友人の寄稿『インドから』

以下、私の大学時代の同級生で、仕事柄しっちょう海外に出張している男性からのメールです。先週インドに行っての感想。あんまり面白いので、彼の許可を得て、載せることにしました。

1)やせてる・・。
ムンバイのホテルで、真黒な見たことない鳥がいました。ボーイさんに『あの鳥は何?』と聞きますと、『カラスです。』。 『・・・・。』。インドのカラスが痩せすぎているのか・・・日本のカラスが太りすぎてるのか・・? インドの犬も痩せてました。

2)停電
現地の会社で金曜日に工場を見たいと言いましたら『金曜は停電で工場は休みです。』との答え。『計画停電?』と聞きますと、『停電に計画などありません。よくある、普通の、停電です。』。『・・・・。』。ここでは停電は普通なのか・・。

3)家族
ムンバイの工場は4年前に建てましたが、聞くと工場建設の前に、周りにテントが沢山できたそうです。そこに建設作業の方々が家族と犬と越してきて、そこで家族で生活して、旦那さんと奥さんが工事現場で働かれ、子供は学校も行かずそこで遊んでいたそうです。通勤もなく、究極の『職住接近』です。もちろん、乾期だけできる事で雨期には無理だそうです。

4)食べないの?
中華レストランで一緒に夕食を食べていると、私の隣の人が何も食べません。『食べないの?』と聞くと『今日は木曜日なのでFAST(断食)です。』。他のインド人は食べていますが、聞くと、同じ宗教でも地域、家族でいろいろ風習があるようです。向かいの人は、これは何?と聞いてカツオ節だと聞くと除いていました。生物由来は食べないようで、菜食主義者が多い様です・・。

5)メイド
コンサルタント会社のインド人は父親の仕事の関係でニューヨークで生まれて、2歳からデリーの退役軍人のおじいさんに育てられました。奥さんもMBAの資格を持ち会計士事務所で働いているとの事。『奥さんもフルに働いているの?大変だね。家事はどうしているの?交代でやってるの?』と聞くと、えっ・・という顔をして、『インドの普通の家庭ではメイドがいるから、家では皆メイドがやってます。』。 『・・・。』。(日本の事聞かれなくてよかった・・。)

6)免許証
街はオート三輪が走り回り、自動車だらけで渋滞ばかりですが、その間を人間がすりぬけていきます。よく事故が起きないもんだと感心します。無免許が普通らしく、一緒に乗ってたインド人の社長が、『実は車を買うと免許証がついて来ます・・。』、『えっ!』、『・・嘘です。実は、私も20年間、無免許運転です。』、『・・・・。』

7)哲学者
沢山の人が道端で座っています。現地駐在員の方が『どうかしましたか?』、『いや、あの黙って座っている人はなにをしているんだろうと思って。』『あっ、そんな事考えてはいけません。ここではそんな人ばかりですから考えていたらきりがありませんから。』、『・・・。』

8)シザーズ
ムンバイ空港のセキュリティチェックで先に通った日本人の人が困っています。『どうかしましたか?』、『いや、あのこれが・・。』、『あー。』 代わりに説明しようとしたら、X線の画面を見ていた検査員が私を指さ
し、『彼の鞄にも入っている。チェックだ。』。
鞄から取り出し、これはビジネスマンの必需品・・『Nose hair cutter(鼻毛切り)だ。』と説明しましたが、シザーズは持ち込み禁止だと言い張ります。世界中どこでもこれで引っかかった事はないともめた後、上司が来てこれは凶器にはならないと思ったのか許してくれました。しかし、検査員は納得できないようで、身振りで(指でしぐさをしながら)、『NoseHairは・・切るものではなく・・抜くもんだ・・。』とにやり・・。
文化の違いかな・・・。

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新年度スタート(刑法総論の本を出版)、震災が気づかせてくれたこと

 本来であれば今ごろ武道館で、入学式に参列していた。震災1週間後の3月18日予定だった卒業式が中止になったのは仕方ないとしても、入学式まで中止にする必要はなかったのではないか。一生の記念だし節目なのに、可哀そうだなと正直思っている。受け入れる側の教員にしても、ああこれからこの子たちと学ぶのだという気構えが出来るのだが。まあ、仕方がない。

 7日(木)からまた教員との二本立てが始まる。毎木曜、3コマ教えるのである。少し違うのは、この度『誰にでも分かる刑法総論』(立花書房)という本を先月、出版したことだ。自分の教科書で教えるというのは実はとても気恥かしい。他人の本とは違って批判も出来ない(笑)。ただ、あまりに刑法総論の各種本は難しすぎるとかねがね思っていて、平易な言葉で、様々な学説を捨象し、実務の立場のみから筋を立てて説明したものが欲しいとかねがね思っていた。探していたがないので、自分で書かざるをえなくなったというわけだ。時間の制約もあってまだまだ不十分とは思うが、イラスト図表入り、加えてとにかく平易な読みやすい口調で説明しているので、興味のある人はぜひ読んでいただきたいと思う。学生にも買いやすいように、消費税を入れて2000円という廉価である。

 普通に自宅で目覚めて通勤をし、仕事をし、また家に帰って寝るという日常がいかほど幸せであるか、いかにこれまで贅沢に馴らされていたか、この度の未曾有の震災は私たちに教えてくれた。節電のキャッチフレーズの下、どこに行っても暗いが、これが本来の姿だと思う。日本はこれまで明るすぎた。ホテルの部屋が明るくないように(ベッドランプやフットランプがあるが)、欧米の家もなんでこんなに暗いのかと思うほど全体には暗い。明るすぎると情緒がなくて美しくないそうだ。そして、ランプや照明灯でそのスポットを明るくするだけなのである。

 原子力は要らなかったなとつくづく思う。唯一の被爆国かつ地震大国の日本に原発はしょせん無理な代物だ。日本ほど水に恵まれた国はない。日本が資源がないというのは嘘である。砂漠国など世界にはたくさんあるのだから。天与の水力を生かさず、せっかく作ったダムを放置するような無駄までして、使用済み燃料の処理にも困る原子力を、なぜ受け入れたのか。

 今はそんなことを言っていても仕方がないが、当面の危機を乗り越えたら、検証を徹底的にしなければならないと思う。日本では原子力はたった3割を占めるだけだ。それぞれが自分の体をできるだけ使い、無駄な電力を使わず(電車の電子広告や誰もいないのに動いているエスカレーターなどなんと勿体ないことだろうとかねがね思っていた)、みなが公の精神に立ち返って節電を重ねれば、3割くらい減らすことは容易ではないだろうか。あと水力を生かすか、新しい太陽光発電を推進するか、総力を絞っていかねばならない。人の命と安全に勝る価値観はありえない。その原点に立ち返るべきだと思う。

 昨日の仲間うちの花見ウオーキングには行かなかったが、今日辺りから花見が楽しめそうだ。知事が上野公園での花見を止めたと聞くが、公が私的な行動に口を出すのはそもそもおかしい。それぞれに生活がある。夏の花火大会も早々と中止になったが、それはそれ、これはこれである。被災者を支援すること、その悼みに共感することと、すべての楽しみを自粛こととは本来次元がまったく異なる話である。心楽しまず自粛したい人はそうすればいいし、別途楽しみたいという人はそうしたらいい。花火師たちの生活はどうなるのだろう。右に倣え、突出しないほうが楽だからというムラ社会の精神がこんなところに出ているのかもしれないが、なんだかおかしいと思うのだ。

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大地震12日目に思うこと

 昨日スーパーに行ったら、品物がかなり戻っていた。牛乳もラーメンもある。お米も売られている。相変わらず乾電池がないくらいである。被災地で略奪や暴動が起こらないことが世界中で称賛されてはいるものの、肝心の被災地以外で物資の略奪が起きているというのでは、恥ずかしい。人々にそんな悪気はなくても、棚が空だったり、1人1本などと書かれていたりすると、人間の心理としてはつい買ってしまうのだろう。その昔オイルショックのころ、トイレットペーパーが棚からなくなった騒動を思い出した。

 相変わらず余震が続く。昨日昼は地下鉄に乗車中、突然停車した。「地震です」のアナウンスが流れ、「車内は安全です。外に降りないでください」と続いた。どこから降りるのだろうと思ったが、中には窓を開けて脱出する人もいるらしい。長く感じたが、まもなく動き出してほっとした。今朝の余震も結構すごかった。東京ですら毎日余震が続いて不快かつ怖い思いをしているのだから、まして震源地の方たちはどんなだろうと思う。

 地震後9日ぶりに救出された80歳の祖母と16歳の孫の話。警察官に救出されるとき、孫は「中におばあちゃんがいます。おばあちゃんから先に助けてください」と言ったという。助けた若い警察官も「警察官になってよかった」と。人を助けられる、人の役に立てるということほど、人間として生きがいを感じ、嬉しいと思うことはない。今回の地震で、自衛官、警察官、消防士になりたいと思う若者、子どもたちがきっと増えたであろう。これらはすべて自らの生命をかけて人を救う仕事であり、欧米ではずっと前から人々の尊敬を集めていた。

 対して政府や東電に対しては今回、情報隠ぺいその他の非難がとくに海外から上がっている。対応が後手後手に回っているのは素人から見ても明らかだ。オバマ大統領が12日未明菅首相に支援を申し出、10分間会談(Wall Street Journal)、00:40クリントン国務長官が米空軍に冷却材を輸送と述べるが、06:37米当局、冷却材は届けていない、日本側が自分たちで処理するとのこと(断った?)(NY Times14日付け Timeline)、15日米軍消防車2台が福島に向かったが不要と言われて引き返す(同15日付け Fire)…。東電からは14日すでに「チェルノブイリ以下スリーマイル島以上、爆発の危険あり」と報告を受けていたにかかわらず官邸は隠ぺいし、首相は翌日東電に乗りこんで3時間にもわたって業務を妨害した…つまりは政治的パフォーマンスに利用した(FACTA4月号)、などなど挙げるときりがない。

 しかし、今ここで政府の批判をしても、東電が今回のような津波や地震を想定外とし安全を怠っていたことなどの非難をしても、事態は何も好転しない。原発では被爆覚悟でまさに命をかけて戦っている職員がたくさんいるのも事実なのだ。お互い、今はとにかく助け合おうと思う。行事はすべて中止や延期となり、それは遠く離れた所でも事情は同じらしいが、節電のために照明が暗くなるのと合わせて気持ちが暗くなっても、事態は何も進展しない。それでは被災地の方々も助けられない。我々はせめて明るく、毎日の業務に勤しむべきであろうと思う。

 

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執筆「息子が職場で急死しました。過労死の真相を知りたいのです…」

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2011年4月号

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大地震!!──天災と人災

 あんなに怖かったことはない。3月11日午後2時40分、事務所にいた時に俄かにがたがた揺れ出し、秘書と各机の下に身を隠した。揺れはやむどろこか徐々に激しくなり、本箱の上に置いていた時計、写真立て、人形などがばらばらと落ちてくる。本もばさばさっと落下。揺れが少し収まったところで、出る。水周りのロッカーに収納した本や書類も大量に落下、それらも片付けないとと思っていたら、秘書の声。「先生、大変です! 水が溢れています!」。流しの隣のキャビネットの奥から水がすごい勢いで流れ出してくる。

 私方は最上階(6階)にあり、階下の様子を探ると、人っ子ひとりいない。みないち早く外に脱出したのである。私たちもまずは身の安全を確保しなければ。貴重品だけ持ち(私はノートパソコンも持った)、戸口の鍵はかけずに外に出る。落ちて壊れた物は仕方がないが、とにかく水を止めなくては。しかし管理会社に何度電話をしてもつながらない。他のフロアの人にも事情を話して、固定電話から連絡を取ってもらうがつながらないという。水はもうどうしようもないねという話になる。

 事務所には入れないが、管理会社には連絡をしないといけない。近くの、日ごろ懇意にしているレストランに身を寄せる。固定電話を貸してもらうがやはり不通。そうだ、公衆電話だと思いだし、列に並んで連絡を取る。担当者が今東京にいないので帰ってこれない、などと寝ぼけた返事が返ってきて、激怒する。都の水道局はビルのタンクの水は止められないと言っているらしい。

 話をはしょると、そのうちにやがて水は止まった。ビルのタンク(最上階にそんなものが置いてあることを初めて知った)に貯めてある水なので、一定量がなくなると止まるものらしい。夜8時頃に担当者もビルに来て、後に分かったことだがそのときにブレーカーを落としたという(漏電して感電する危険があるらしい)。11時を過ぎたころ、とりあえずパソコンを置きに事務所に行ってみたら、かなりひどい水浸し状態である。ただ物が落ちただけなら拾えばよいのだが、水浸しになった物はどうしようもない。電話は不通。何よりパソコンが使えるかどうかが気になって仕方がない。道路は車が数珠つなぎである。

 幸いそのレストランの関係者が泊まる場所も確保しておいてくれていたのだが、最寄りの地下鉄半蔵門線は動いているという。駅員に田町まで帰りたいのだがと尋ねると、銀座線は再開後またとりやめたが、青山一丁目で大江戸線に接続でき、大門まで行けると言う。この一言で、決まった。帰る。大門(浜松町)から田町まではJR一駅だ。歩いたところで知れている。21階にある自宅がこの地震でどうなったのか。明朝までいたところでどうせ寝れはしないのである。

 青山一丁目で乗り替えた。改札前で長蛇の列が出来ている。横に10人は並んでいる。私は背が高いからよいけれど、普通の女性たちは呼吸ができないのではないか。待っても待っても列は前に進まない。前のほうで駅員がアナウンスをしているが、マイクも使わないので内容が聞こえない。でも、誰も文句を言わない。日本人はおとなしいなあと感心する。そのうちに気分が悪くなったという人が何人か出てくる。私もだんだん気分が悪くなってきた。もうすでに1時間以上経つのに、列は1メートルも進まない。ホームにも人が溢れ、電車が来てもすでに満員、でちっともはけないらしい。時間は読めないし、そうこうしているうちに、電車が止まりましたとなれば目も当てられない。歩こう。午前1時すぎ。

 外に出て、作業員に田町まで帰りたいのだが、と言うと、遠いですよと言う。しかしもう半蔵門にも戻れない。六本木方向を目指してひたすら歩く。数珠つなぎはやみ、でも空車タクシーは走っていない。どうやら方向を間違えて遠回りをしたらしく、青山墓地脇から新国立美術館に出て、ミッドタウンの前を通り、芋洗い坂から麻布十番に出た。午前2時。行きつけのスナックが空いている。スープを飲もう。そこで紅茶カルバドスも飲んだ。タクシーに連絡してもらうが、つながらないと言う。あと少しだ(タクシーで1000円程度の距離)。

 歩いていると、空車が来たので、乗せてもらう。今頃になってようやくすいてきたという。自宅に辿りつくと、何もなかったかのようにエレベーターが動いている。自宅ドアを開けると、玄関に額や置物など様々な物が落ちている。食器棚はなぜか無事(あとでバカラのワイングラスが壊れていることが分かったが)。壁全体にしつらえた本箱がそのまま前方に倒壊し、たくさんの本が散乱状態だ(これは未だに片付いていない)。だがピアノも動いていないし、他にはこれといった被害はない。あちこちにメールを打つ。時計を見ると3時前。とにもかくにも無事に自宅にいる。チャンネルをつける。東北はすさまじい惨状である。

 たまたま11日夜はパーティが入っていて、いつもより高いヒールの靴を履いていた。よくぞ捻挫もせず、こむら返りにもならずに歩けたものだ。火事場の馬鹿力。覚悟した筋肉痛も来なかった。土曜に管理会社と何回か連絡を取り、日曜朝から丸一日がかりで乾燥機を入れて事務所を乾燥してもらう。それでもまだ水が引かず、ブレーカーが落ちるという。電話とパソコンが使えなければ開店休業なので昨日(月曜)はおそるおそる出勤したのだが、ようやくブレーカーが上がり、電話も通じた。パソコンは立ちあがっがダメだったので、詳しい人に言って来てもらい、通じるようになった。散乱した物を片付け、水浸しになって使えない物は捨て、まだ使えそうなものは壁一面に立てかけて乾かし…いろいろ不自由ながら、でも被災地の方々に比べたらなんということのない被害である。

 日が経つにつれ、未曾有の被害が明らかになってくる。マグニチュード9.0。1000年に1度クラスの大地震。行方不明者の安否が一日も早く明らかになるように、また災害に遭われた方々に心よりのお悔やみとお見舞いを申し上げる。ここまでは天災だから、誰も避けることはできず、全世界の同情を買う災害なのだが、しかし、原発事故は違う。人災なのだ。地震大国日本に原発は危険だ、絶対にやってはならないと周りの識者が言っていた。安全だと言うのはシミュレーションでの話でしかない。災害はいろいろなことが同時に起こるから、そんな風にはいかない、それほど安全だと言うのであれば社長以下幹部が行って近くに住めと常々言っていた。それが現実となった。

 日本の技術力に世界が不信を持つ。また放射能被害がこれからどれだけの期間、どの範囲の人に及ぶか、誰も予想はできない。まさに弱り目に祟り目だ。馬鹿な政治だとあれこれ言っているうちに、どかっと途方もなく大きな天災にやられ、そして(予想していたとおりの)人災をも招いた。どうなるのだろう、この国は。もちろん、くじけていても仕方がない。みな助け合って、進むしかないのだ。いつも言われることだが、暴動も起きず、我先に略奪する者もなく、日本人の品位が損なわれていないことに光明を見る思いがする。

  

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