけ早く仮出所し,更生の人生を歩むほうが得策に決まっている。
 一日も早く捕まってもらい,事件の真相及びその後の逃亡生活の実態を知りたい。真相究明は刑事訴訟法の究極の目的でもある。まさに事実は小説より奇なり,である。

 犯罪は社会を映す鏡である。殺伐とした犯罪が連続的に起きる背景には殺伐とした社会がある。私が最も憂えているのは,職がないことだ。高校新卒者の就職内定率が3割程度。大学新卒者も4割程度。こう不景気では既職者もいつ首になるか分からない。冬のボーナスは軒並み大幅カット。消費は冷え込む。どの業界も軒並み不景気で,回復のめどは立たない。この悪循環は決して,子ども手当や高速道路無料化では止まらない。

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執筆「責任政党の原点に立ち返る 一致団結して党再生の一歩を」

 「祇園精舎の鐘の声……」
 愛唱している平家物語の一節が浮かんだ。開票速報の夜のことだ。
 「平氏を滅ぼす者は平氏なり、 鎌倉を滅ぼす者は鎌倉なり」
 こちらは家康の言葉である。
 家康は人質時代、相当に勉強したという。愛読書の一つに鎌倉幕府の盛衰を描いた「吾妻鏡」がある。鎌倉(源氏→北条氏)はなぜ滅びたか。平氏はなぜ滅びたか。家康は考える。外の敵に滅ぼされたのではない、内部から崩壊したのだと。奢って慢心する、初心を忘れて贅沢になる、内部がばらばらになる、そして滅びたのだと。
 今回はまさしくそれであったと私は思う。国民は決して民主党を信任し、まして英国発祥のマニフェストなるものを必ず履行してもらうべく、民主党に票を入れたのではない。自民党に嫌気がさした、その受け皿が民主党であった。度重なる総理職の投げだし、閣僚のスキャンダル、もう嫌だというのが国民の偽らざる気持ちであろう。
 長らくかけて悪くしてきたものを良くするのは至難の業である。だが自民党は今こそ原点に立ち返り、国家国民に責任を持つ、毅然とした保守政党にならなければならない。健全な与党には健全な野党が必要だ。かつての某党のように、与党の揚げ足取り、批判に終始してはならない。二大政党制は政局ではなく政策が肝要である。人材を育てなければならない。
 最も大切なことは、一致団結することだ。子どもに危機が生じれば普段は仲が悪い夫婦でも結束をする。外国に対して国が一つにまとまらなければ戦う前から敗北である。誰が悪い、これが悪いといった批判は誰の尊敬も得られない。内部すらまとまらないのでは組織の信用を甚だ害し、自滅につながることをまずもって銘じ、目を覚ますことが党再生の一歩であろう。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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