一昨日夜はモーツアルト協会例会（於東京文化会館小ホール）で、新進気鋭の演奏を楽しんだ。ドイツで生まれて育った日本人ピアニストは未だ24歳。クララ・ハスキル国際ピアノコンクールに優勝したのは4年前である（この栄えあるコンクールには名高い藤田真央さんも優勝している）。今年のショパンコンクールでは第二次予選で落選したが、ネットでの評価は極めて高い。一つ一つの音が綺麗で、曲全体に気品がある。技術はもちろんだが、これは人柄というか人間力がなせる業であろう。それはひとり音楽だけではなく、芸術すべてに言えることである。

　選曲されたモーツアルトのソナタ4曲のうち3曲は初期の作品（Ｋ279～281）で、1曲は最後の頃の作品（Ｋ570）だったが、どれもよく知られた曲ではない。冒頭に有名な「きらきら星変奏曲」を持ってこられたが、最初の音を聞いただけで、普通のピアニストではないと分かった（藤田真央さんも唯一無二の音を出される）。曲間の休みもほとんどなく、さらさらっと弾かれる。アンコールが「アダージョ」（K540──私の会員番号）、それで終わりかと思っていたら、2曲目はショパンの雨だれ前奏曲。ショパンコンクールの課題曲の一つであり、得意曲でもあるらしく、低音を響かせて、最後まで新鮮だった（同じフレーズが続くので、弾くのも飽きるし聞いても飽きることが多いのだ）。次がなんと、ラフマニノフの前奏曲ト短調だった。それまでとはまるで別人のように、力強い打鍵で、音を響き渡らせていた。ブラボーが鳴り止まず。ピアノはよく聞くが、これだけ感激する演奏はどのくらいぶりだろう。

　昨日は早く帰れたので、雨だれと前奏曲ト短調を弾いてみた。全く違うのは当然として（笑）、中川さんの影響で、久々弾く気になったのだ。コンサート情報があればまた絶対に行ってみたいと思う。表情や姿勢にあまり出さずにどちらかというと淡々と弾かれるので、見ていても疲れない。あっという間に時間が経ち、ずっと聞いてみたいと思わせてくれる。古いところではケンプ、ブレンデル、ピリスが好きだった。どの方も人間性の滲み出る演奏だった。ケンプは哲学的だったし、ブレンデルは詩を読み絵も描かれるというだけあって、本当に深みのある演奏を聞かせてくれた（ことにベートーベンが秀逸。一番好きなソナタ31番をまた弾いてみたい）。

　話は全く違うのだが、サイコパスについての本を一読した。本のタイトルを挙げないのは、内容に同調しないからである。サイコパスの日本語名については何ら触れないまま、凶悪犯罪の犯人をいくつか挙げ、彼らはサイコパスだと（それは犯罪に携わっている者にとっては至極当然のことである）。だがサイコパスは割合的にかなりの人数がいて、凶悪犯はそのうちのごく一部に過ぎないと。サイコパスの特徴はこれこれだと挙げていくが、しかし凶悪犯にならない、普通に社会に生きているサイコパスをあえて見分けるメリットはあるのだろうか。サイコパスは、有名な犯罪者で言うと、大久保清、宮崎勤、宅間守、神戸サカキバラ、佐賀の15歳少女による同級生惨殺事件（彼女は少年法を調べて、16歳以上だと刑事事件になるからと誕生日の2日前に惨殺を決行した。国は少年院収容期間を延ばしに延ばしたものの26歳が限度で、すでに釈放済みである）があり、有名でない事件でも、ああこれはサイコパスだと報道を聞くだけで分かる。要するに動機のない快楽殺人である。人間的情緒が生まれつき欠落しているので、反省など望むべくもなく（口ではそう言ったりするが、まさに口だけである）。更生のしようがない。

　サイコパスだと通常の人間よりも刑罰がむしろ重くなるともあったが、それは違う。統合失調症（＝精神分裂病）など精神病では責任能力が減じられることはあるが（究極では無責任能力となることもある）、サイコパスに代表されるパーソナリティ障害（＝人格障害、精神病質）では責任能力に全く問題がないとされるだけである。彼らは普通の人がやらない凶悪犯罪を実行するので、当然ながら刑罰は重くなる。刑罰は犯した犯罪に比例するので、被害者が多くなるほど、犯行態様が重大悲惨ほど、重くなるのは当たり前のことである。ヘンリー8世もサイコパスではなかったかと挙げていて、それはそうかもしれないと思うが、「6人の妻すべてに子供を設け、妻以外の女性にもたくさんの子供がいた」とあるのは、完全な誤りである。子供が産まれたのは最初の妻キャサリン（女児1人。後のメアリー1世）と２人目の妻アン・ブーリン（女児1人。後のエリザベス1世）、3人目の妻ジェーン・シーモア（男児1人。後のエドワード6世。病弱）のみであり、男児の後継者を欲しいが故に彼は結婚を繰り返すことになったのである。婚外子としても男児が1人いただけで、それも成人しないうちに亡くなっている。1人目は離婚（離婚を認めないカトリックと決別し、イギリス国教会を創設する原因となった）、3人目は死別、4人目はすぐに離別、6人目は自分が先に死んだのであり、斬首したのは2人目と5人目の妻だけである（従って、「うち2人を斬首した」の記載は正しい）。

　自分がよく知る所についての誤りはすぐに分かり、明かな誤りを堂々と書かれていると（活字にするときには、調べないですか？）全体にやっぱり信用性が減殺されてしまうのは否めない。