『認知症になった母の遺言書を作りたいのですが・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる12月号」
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皇室に思うこと

代替わりの一連の行事が、無事に終わった。皇后不在が心配されたが、えっと驚くほど元気なご様子だ。長く上皇夫妻に慣れ親しんできたので、みなが新天皇にどういう反応を示すのかいささか案じていたが、杞憂だった。とにかく何であれ、順応性に優れているというか、新しもの好きな国民である(熱しやすく冷めやすい?)と改めて認識させられた。

反面、上皇夫妻には実のところ、大変落胆させられている。自ら退位を願い出ること自体が象徴天皇として許されることではなかったことはこの際おくとして、まずは民意を味方につけて、前例のない生前退位を認めさせた以上、当然ながら、綺麗に身を引くべきであった。今年の5月1日付けの代替わりは昨年以来の規定路線だったから、皇居の引っ越しもそれに併せて当然しておくべきことであった。であるのに、未だに遅々として進まず、結局、来年3月になるという(その期限がまたもや延びるなんてことは、ないのだろうか‥?) 皇居に住むべき天皇がそこに通うといった事態は異様でしかない。誰もそんなまともなことを進言する人もいないのだろうか(言っても聞く耳をもたないような気もする‥)。一般社会では、住居からの退去が遅れることは許されないし、膨大な損害金も発生する。自分たちがどれほど非常識なことをしているのか、少し考えれば分かることである。

遅れの理由は、120トンもある(?)荷物のより分けを人に任せられず自分でしないといけないのに、それが進まないからだという。まずは喫緊の課題である引っ越しを済ませたうえでの控えめなお出かけであれば一向に構わないが、それを放って、あちこちに積極的にお出ましして、相変わらずにこやかに手を振っておられる。これって違うのではないの‥? そもそも例のない生前退位の理由は、「体力が落ちて、象徴しての務めを果たせない」ことだったと記憶する。古来、引退して家督を譲れば、まさに隠居生活を送るのである。ついでに言うならば、災害が起こる度にあちこちに出かけ、海外に慰霊の旅に出かけるといったことは、憲法のどこにも規定されておらず、平成天皇夫妻が築き上げた独自のやり方であった。次代以降はそのやり方を踏襲する必要はないのである。

ネットには今や、上皇夫妻(というより上皇后)の悪口が満ち溢れている。無私無欲の姿だと信じ、畏敬の念を抱いていたのに、今ようやく真の姿が見えてきて、裏切られたような思いがある。振り返って、眞子さんの結婚を裁可したのも平成天皇である。本来きちんと対処すべき父親が役割を果たせないのであれば、祖父母がその代わりに機能しなければならなかった。婚約は延期されたまま、小室母子の無駄なセキュリティ費用も嵩む一方で、国民の皇室への尊敬の念は今や風前の灯火のように感じる。嬉々としてお出かけしてお手振りをされるのは、やるべきことをきちんとしてからになさってほしいと切に願う。

次の天皇は悠仁親王か愛子内親王か。女性天皇を認めるべきか否か(法律である皇室典範には「男系の男子」とあるが、それらを改正すれば法的にはよいのである)。そうした論調ないし書き込みが多いが、女性天皇を認めるということは、愛子さんが天皇になることを認めるだけではなく、その子孫が続かなければ傍系に戻って、眞子天皇、佳子天皇、その子孫は男女を問わず天皇になることを認めるということである。小室問題がなければそれでもよかったのかもしれないが、今や国民感情として許されないのではないか。女性天皇を認めないとすれば悠仁さん1人ではまさに風前の灯火であり、戦後に皇室を離脱させられた方々に戻ってもらうことも真剣に考えなければならないであろう。それも早急に。2000年以上続く世界一の旧家はやはり日本国のために存続してもらわねばならないと思うこと自体は変わらない。

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もう11月である

長い間ブログを書いていないなと感じていたら、やっぱりすでに1ヶ月が経っていた。

このところ中高の同窓会が結構な数、ある。地元でやるのなら場所は明石(近辺)なのだが、東京在住の同窓生によるまた別の会があるのだ。この種の会は別用が入ってない限り行くことにしているので(御縁があって知り合った人たちである)、その結果、よく出ていることになる。一昨日3日は、5年ぶりの明石高校学年会が舞子であり(元450人中100人以上出席)、16日は東京の明石高校会(全学年)が神戸大学同窓クラブ(帝劇地下2階)で催される。出席者はそれぞれに満足した生活を送っているはずだし、元気だからこそ出てくることができる。人はだんだん欠けていくので、今会えることを大事にしなければならないと思うのだ。次はまた5年後!いえ、上京をされるときは是非連絡下さい。困ったことがあればもちろん相談に応じますよ。御縁ですから。

このところの私的な大事件は、ガラ携をようやくスマホに変えたことかもしれない。勇を奮って近くのドコモショップに行き、結局、勧められるままに最新の薄型を手に入れた。以来明日でまだ10日。まさに右往左往しながら、電話をして受け、メールとショートメールを打ち、また、調べ物をしている。習うより慣れろ、そのうちに慣れるはずだ。振り返って初めて携帯を持った(持たされた)のが21年余前、検事を辞めて国会議員になる時だった。以来、携帯メールをやるようになり、外で手軽にネット検索も出来るようになった。必要なことはそれで足りていたのだが、だんだんとネットがガラ携では見れなくなってきたのだ(いずれガラ携は終わるらしい)。家ではタブレットを使っているのだが、英語を調べるのも(死んだ)英語辞書よりネットのほうがうんと(生きた)言葉が載り、実際の用法用例も載っていて、使い勝手がよいのが決め手になった。

昨日、ドコモショップでの無料教室に初めて行ってみたが、10人の受講生のほとんどは男女の高齢者で、ほぼ初心者のようだった。教えるスタッフも大変だなと感じたが、1時間で終了した頃には、何人かが次の予約をしていたようである。実際、どれほどの人が本当にスマホを必要としているのだろうか。本当のところは身近な人に電話さえ出来ればよいのではないか。メールをする人であればそれにメール機能が必要なくらいで、一体どれほどの人に検索機能が必要なのだろうか。仕事に出るわけでもなければ、家にパソコンがあれば、メールも検索も足りるであろう。文明の利器というか業者の都合に振り回されている感が拭えない。

人はおそらく、もっとずっとシンプルに暮らせるはずである。スマホになったくらいはもう仕方がないとして、地に足をつけて、ゆっくりじっくり過ごしていかなければ、すぐに1年が経ってしまう。

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『父と弟を同時期に亡くしました。遺産の分割で悩んでいます』

自由民主党月刊女性誌「りぶる11月号」
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ついに10月──消費税増税である

朝目が覚めて、ついに10月だわ、と思った。増税前に買うべきものは買っておこうと考えたが(高額品だと2%でも大きい)、買いたい物は浮かばなかった。家電も家具も揃い、パソコンもまだしばらくは使える(機械は慣れるまでが大変なので、できるだけ買い換えたくない)。毛皮も貴金属も着物も、かつてあれほど欲しかったのが嘘のようだ。着る物は家で洗えるものが便利なので、ブランドの高額品を買うこともない。食品は軽減税率適用なので、買いだめの要がない。最近は食品もあまり買わない。買えばそれだけ自分で食べることになり、代謝効率が落ちた昨今、健康と美容を阻害するからだ。食欲はコントロールしなければ。

無意識に「断捨離」を実行しているかもしれない。ファッション関係の冊子が新聞に挟まっていると、かつてはよく見たものだが、今はざっと目を通すだけである。あ、今度はこれが欲しい、見に行かなくちゃ、と思うことがないのは、ずいぶんと寂しいことのようにも感じる。それにしても、10月なのに、まだまだ暑い。「暑さ寒さも彼岸まで」はとうになくなったが、しかし、10月になってもクーラーを使うほどに暑いのは今年が初めてのように思う。

昨夜テレビをちらっとつけて、消した。阪神が中日に勝ち、広島はまさかの4位に転落。ロッテも4位だし、今シーズンはもう野球を見ることはないだろう。野球なんかチンタラして、ラグビーこそ最高だよという人が私の周りにも何人かいるが、ラグビーはルールがよく分からない。40分×2で終わるのは野球と違って良いが、タックルが激しくて、怪我をしそうで、見ていてこわくなってしまう。体格も運動神経も必要で、少なくとも誰にでもできるスポーツではないだろう。知り合いの柔道関係者が、柔道の重量級は体格的にラグビーと同じだが、ラグビーは走れないと駄目だから、走れないのが柔道に来るのではと言っていた(笑)。競技が周りにこれだけ溢れていると、選択肢がありすぎて、親も子供も選ぶのがかえって難しいかもしれない。私には運動神経がないのでスポーツは何も出来ないが、もし運動が出来て何でも選べるとしたら、球技ではなく、柔道をやりたかったかなと思う。柔道着が格好いい。加えて、ただのスポーツではなく武道であるのがいい。

謎の事件が続いて起こる。山梨のキャンプ場で7歳女児が行方不明になって、すでに11日が経つ。懸命の捜索も虚しく、手がかりは何一つない。わずか20分の間にいなくなった彼女を、誰も見ていないのだ。児童性愛者による誘拐の線も考えられるが、人が多く賑わった場所だというのに、不審者の目撃情報も全くないのが、不思議である。ちょうどタイミングよく子供がひとりになるときを狙っていたとして、捕まえたとしても騒がれるし、うまく欺して車に乗せたとしても、そのあとの運行を含め、誰にも気づかれないという事態は考えにくい。どうやってそこから忽然と消え去ることが出来たのか。

茨城県境町での一家殺傷事件の犯人もまだ捕まらない。1階で寝ていた長女が事件に気づかず無事だったことから、長女犯人説を言う人が私も周りにも結構いたが、もしそうであれば、母親が110番して警察が来るまでの10分かそこらの短時間に、凶器や返り血を浴びた服などの証拠をどこかに綺麗に隠し切る必要があるが、そんな離れ業は怪盗ルパンでもなかなか出来はしないだろう。それよりも私がある意味衝撃を受けたのは、家族の犯行が普通に想像できるほど、その種事件が珍しくなくなっているという事実であった。一軒家、真っ暗な夜、雨‥。犯人はさして物音を立てることもなく1階の無施錠の窓から侵入して(このとき犯人は何を履いていたのか。そこで脱いで、犯行を終えて、慌てることなくまたそこで靴を履き直したのだろうか?)順調に2階に上がり、夫婦を殺害し、別の部屋の二段ベッドに寝ていた子供2人に的確に、傷害を加えた‥。予め家の間取りや就寝状況など知悉していなければ、出来ない犯行である。残忍な手口からは、確固とした殺意、怨恨が伺える(強盗ではないのだ)。家の外で家族のものではないスリッパが見つかったというが、家の中でスリッパを履いて犯行に及び、それを持って外に出て、捨てたということか。雨の中、外から来るのに靴を履いてこなかったとはちょっと考えられないが、靴跡は残っていなかったのか。警察はすべての情報を流すのではなく、いざ捕まえたときに、犯人にしか知り得ない「秘密の暴露」を得るために肝心の情報は秘匿するので、分かっているけれども流していないのだと思われるが、とにかく犯人が一日も早く捕まることを願うばかりである。

さて、関電の役員らが、地元の実力者であった市の助役(故人)を通して、関連会社から計3.2億円もの賄賂を受け取っていたことが、国税の調査で発覚した。とんでもないことである。経産大臣及び大阪市長が断固許せないと表明、筆頭株主である大阪市においては株主代表訴訟を提起する旨いち早く発表した。もちろん受け取った人たちはその所得分を申告せずに所得税を逃れたのでペナルティを含めた税金を納めないといけないのだが、ただの無申告では(1人1人では金額もさほど大きくないし)刑事事件にはならない。収賄罪は基本公務員を対象とするものの、会社の公的性格に鑑みて、取締役など一定の役職者には会社法上収賄罪が規定されてはいるが、「不正の請託を受けて、財産上の利益を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」(967条1項1号)と、その要件が公務員よりずっと厳しく(刑罰は5年以下の懲役又は500万円以下の罰金と、公務員の場合より軽い)、実際に適用された事例を聞いたことがない。しかし、道義的責任も含めて決して許してはならないことであり、これからの対応に大きな関心が持たれる。

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