『息子の結婚が破談に。相手の女性を許せません』

自由民主党月刊女性誌「りぶる3月号」
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野田市児童虐待死事件に思うこと

毎日毎日、これでもかというほど悲惨な事実が報道される度に、胸が痛む。どんなにか毎日苦しくて辛くて、地獄のようだったことだろう。逃げ出せる所もない、救ってくれる人もいない、いつ虐待が止むのか当てもない‥。暴力はどんどん激しさを増すばかり、死ぬまで止むことがなかったのだ。

廊下に立たせて眠らせない、殴る蹴る、食事もやらない‥最後の日、女児が部屋に入ろうとしたことに怒り、浴室に連行し、首を掴んで冷水シャワーを長時間浴びせ続けた。肺に水が溜まるほど、口や鼻から大量に水を入れ続けたのだ。これが躾でないのは当然として、ただの暴行でもない。まさに殺害行為である。女児が倒れて息をしなくなってようやく行為を止め、慌てて医師をよぶこともなかったのは、女児の死が折り込み済みだったとしか思えない。もともと父親の、「死ね。お前なんか殺してやる」との怒声が1年ほど前から近所に聞こえていたという(そういう場合は通報義務があるのです!)。目黒といい今回といい、都会で事件は起こっているが、目黒の前の香川や、野田の前の沖縄では通報もあり、児童相談所が介入している。地方ではやはり近所の目があり、こうした事件は起きにくいとはいえるであろう。

死因が明らかにはなっていないとしても、因果関係は認められる(つまり、「父親の暴行がなければ女児は死ななかった」。もともと何か死に繋がる持病があったわけでもないのだから、この点を弁護側が争っても裁判員が納得するはずはない。)のだから、明らかに殺人である。ただ法的に少し困るのは、その後同じく傷害で逮捕された妻のほうの罪責である。妻もまた、女児の死を認識(・認容)していたか? そうだったかもしれないが、であればいつからなのか? 実行正犯ではないので、殺人の共犯にするにはちょっと‥という感じがしないでもない。

女児に対する暴行の映像記録も父親のスマホに残っていた。本人が撮ったのか、妻に撮らせたのか? 通常の事件では当日の暴行以外は特定ができないのだが、それを遡る暴行についても自ら動かぬ証拠を残していたのである。虐待がもはや自らの生きる証であり、生きがいであり、快楽だったのであろう。もし面倒な子で不要であれば人に引き取ってもらえれば嬉しいはずだが、連れ戻しに躍起になっていたこれまでの行動を見るに、女児への執着には凄まじいものがあり、虐待依存症とよぶべきものだろう。そのターゲットがいなくなったので、矛先は今後別のものに向けられることになる。

目黒事件の場合、実父がいるので、実父やその両親が、女児の無念の死を嘆き、犯人の厳罰を望んでくれる。だが両親が犯人の場合には、誰一人その死を悼む近親者がいない。祖父母にしても孫より子供のほうが親等が近いのだから、容疑者の減刑を願うばかりである。職場では穏やかだったという容疑者。二重人格というのは容易いが、成育歴など、その両親やきょうだい(妹も虐めていたとネット情報にある)などの証言を聞いてみたい。そして、今度こそ掛け声ではなく、身近な虐待を決して見過ごすことがないよう、政府や公的機関はもちろんのこと、一人ひとりが力を合わせていくべきだと思うのである。

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野田市の小学4年女児、虐待死事件に思うこと

目黒区の5歳女児が痛ましい虐待死を遂げてから、まださほど日が経っていないようなのに、またまた悲惨な虐待事件である。目黒の事件では両親が保護責任者遺棄致死罪で逮捕・起訴されたが(裁判員裁判に備えて公判前整理手続に付せられているため)未だ裁判が始まらない。始まればメディアが大々的に報道するであろう。

2つの事件はいずれも、父親による女児の、悲惨な身体的虐待だった。前は継父、今回は実父。実父がまさか、と思うかもしれないが、統計によると、児童虐待(身体的虐待や性的虐待だけではなく、心理的虐待やネグレクトも含む。)の加害者の半数超えは実母なのである。その次が実父で、全体の3分の1を占める。つまり実父母併せて8割を優に超えるのだ。目黒事件は香川から、今回は沖縄から引っ越したのは、いずれも父親が児童相談所の介入を嫌った故だろう。そして実際、虐待情報は新しい所には引き継がれなかった。

目黒の被害児童は3月に衰弱死したが、翌4月には新入生だった。学校に行けば虐待の兆候は明るみになるので、もう少し大きければこんな悲惨な結末にはならなかったのにと思っていた(父親は、そうなる前に、目障りな子の始末をつけようと考えていたようにも思われる)。故に、今回のは衝撃的だった。子供は学校に行っている。おまけに、小学3年の11月、学校のいじめアンケートに「父から暴力を受けている」と、勇を奮って書きさえした(このアンケートには、「秘密を守りますので正直に答えてください」と記されてあった)。それを受けて教師が被害状況を聞き取りし、児童相談所が一時保護をしたが、12月末には親族宅での生活を条件に保護を解除した。

ところが、だ。父親は翌1月(ちょうど1年前)、母親と共に学校を訪れ、「暴力は振るっていない」「訴訟を起こす」などと激しく抗議した。その威圧的な態度に恐怖を感じた学校は、恫喝に屈する形で、アンケートの内容を口頭で伝えた。「実物を見せろ」と要求する父親。そうしたらなんと、「個人情報なので本人の同意が必要です」!(なんとまあ、恐ろしいまでのマニュアルだ) 父親は娘に同意書を書かせる(一体どれほどの暴力が振るわれ、娘は死ぬほど怖い目をしたことか。学校にもすべての大人にも絶望したことだろう)。教育委員会がアンケートのコピーを渡した3日後、父親は娘を転校させた。3月には親族宅から自宅に戻り、今年1月、始業式から学校を欠席したが(母親の実家のある沖縄にいると言ったのは嘘である)、児童相談所が長期欠席を知ったのはようやく21日。24日、浴室での死亡が発見されたときにはすでに死後硬直が始まっていたという。躾だと称する父親はまったく反省の色を見せないまま、傷害容疑で逮捕された。死体解剖でも死因がはっきり分からなかったというが、父親の続く暴力(最後は浴室で冷水シャワーを浴びせるなどした)がなければ死ぬことはなかった以上、傷害致死罪にすべきである。

新しい小学校でのアンケートに娘は、「いじめはない」と2回共、嘘を書いた。本当のことを書けば、学校からまた漏らされ、父親にさらに暴力を振るわれることが十分に分かっていたからだ。先生も誰も、自分を守ってはくれない。父親より10歳下の母親も家庭内暴力を受けていて、夫が怖いので、娘を助けようとはしない。学校・教育委員会・児童相談所の連携がない。警察に通報することだって出来たはずだが、学校は、面倒なことに巻き込まれたくないという思いだけだったのだろう。一般的に言って、校長は定年まであと少し、それまでただひたすらに問題が起きないことだけを祈るようである。父親と親族宛に、情報開示や信頼する学校運営を誓う念書を出してさえいた。

全国210の児童相談所に持ち込まれる児童虐待相談件数は年々恐ろしく増えていて、平成29年度は13万件を超えた(心理的虐待が一番多く、半数近い)。平成2年時にはわずか1100件だったのが同10年には7000件、同22年には4万件を超え、この調子だと今後もどんどん増え続けるのだろう。対して、児童相談所の児童福祉司の数は、平成29年3253人。2022年までに2000人増員させるとはいえ、あまりに少なすぎるだろう。もちろん、対応する職員数が少ないことをもって、この不幸な死を招いた理由とすることはできない。

親になるのには試験も資格も不要である。赤ん坊を捨てる者さえいるのだから、まっとうに育てない親がいるのは必然である。よく言われることだが、「虐待は連鎖する」。虐待を受け、愛されずに育った者は、愛し方が分からない。暴力を受けて嫌な思いをしたのに、自分もまた暴力を振るう。そのことに悩み助けを求める者であればまだ救いようがあるが、疑問も持たない者は、本来親になるべきではなかったのだ。だが、親になってしまった以上、社会全体でその子供の養育を担っていかなければならないであろう。

子供は親を選べない。その親に、養育されるどころか毎日暴力を振るわれ、そして死んでいくのは、運命というにはあまりにむごすぎる。大人同士の事件ならば、被害者にも相手と関わった意思があり、犯行を誘発した落ち度だってあるかもしれない(通り魔事件は別)。対して、生殺与奪の権限を持つ親による子供の虐待死は、最も罪が重い。親子無理心中の場合、普通の殺人より刑責が軽いのは、子供を殺すのは自らを殺すことに等しいと考えるからだが、キリスト教では、子供は親とは別人格で、神から保護を信託されたのだから、子殺しは最も重い殺人だと考える。日本も児童虐待にはもっと厳しく対処すべきだし、不幸な結果になる前に、近隣も一緒になって、子供を助けるべく取り組まなければならない、と改めて思う。

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『離婚が成立したら、私の父の姓にしたいのですが・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる2月号」
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大坂快挙、大相撲初場所終わる

手に汗握る試合で、大坂なおみが全豪テニスを制覇した。と共に世界ランク1位に。日本どころかアジア勢初の快挙である。180センチの体格は並みいる欧米勢にまったく引けを取らず、安心して見ていることができる。昨年全米を制して僅かしか経っていない。全豪を制したのは掛け値なしの実力であり、このあとウィンブルドンと全仏を制すればグランドスラム達成だ。加えて2020年東京オリンピック制覇さえも、伸びしろたっぷりの、21歳の大坂には夢というより、手の届く目標でしかないであろう。すごい選手が誕生したものである。

若くてすごい選手といえば、フィギュアの羽生選手。そして、二刀流の大谷翔平選手。国際的にトップクラスの選手が日本にはずいぶんいるなあ、と改めてびっくりさせられる。そこに行くと、国技たる大相撲において、なぜ日本人は劣勢なのだろうと不思議にさえ感じられてくる。唯一久しぶりの日本人横綱だった稀勢の里は引退し、あと鶴竜も白鵬も休場続きで、あとどれだけ横綱を務められるだろうか、覚束ない。大関陣を見ても、高安が28歳なだけで、栃ノ心(ジョージア)も豪栄道も30歳を超え、明らかに下り坂のようである。

今場所は関脇2人が活躍し、玉鷲34歳が13勝2敗の立派な成績で初優勝した。貴景勝は千秋楽、豪栄道に完敗して11勝4敗だったため、大関取りは来場所に持ち越されるが、来場所はおそらく大丈夫だろう。まだ22歳だが、突き押しの型をすでに持ち、取組みに迷いがなく、メンタルの強さを感じる。175センチと、力士としては小さいのだが、そのために対戦相手は四つに組めず、立ち合い速攻で巨漢を押し出すのを見るのは気持ちがよい。格闘技であってもレスリングや柔道のように体重別がなく、あとは自らの体格をどう生かしていくか、短所を長所に変えるかが問われている。

今回、一躍脚光を浴びた玉鷲については、実は、私はかなり前から注目をしていた。モンゴル力士だが、俺が俺が、というあくの強さがなく、表情も至って穏やかだ。張り手やかちあげといった汚い取り口も使わない。30歳を超えて小結、そして関脇に昇進し、たまに平幕に落ちることはあってもすぐに返り咲いて、おおむね上位に定着している。母国でホテルマンになるべく勉強をしていたのが、東大に留学している姉を頼って来日、相撲どころかスポーツもしたことがなかったというのに、19歳から相撲を始め、15年間、ただの一度も休場のない連続出場記録を持つ。怪我をしないはずはないが、休むほどの怪我をしなかったのは、自己管理が十分に行き届いていたことを意味する。

短命に終わる者が多い相撲という世界において、30歳を超えて実力を伸ばしていく力士は非常に珍しい。しかもパワーが必要な突き押し相撲なのだ。モンゴル力士らとつるむこともなく、一昨年末の例の事件の時も欠席したので、難を免れた。趣味はプロレベルのお菓子作りと小物作り‥「女子力」の高さが注目されている、変わり種である。

34歳の優勝は、7年前夏場所の旭天鵬優勝37歳に次ぐ記録と言われるが、これは正確ではない。当時、私は両国国技館に通っていたが、旭天鵬は前頭7枚目であり、上位との対戦のない地位にいた。ところが、中盤までリードして優勝候補筆頭の稀勢の里が終盤失速し、白鵬も精彩を欠いた10勝に留まったため、気がついたときには平幕旭天鵬のリードになっていたのだ。協会は慌てて割を組み直したが間に合わず、旭天鵬は結局、大関と1度対戦しただけで、優勝に至った。つまり、この優勝は本当の優勝とは言い難い、と常々思ってきた。関脇の地位で初優勝した玉鷲の34歳が、名実共に最年長記録というべきなのである。

持って生まれた才能をいかんなく伸ばし、若い時から花開くのも素晴らしいが、地味だが着実に努力を重ね、それを実らせていくのもまた素晴らしいことである。謙虚な玉鷲を手本に、日本人力士も怪我をしないよう、自らの型を着実に磨いていくことを、そして着実に上位を目指していくよう、願わずにはおれない。いずれにせよ、真摯にスポーツに取り組む姿勢は、見る者に感動と勇気を与えてくれる。そのことに素直に感謝である。

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