やっと秋が来た

  このところずっと、目が回るほどの忙しさだった。
  先月21日に特別国会が始まり、嬉しいことには事務所を訪ねてくださる方が相次いだ。また連夜会合その他が入っていて、おまけに先月27日には後期大学が始まった(毎週火曜の出講が来年1月まで続く)。
  週末も講演その他で潰れるし……となると、どこにしわ寄せが行くか。裁判所に提出する書面の起案作成に行くのだ!と初めて分かった。もともと仕事は早いほうで余裕をもって仕上げるのが通例なのだが、このぎりぎりの状態で、もし身柄事件が入ったら、あるいは体調を壊したら、とふと思ってしまう。

 昨日2日は、1ヶ月ぶりに丸一日何の予定もない休日であった。

 その前夜までは当然に、たまっている起案を作成するのに事務所に出ると決めていたのだが、朝起きて気が変わった。ここは一転、完全に休養を取ったほうが来週からの仕事の能率が上がる。講義の準備をする傍ら、気分転換に藤沢周平を読み、ピアノを弾き、家の片づけをして、早めに就寝……で、実際にずいぶん疲労が回復した。よく学びよく遊べは本当だ。忙しい人ほど、忙しい時ほど、心して気をつけねばならないことだと思う。
 という次第で、今日は一つ、懸案の起案を片づけ、かつまた久々にホームページも更新できて、とても嬉しい。

 実は先月、2ヶ月ぶりの大学に、出る前はいたって気が重かったのだが、いざ学生らに接したとたんそんな気持ちは吹き飛んだ。

  まずはこの夏休みの間に一番の話題であった永田町の話をすると、みな生き生きとした表情をして聞いてくれる。2年生相手の刑事訴訟法など、前期試験でたくさん落としたので受講生が減っているはずなのに、立ち見がいるではないか!?「先生の講義は人気があるので」と言われると、お世辞とは分かっていても、嬉しい。頑張ろうという意欲が湧いてくる。
  実際、前期で分かったことだが、予想していたよりはるかにやる気のある学生が多く、かつまた試験もよく書けていた。これなら期待できるし、学生の熱意に応えなければと思うのだ。
  人間は双方向性だ。相手は自分を映す鏡なのである。相手にやる気がないのは、自分にやる気がないから。実際にそんなことが多いし、またそう思って処していればそうは誤らない。学生を教えているようで、案外実は自分が教えられていると感じる昨今だ。
 
  この週末は真夏が戻ったような暑さだったが、一転今日は、爽やかな風が、開け放した事務所の窓から、私の頬を気持ちよく撫でてくれる。まさに「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる」。生きているって、それだけでとても幸せなことだとつくづく思う。
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