執筆「自らを守る権利」

 五年前、参院で開催された「学生と語る憲法調査会」でのことだ。
  自衛のためでも戦争は絶対に許されないと言う女子学生の一人に、尋ねてみた。「では、貴女自身が襲われたらどうするのですか」
「そのときは……身を捧げます」
  ざわついたのは我々議員席のほうだ。あのとき、分かった。とにかく暴力は駄目だと教育されてきたのだと。
  もちろん、人が自分や家族を守るのは、刑法以前の自然の法である。国の自衛もまた、憲法以前の自然の法なのだ。おそらく我々は、戦後長い平和と共に、国際社会での普通の感覚を失ってきたのだろう。と共に人としての普通の感覚をすら失くしたのかもしれない。自らをさえ守れずに他の誰を守れよう。そんな人間を誰が尊敬しよう。国も同じだ。自衛すらできない国が国際社会で高い地位を占めることはできない。そう考える人も多いはずだ。
  憲法九条。たぶんこの条項が長い間、改正論議をタブーにしてきたのだろう。だがこの度ようやく衆参両院憲法調査会の最終報告書が出されるに至った。諸外国は、社会の変遷に合わせて随時憲法も改正している。我が憲法は今や世界最古の憲法の一つなのである。
  時代は急速に変わっている。六十年前にはコピーもファクスもなかったのが、今や携帯電話、インターネットの時代である。この間裁判で認められた、環境権や知る権利、プライバシー権など、新たに盛り込むべき事項はじめ、改正すべきことは多い。

東京新聞 夕刊 『放射線』
(中日新聞 夕刊 『紙つぶて』)

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執筆「揺らぎないよすが」

 「我々の国では絶対に、考えられないことです……」。

  十年前、地下鉄サリン事件が起きたとき、イスラムの知人にそう言われた。神の言葉コーランが生活の隅々にまで浸透し、新興宗教が入り込む余地はないと。

  ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教は一神教である。神は天地創造の主で同じだが、神の言葉を預かった人(預言者)がそれぞれ、モーゼ、キリスト、ムハンマド。中で七世紀に誕生したイスラムが最も新しい。神に造られた人間は、唯一絶対の神を懼れ、敬い、服従するしかない。汝、殺すなかれ。盗むなかれ。姦淫するなかれ……すべて神の言葉である。

  もともと人類は自然を崇拝し、多神教であった。「八百万の神の国」日本は、多様な宗教を受け容れ、平和に共存してきた。勤勉で正直、かつ礼儀正しい国民性。確固たる宗教なしに社会をどう規律するのか。とアメリカで問われ、新渡戸稲造が英語で著わしたのが『武士道』だ。大和魂。あるいは「恥の文化」、世間様。これらが厳然と社会の規律を保っていたのである。

  それが戦後、一変した。道徳的価値を顧みず、経済的価値のみを追求。バブルが崩壊し、ふと足許を見れば、拠って立つ基盤がない。社会不安が増す中、心の拠り所を求め、怪しい宗教に惑わされる人も増えるのではないか。

  折しも、カトリック約十一億人の最高指導者、ローマ法王が亡くなった。八日の葬儀までに五百万を超える人が訪れたという。揺らぎないよすがを持つ人々が羨ましく見えてくる。

東京新聞 夕刊 『放射線』
(中日新聞 夕刊 『紙つぶて』)

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執筆「職業を持つこと」

 父は普通のサラリーマン。周囲に法律家は皆無であった。

  私がなりたかったのは医者である。ことに精神科医。だが、体が頑健ではないうえ、血を見るのが怖い。さんざ迷った挙げ句、「潰しが効く」法学部に入った。職業はあとでゆっくり考えよう……。

  実際いろいろ考えた。新聞記者、外交官、国家公務員。アナウンサーになろうと会社訪問したら、「関西弁ですし、よほどのコネがないと」。民間が未だ大卒女子への門戸をほぼ閉ざしていた時代、結局私は、司法試験に挑戦。裁判官か弁護士になるつもりだった。

  だが検事になった。司法修習で初めて接した検察は、大学で教わった「無辜の人を有罪にする悪役」とはまるで違った。どころか、犯罪者の更正を真に願う「公益の代表者」。私への勧誘文句は、行政官だからいろいろな部署に行けるよ、弁護士にはいつでもなれるよ。

  任官して十五年余、突然、参院選挙に比例区総理枠で出馬をとの声がかかる。名簿順位十一位での転身。その二年後、選挙制度が変わった。候補者名を書いてもらう、元の全国区に近い制度になったのだ。次は当然、過酷な選挙運動を覚悟せねばならぬ。後半生、私は何をしたいのか。真剣に悩んだ末、昨夏、一期限りで引退した。

  振り返って、私が堅く心に決めていたのは一つだけ、「職業を持つこと」。あとは偶然の積み重ねだが、どれも楽しく、得難い経験となった。弁護士業の傍ら、今春から週一回、大学で刑法と刑事訴訟法を教える。新たな職業が楽しみだ。

東京新聞 夕刊 『放射線』
(中日新聞 夕刊 『紙つぶて』)

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執筆「消えた武士道?敗戦後に失われた精神的基盤」

 先日、自民党の埼玉県連青年部で、「少年非行・犯罪」について、講演をした。

 その後、会場から手が挙がる。公民館が中学生のたまり場となり、苦情を受けた学校が「警察に通報して下さい」と対応するのだと言う。教師の質の低下、権威の失墜は嘆かわしい……。

 それは私も痛感するところである。

 三年前、出身高校に講演に行き、その後校長と話した時のこと。「生徒が何で国語やらなあかん聞くから、国語出来んと憲法読まれんやんか、答えてます」。思わずえっと顔を見た。まさか。あぁ。

 だが権威の失墜は、ひとり教師だけにはとどまらない。日本全体を覆う問題なのである。

 かつて「地震・雷・火事・親父」。親父はとうに脱落。社会に目をやれば、官僚、政治家、警察官……あらゆる権威が失墜する中、教師ひとりが立派であれるはずもない。権威の消失。それは懼れがないことを意味する。その結果が言いたい放題、したい放題となる。

 外国ではこの点、事情が違う。神が存在するからだ。

 とくにユダヤ教、キリスト教、イスラム教の一神教。天地創造の主は何でもご存じだ。地上での裁きは逃れえても神の裁きは逃れられない。その宗教が、日本にはない。では何で国民を規律しているのかと問われ、新渡戸稲造が英語で著したもの。それが『武士道』である。加えて、日本には神の代わりに世間様がいた。すなわち「恥の文化」である。

 その国体を、敗戦が変えた。史上初かつ決定的な敗戦に自信を喪失し、拠って立つ精神的基盤を捨てたのだ。伝統、文化、歴史。GHQが一週間で作った憲法を受け容れ、昭和二十七年、独立を回復した後も見直さず、安全保障はアメリカに任せ、経済一辺倒でまっしぐらにきた。「経済大国日本」。バブルが吹き飛ばしたのは経済だけではない。膨れあがった、実体のない自信を木っ端微塵にしたのである。もはや何の基盤もないのだから、途方に暮れて当然だ。

 治安の悪化が顕著になったのはバブル崩壊後である。犯罪件数は十年で倍。低年齢化、凶悪化も進む一方だ。会社はリストラを進め、終身雇用をなくし始め、もはや「第二の家庭」ではなくなりつつある。本当の家庭も、学校教育も、崩れる音が聞こえてくる。

 戦勝国が敗戦国を徹底的に打ちのめすのは歴史の必然である。かつて世界を震え上がらせた日本兵の強さの源、大和魂。それがここまで荒廃しようとは、さすがのアメリカも予想だにしなかっただろう。戦後六十年、日本を取り戻すところから始めなければならないと思うのだ。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

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それぞれの春

  今月から帝京大学(八王子)に毎火曜日、通うようになりました。

  2次限刑法(経済学部3年対象)、3次限刑事訴訟法(法学部2年対象)、そして4次限刑法総論(法学部1年対象・必修)。各1時間半なので、一日がかりです。
  通勤時間は片道1時間半、とても疲れるだろうと思っていたのですが、心地よい疲労でした。私語が多くて大変だよと言われていましたが、少なくとも前方の席に座っている学生は静かに聞いていました。とても熱心。終わったあと質問にもたくさん来てくれて、可愛いですね。私の子どものような年齢。のびやかに育っていってほしい。そのためにできるだけの手助けをしたいものです。
 振り返って、昨年の今頃、事務所探しを始めたのでした。東京で最初から独立なんて無理とよく言われましたが、思い切って始めて本当によかった。どうせいずれは独立するのですから、思い切りが肝心です。最初は苦労を覚悟していたのですが、周りの方々に助けていただいて、それほどでもありませんでした。8ヶ月、経過。まだまだですが、マイペースで。なにしろ現役人生はあと20年はあります。最も気をつけるべきが健康であるのはいうまでもありません。

 とくに印象に残る仕事を、2つ。
  1つは、最初の頃受けた、知人の法律相談です。
  多額の損害賠償をふっかけられて困り果て、相談した弁護士から数百万円は必要(交渉次第ではもっと)と言われ、私方に来ました。結果は、書面を一つ書いて相手方に送って、終わり。人助けをして喜んでもらえ、なんとやり甲斐のある仕事かとつくづく思ったのでした。

 もう1つは、最近やった刑事事件です。
  警察・検察庁に何度か足を運び、起訴直後の保釈が取れたのです! 実務の慣行として第1回公判期日で被告人が罪を認めるまではなかなか許可されないし、まして事案は法定刑が「短期1年以上」と、裁量保釈しか許されない事案だっただけにひとしお嬉しかった。
  その折り、担当の若い女性裁判官に「先生ご自身が身柄引き受けされるのですから」と言ってもらえたことも嬉しかった。弁護士資格の重み。改めて身が引き締まる思いでした。

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