執筆「さまざまな経験を経て得たこと。答えは「いつも,今が一番。」

 先日、9年ぶりに、法務省中央合同庁舎赤煉瓦棟を訪ねた。この中の法務総合研究所に室長研究官として勤めていた時の部長が、昨秋所長に就任、遊びにおいでと言われたのだ。
 普段はあまりつけない、未だに金ぴかの弁護士バッジを身元証明でつけて行ったが、門衛さんらは私の顔を覚えていた。
「あ、佐々木先生」。
 所長室に案内される。山登りが趣味の所長は、見た目ちっともお変わりにならない。
「9年かあ。僕らにとっては勤務地が変わるだけで大した違いはないけど、貴女にとっては激動の9年だったよね」
 私の転身に、彼は反対だった。検事という特殊な世界に15年。もともと政治志望もないのに、突然未知の世界に飛び込んで、やっていけるはずがない……。当然の心配であった。
「でも結果としては良かったね。貴女がこれほど順応性があるとは想像もしなかった」
 振り返ってみれば、慣れるにはそれなりに苦労した。だが、山を超えると、視界が一挙に開けた。現行の法律を現事象に適用する法曹と違い、そのもともとの法律をつくる、エネルギー溢れる議員たち。法曹のままでは、知り合う人・職種は限られていた。法曹のままでは歴史の勉強もしなかった。様々な意味で私は、世界を広げ、得難い貴重な経験をさせてもらった。
 3つの職業のどれが一番いいですか、とよく聞かれる。答えは「今が一番」。弁護士が一番というより、様々な経験を経て今の自分があると思うからである。
 いつも、今が一番。今後もずっとそうありたいと、感慨を持って赤煉瓦を後にした。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

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ホリエモン,2年6月の実刑!

 先週16日(金),求刑懲役4年に対し,懲役2年6月の実刑判決が出た。2年半,刑務所に入って刑務作業に勤めなければならない。すごいことである。
 ただ,元検事の私としてはこれは予想された判決であった。理由は3つある。

 まずは経済事犯自体が非常に重くなっていることだ。
 ずっと以前は証券取引法違反は軽罪であった。インサイダー取引でどれだけ利得をしても,6月以下。軽犯罪並みの社会的非難であった。故に当然,執行猶予がついたが,このところアメリカの影響もあって,経済事犯全体の刑罰が極めて重くなってきた。
 例えば,インサイダー取引(法166条)は5年以下の懲役・500万円以下の罰金だ(197条の2,13号)。相場操縦(159条)に至っては,なんと10年以下の懲役・1000万円以下の罰金(197条1項5号)! この懲役刑は,典型的な刑法犯である窃盗・業務上横領・詐欺・恐喝などと同一であり,これに罰金併科も可能なのだから,どれほど重大な犯罪と考えられているか,理解されえよう。
 ちなみにライブドア関係者が起訴されたのは,同法の中の有価証券報告書虚偽記載と偽計・風説の流布であり,いずれも刑罰は上記相場操縦と同じである(197条1項1・5号)。つまり,2つを併合すれば懲役15年まで科しうる,まさにとびきり重大な経済事犯なのである。

 2つ目は求刑。
 執行猶予にしてもらっていい場合,検察は求刑を3年に抑えるという慣行がある(宮内の求刑は2年6月である)。ではない求刑4年は,実刑を望むという意思表示であり,またたとえ実刑でも求刑の半分以下になった場合はやはり控訴をするから,裁判所の落としどころとしては2年6月の実刑が最も妥当な線であった。

 とはいえ,懲役3年に落として執行猶予という選択肢ももちろんある。限りなく実刑に近い線としては執行猶予期間は5年であろう。だが,そうしなかったのは被疑者個別の理由である。
 被疑者は一切反省をしていない。裁判所としては「反省をしていることを考慮し,特別に」執行猶予を付けることができない。加えて,弁護人の特異な言動も際だっていた。宮内らの業務上横領を挙げ,検察が取引をしたとの疑惑を法廷の場で主張するのは,弁護士の職責としてまっとうである。が,これをテレビ向けに「乞うご期待!」などとぶつのは,次元の異なる話である。裁判官も人間である。嫌悪を抱いて当然だ。
 弁護士は本来依頼者のために利益になる行動をすべきである。もし依頼者から望まれたとしても,いやここで貴方のやるべきことはひたすら陳謝し,恭順の意を表することだ,でないと実刑になるよと諭すべきであった。弁護人はそれをしなかったばかりか,今回の判決を「常軌を逸した」とまで述べた。
 一審判決を覆すのは民事も刑事も容易なことではない。現在損害賠償請求を起こされている一般投資家に対してできる限りの賠償をし,様々な形で反省を示さない限り,二審で執行猶予になるということはありえないであろう。

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弁護士業の難しさ

 先日,和解のために裁判所の待合室にいたときのことだ。
 がさがさと,男女3人が入ってきた。聞くつもりはないが,待合室は狭いし,年配の女性が興奮して大声を出すので,聞くとはなしに聞いてしまった。彼女は当事者。裁判官から先ほど提示された和解案がよほど気にくわなかったようだ。
「裁判官は〇〇(相手方)がどれほど悪い奴か,全然分かってないんですよ」
 男女各一名は何も言わない。相づちすら打たない。であるからかどうか,女性はどんどん激してくる。
「〇〇は他に〇〇や〇〇もやってる(本当であるとすれば犯罪にあたることをいくつか挙げた)」
「まあまあ。しかしそれは本件の審理の対象とはなっていないですから」
 さすがに弁護士。ここは冷静に戒めた。
 紛争は同族会社の内紛と見た。相手方と争う株式の額は億に上るようだ。となると弁護士報酬も桁違いであろう(だから羨ましいと思ったわけではない。念のため)。

 このエピソードには依頼者対策の難しさが凝縮されていると思う。
 法律の素人と玄人の違いと言っていいかもしれない。裁判官が認定する事実は,法に基づき,またその裁判に提出された証拠に基づき,証拠にしか基づけないものである。当然,真実であるとは限らないし,ましてや一方当事者が真実であると確信している通りに認定してくれるはずはない。人はよほどの聖人以外は己を正当化するものだし,記憶は自分の都合のよいように変わっていくものである。
 だからあなたの思い通りには裁判所は認定しませんよ,とは言えない。お金を払うのは依頼者だ。その人にいかに満足してもらうか。法と正義に基づいて最大限の努力をし,玄人が評価する結果を出したとしても,同じように依頼者が評価してくれるとは限らない。本筋とは違うところで妙なこだわりがあったりもする。誰が見ても完璧な奥さんや旦那さんが当事者にとって満足とは限らないようなものだ(?)。極端に言えば,大きなミスをしても,それと分からず満足してくれることもあるだろう。医者もそうである。手術は失敗でも先生はよくやってくれたと思えば患者も遺族も不満はないが,最大限の説明をし施術をしても訴えられることもある。
 依頼者も様々だ。心情を思いやり,その個性・ニーズを考慮すること。それが今後の大きな課題であると思わされたエピソードであった。

 あと弁護士業で難しいのはお金の取り方。
 今ではそう間違えなくなったと思うが,振り返って,取りすぎたと思うのもあれば,それ以上に,取らなさすぎたものがある。取れるときには遠慮なく取っておかなければ,ボランティアでやろうと思うときに動けない。訴額で事件を選んではいけない。この案件でいくら,ではなく,1年で均していくら,あるいは2年でいくらくらいの感覚でやるべきこともよく分かってきた。

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執筆「法律事務所には無縁の人生。 平凡で波風立たない人生こそ幸せ。」

 考えてみると、弁護士はあまり、幸せなことは扱わない。
 例えば、結婚するとき、弁護士の所には行かない。いざ離婚になって初めて足を運ぶ。もっとも日本は世界中で最も離婚が簡単に出来る国なので、役所に離婚届を出しさえすればいい。離婚理由も別居期間も不要。証人2人のサインが必要だが、ゆきずりの人でも構わない。こうした協議離婚が9割を占める。
 残り1割が、親権・養育費、慰謝料、財産分与などで折り合わず、弁護士に持ち込まれる案件だ。まずは調停が起こされ、ここで9割が決着する。不調だと裁判である。裁判では、姑のことから夫婦生活の隅々まで洗いざらいぶちまけられ、まさに修羅の場となる。なので私は、裁判は決して勧めない。
 実は、離婚事件が苦手だという弁護士は多い。ことに男性弁護士はそうだ。弁護士の所に来るころはたいてい、事はかなりこじれている。中には理性的に順序よく話をしてくれる方もいるが、あれこれ悪口の出る人もいる。真相はどうあれ、一度好き合って結婚した相手を、あしざまに言うのは体裁のいいものではない。もし本当にそれほど悪かったのであれば、事前に見抜けなかったのは自らの不徳というものだ。また人間関係は、片方が一方的に悪いことはまずなく、どちらにもそれなりに言い分があるものである。
 もちろん、寿命の延びた昨今、合わない相手と無理に添い遂げることはない。金銭的に余裕があるのなら、何回結婚してもかまいはしない。ただ、離婚には結婚の何倍ものエネルギーが要るから、できればしないに越したことはないと思う。
 そのためにはどうすればよいか、と考えるようになった。まずは結婚前に、相手だけでなくその育った家庭をよく見ることである。とりあえず同棲をするのもいい。うまくいっているカップルにはどうやら共通項があるようだ。基本的な価値観の共有である。育った家庭の文化が似ていれば価値観も似る。それさえクリアして結婚したのなら、あとはとにかく大目に見ることである。
 仲良きことは美しき哉。長い歳月を経た仲のいい夫婦を見ると、本当にいいなあと思う。それなりにいろいろなことがあったのだろうが、それらをすべて乗り越えて今がある。
 幸せな人生というのは、平凡な、波風の立たない人生であるとつくづく思う。被害に遭わないことも含め、法律事務所には無縁の人生。とはいえこの節、遺言や成年後見など、賢く利用していただきたいと思うのである。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

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2月もそろそろ終わり

 先週末,東京マラソンが開催された日は,おそろしく寒くて雨が降りしきっていた。
 突発した仮処分申請のため,朝事務所に向かいながら,こんな悪天候をものともせずに走る方々は,よほど走ることが好きなのだと,感慨を禁じ得なかった。
 私はといえば,とうてい駄目である。いくらお金を貰ってもごめん被りたい。
 とはいえ,体は動かさないといけない。なので手始めに簡単なことからやることにした。まずはできるだけタクシーに乗らないことである。
 これはやってみると,すごいことであった。まずは当然に体を動かす。渋滞や運転手の態度の悪さ,道の知らなさにいらいらすることもなく精神衛生上極めていい。時間が読める。加えて,お金が節約できる。いいことづくめで,私はなぜこんな簡単なことに気がつかなかったのだろうと驚いている。

 仕事は,わっと忙しくなるときあり,さほどでないことあり。
 暇なときは,鋭意法律の勉強に充てている。上記の仮処分申請のように急に何が起こるか分からないので,前もって何であれ,出来ることは早めにやる。これは依頼者のためというより自らの身体・精神の健康のためなのだが,それが跳ね返って依頼者のためになる。
 どこの世界でもそうだが,大胆に言い切ると,形式を守れる人は実質もよく,形式を守れない人は実質も悪い。
 締切り日間近に書面を送ってくる弁護士がよくいるが,まず間違いなく,内容もよくない。能力の高い人は前もってやれるのである。よく分からないとすぐには書けず,遅らせに遅らせて,期日間際の見切り発車となる。
 忙しいというのは絶対に,言い訳である。と分かっているからできるだけそう言わないようにしているのだが,営業上忙しいと言ったほうがいいとき,あるいは公私を問わずお断りしたいとき,これは便利な言葉ではある。
 人間,好きなこと,簡単なことはすぐにするものである。

 ふと手が空いたのでこれを書いているが,とくにテーマがあるわけではない。
 なぜだかこのホームページ,時に急にアクセス数が増えるときがある。日に100件とか200件とか。この2?3日もたまたまそうなったので,そんなに見てくれるのなら,書かなければと思った次第である。

 死刑の言渡し人数がここ数年で増え,最近の統計では年40人を超えている。
 戦後の混乱時期を除けば,ずっと長い間,5人ないしせいぜい10人で推移していたから,これは一体どういうことなのだろう。凶悪事件が増えているという体感はあるし,日替わりのような残酷非道のニュースに接するにつれ実際そうなのだろうと思うのだが,本当のところはどうなのか。あるいは検察官・裁判官の量刑が厳しくなってこれまで無期懲役を言い渡していた事件に死刑が科せられるようになった故なのか。検証したいのだが,どなたかいい本なり資料なりがあれば,教えてください。

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