一年を振り返って

 早いもので,今年も残りわずか。事務所も明日で閉める。
 社会には悪いことが多く起こった一年だったが,私自身にはとても良い年であった。理由は,3つ。
 
 1つには,仕事のペースが自分なりに掴めてきたのである。1つ1つ着実にこなせるようになったと思う。思い起こせば,最初の頃はあたふたしていたかもしれない(そうは見えなかっただろうけれど!?)。経験を経て,ずいぶんと慣れたのである。

 弁護士になって思うのだが,生の相談を受けてお金を貰う以上,勉強にも身が入るし,実際に身についていく。振り返って,検事のときは扱う法律が限られるし,何といっても公務員の限界がある。依頼者の信用を得て,依頼者のために最大の利益を図ろうという発想はそもそもない。国会議員のときは扱う法律は幅広くて面白いのだが,これは法律の実務ではない。
 今日は火曜で,通常は大学に行くのだが,冬季休暇に入り,すごい雨の中,事務所に来た。昨日依頼された案件に早速取りかかっている。性格がイラチのせいか,ためておくのが好きではなく,すぐにやるのである。もちろん勉強や法律が好きだということがある。仕事が好きなのである。このところ,受任したのに仕事にいっこうに着手しないと懲戒を申し立てられる弁護士が相次ぐが,その人たちはどだいこの仕事に向いていないのであろう。
 弁護士を趣味でやれたら最高だねと言う弁護士がいたが,私はたぶんそれであろうと思う。いろいろな方々に助けられ,維持費や収益をあまり気にすることがないのは本当にありがたいことである。

 理由その2は,「りぶる」12月号でも書いたが,自分でも信じられないほどピアノが上達したからである。今「熱情」を弾いていて,来夏の発表会には,ベートーベンの最難曲ソナタ,ハンマークラビアに挑戦する予定である。成果が如実に形として現れることほど嬉しいことはない。

 理由その3は,先の理由2つとも関連するが,人生の達人に少しだけ近づいたことである。
 まずは時間の使い方が非常に上手になった。人生は時間。いい人生を送るためには時間を賢く使わなければ。そんなことがようやく分かってきたのである。
 加えて,性格の改造。生来短気なのを,できるだけ抑える。人はそれぞれだと寛容になる。人がやってくれることに感謝して,やってくれないことに憤らない。つまりは全体に丸く優しくなる。面白いもので,自分がそうなると人も丸く自分に接してくれるものである。他人は自分を映す鏡なのだ。
 来年はこれを土台に,さらに充実した年にしたいものである。
 この1年,どうもありがとうございました!! 来年もどうぞよろしく。

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首長逮捕続出,復党問題……

 福島,和歌山の両知事逮捕。宮崎も時間の問題だ。成田市長も逮捕。どこも続いて選挙になるから,税金の二重の無駄遣いである。
 すべて公共工事がらみ。絶対権限を持つ首長が「天の声」を出して入札の発注先を決め(偽計入札妨害),業者から金を貰う場合もあれば随意契約をして業者から金を貰う場合(収賄)もある。氷山の一角かもしれない。実際,今回の一連の捜査には,例の橋梁官製談合の際に得られた証拠が大いに役だったと言われている。

 業者と首長との切っても切れない関係は,選挙に始まる。業者は(見返りを期待して)組織ぐるみで人と金を出す。結果,地位につけば,お返しをしなければならない。とくに次の選挙を考えればそうである。
 先日私は,親しい女性市議に頼まれ,市長選の新人候補者の応援に行った。当初3期しかやらないと公言していた市長は,次回4期目出馬を宣言。業者との癒着,無駄な公共工事がずいぶん指摘されているという。新人候補及びその支持者らは「もったいない」を合い言葉に,借りを作らない選挙を目指すのだという。
 どれほど巨大な組織でも,それに属さない,利益の絡まない一般市民のほうが数はずっとか勝る。市民ひとりひとりが市政を変える主体的な気持ちになってくれれば,勝算はあるはずだ。頑張って!! 

 さて4日,党紀委員会は全会一致(私も)で11人の復党を認めた。
 本音では反対の委員もいただろうが,あれだけ厳しい誓約書にもサインした方々の復党願を認めないわけにはいかなかったのだ(ちなみにあの誓約書は,前回選挙時,すべての衆院議員候補に書かせたものと類似であるらしい)。
 世論調査の結果はずいぶん悪い。参院選目当て,先の衆院選は何だったのだ,まだ1年しか経っていない……みなその通りだと思う。内閣支持率も落ちたという。
 年内の復党には,参院側の強い要望があったと聞く。地元に強固な地盤を持つ造反組に戻ってきてもらわないと参院選は勝てない……。その後の造反組との交渉で,首相が陰に引っ込み,幹事長ばかりが表に出てきたのは良くなかったと思う。良くも悪くも国民は,前首相の強烈なスタイルに慣れてしまっている。

 郵政改革に端を発する前回の衆院選挙,続く復党問題は,前首相の負の遺産である。急遽かき集められた「刺客」たちの評判は,正直言って,概ね良くない(非常に悪い人もいる)。即席なのだし,地元との縁もないのだから,当然でもあろう。造反組が戻ってきて,次回選挙時には公認問題が熾烈となる。
 公認されること・議員であることは既得権では決してないのだが,しかし「議員は使い捨て。首相も使い捨て」(前首相)はないだろうと思う。議員は国民の代表者であり,公僕だ。使い捨てられてもいい候補者を選ぶのは,公党の責務放棄ではないか。そう言えば,「人生いろいろ,会社もいろいろ」,なんて言葉もあった。これで内閣支持率が終始高く5年ももったのは,特異なキャラクター故か時代がそうさせた故か。

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執筆「目標達成の秘訣は、自らを知ること。 そして実現可能な目標を立てること。」

 あっという間にまた年賀状の季節である。どんどん短くなる一年だが、今年は私には特筆すべき年となった。
 年頭に立てた目標は、2つ。それを早、夏には達成しえたのだ。
 目標その1は、「ピアノが上達すること」。上達したのには訳がある。
 2月、東京で弁護士をしている高校の大先輩から、弁護士会の某会合に出るよう頼まれた。欠席予定だったが、仕方なく出たら、そこで大クラシック好きの弁護士と知り合った。CDを1000枚は所有とのことで、うちピアノの名盤を50枚、選んで貸してくれた。聞いているうち、ずっと敬遠していたベートーベンが弾きたくなった。そこで、某代議士の御縁で知り合った、ベートーベン弾きで有名なピアニストに教わるようになったのが、5月。そうしたら8月の発表会に出てほしいとのこと。やむなく必死で練習したお陰で、本番でもつまらず、なんとか弾き切れた。自信がついてあちこちで披露するようになり、プロみたいと言われて調子づいている。この因果の元を辿れば、声をかけてくれた先輩弁護士及び某代議士のお陰だから、人生、やはり人と運である。
 さて、目標その2は、「法律に詳しくなって、弁護士会の法律相談に行けるようになること」であった。
 弁護士会の法律相談は、知人や顧問先の相談とは違い、相談者も案件も選べない。あとで調べて答えますとも言いにくい。だからこそ勉強になるのだが、自信がつくのを待っていたら、いつになるか分からない。よし、まずは実行だと春に申し込んだら、8月の案内が来た。迫るにつれ、緊張が高まる。仕事である分、発表会よりさらに緊張したほどだ。
 ところが、いざ行ってみると、お盆前とかで、相談者がずいぶん少ない。待って、ようやく一人。人の良さそうなおじいさん。借地の案件だ。手持ちの訴訟案件と似ていて、答えは簡単だった。
 その後交渉はうまくいったかなと思っていたら、2ヶ月後、弁護士会から電話があり、私にまた相談したいとのことだが構わないかと言う。快諾して、今度は私の事務所で応対し、相手方の地主に内容証明を送った。すぐにお礼の電話があり、振り込みも即日だった。
 誰かのお役に確実に立てるのは、人としていちばん嬉しいことである。もちろんそれが弁護士の醍醐味でもある。
 しかし、この快挙を別の面から見ると……自らの分を知るにつれ、夢が、大きなものから、頑張れば実現可能なものに変わった故かもしれない。来年も同じような目標しか立てないだろうが、それはそれでよしとしよう。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

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いじめなど,問題山積……

 長い間書いてないような気がしていたら,なんと1ヶ月半も経っている(!) 毎日なんやかやと私の周辺でもいろいろと起こる。
 目を他に向けると,日本でも世界でも,様々な事件が起こり,何がなにやら分からないくらいである。ただ残念ながら,あまりいいニュースは聞かない。
 とくに深刻なのが,いじめ問題である。

 いじめは古今東西いつでもどこでも必ずや起こるし,私も小学生の頃,ずいぶんといじめられた(今の私からは信じられないだろうけれど?!)。いじめられていることは子どもなりに恥なので,親にも言えない。ただ,その頃はまだのどかで,助けてくれる子や仲良しも結構いて,孤立することはなかったし,その頃のいじめといえばきっとその程度のものであったろうと思う。私は私で,他にいじめられている子がいれば庇っていたし,まだ貧しかったけれども,いや貧しかったからこそか,互いに助け合う精神に溢れていて,良き時代であった。
 大人になって思うのだが,いじめられる子もまた,たいそう不幸である。家庭や学校で満たされない思いを,自分より弱い者にぶつけることで晴らそうとする。親が不十分なところは,教師や周りの大人が庇ってやらないといけないのだが,今はみな自分のことに精一杯で,人のことなど構えないのだろう。構うと,何か文句を言われるかもしれず,こわくもあるし。物は溢れて豊かな時代であるというのに,実に悲しいことである。
 
 今回ことにひどいと思ったのは,教師や校長ら学校関係者に対するマスコミの集団いじめである。「校長がようやくいじめを認めました!」とさも得意げに,その土下座している映像を流されて,今後この学校は教育できるのだろうか,と暗澹たる思いになったのは私だけではないはずだ。
 教師は,校長や教育委員会など周りに管理されて時間に追われ,肝心の子どもに向かい合っている余裕がないのが実態である。有為な若者こそ教師になってほしいのだが,こんなことではますますなり手がいなくなるのではないか。

 教育崩壊とともに,いじめは陰湿の度を増し,いじめを苦にしての連鎖的自殺が起こっている。死ねば誰かが悲しむ。自分ひとりの命ではない。あるいは,今は辛いけれど,そのうちきっと楽しいことがある。そう思えさえすれば人は死ななくて済むはずなのに。昨今は身近で祖父母の死を看取ることもなく,リセットボタンで死人が容易に生き返るバーチャルな時代になっていることも大きな要因ではあるのだろうが。
 合呼応して,陰惨な児童虐待が起こっている。自殺も児童虐待も,形こそ違うけれども,共通するのは命の軽視である。人の最大の財産はその生命であり,それをすら軽視するところにすべての政策も文化も不毛である。

 安倍総裁の下,党紀委員会の委員になり,復党問題を扱うことになった。

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執筆「大人になるということは,忍耐強くなること。 さまざまな感情は時間が解決する。」

 先般、大いに腹の立つことがあった。
 誰かと食事でもすれば、飲んで喋って憂さを晴らせるのだが、あいにくその日に限って(?)予定がない。仕方ない、誰かに電話して聞いてもらうかと考えていたら、たまたま大学時代の友人から電話があった。世間話をするうちにだんだん気分が変わり、結局、その話はせずに済んだ。
 受話器を置いて、な?んだ、と拍子抜けした。離れた所から見ればどうということはないのだ。とらわれているから腹が立つ。怒りは大変なエネルギーを必要とする。つまらないことで自分を消耗させては馬鹿馬鹿しい。
 翌日、当の相手から電話があり、ずいぶん詫びられた。言い訳がましくはあったが、たしかに悪気はなかったのだから、よしとせねば。顧みて、直接当人にぶつけなくて、本当によかった。これからも普通につきあえる。
「短気は損気」──腹が立って仕方がないときの、私の呪文である。
『坊ちゃん』(漱石)は、「親譲りの無鉄砲で子どもの時から損ばかりしている」が、私は「親譲りの短気」で、振り返るとずいぶん損をしたことは間違いない。感情を相手に直接ぶつけるのは簡単だが、それをしては両者必ずやわだかまりが残る。人はどこかでつながっているから、将来ずっとひきずることになる。
「日にち薬」とはよく言ったものだ。恋愛のような激しい感情ですら、時が経つと薄れ、時には忘れさえする。実際、冒頭の件は、その後言語道断の出来事が立て続けに起こり、それに比べて謝罪もあったし、可愛いものであった。あ?あ、本当に、怒らなくてよかった。
 とにかく何であれ、待つことなのだと思う。時が経っても怒りが収まらないときこそは、その理由を冷静に分析した上で、善後策を講じるべきなのだ。
 と考えていたところ、買い物も同じなのだとふと気がついた。衝動買いをすると、家に同じ物があったり、組み合わせが利かずに無用の長物になったりで、後悔することが多い。しばらく待って、冷静に考えているうちに、購買意欲が消えていることがよくある。それでもなお、欲しい物だけを買うのが、失敗しない買い物のコツだと、ようやく会得した。この時代、物は溢れていて、買わずに後悔することは、海外の、めったに行かない所に行った時くらいしかありえない。
 食べることも同じである。食欲に任せず、少し待つこと。大人になるということは、様々に忍耐強くなることなのかもしれない。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

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