弁護士業務について思うこと

金曜である。金曜の朝快適に目覚めたときの心地良さといったらない。明日は休みである。とにかく仕事は一区切りなのだ。美容師さんに肩が凝ってないですね、と言われるほど、私はあまりストレスがかからない性格のようで有り難いが、それでも仕事から離れた時間は必要である。というかきっちり公私を分けて、切り替えをうまくしていることが、ストレスのかからない源であるかもしれないのである。

同じ弁護士業でも自宅と事務所が兼用だとか、事務所と自宅が余りに近ければ、たぶんそうもならないのだろう。21年前に事務所を決めたとき、ついでに自宅も近くに引っ越そうかと考えたことがある。実際近所の物件を探したのだが、どこも隣にすぐビルがあるとか空が見えなそうといった具合でダメだった。港区の、リビングからレインボーブリッジが見えて寝室の窓からは空が広がるロケーションとは、しょせん同じにはならないのである。そんな折、弁護士の先輩である女性が「近いとダメだよ。ある程度離れていないと仕事をずっと引きずることになる」と助言してくれた。正解である。後にストーカー事件を扱ったとき(被害者が顧問先の関係者だったので引き受けざるをえなかった)、自宅は知られていないことで、気持ち的に楽だった。当事者は遠隔地の人でもあり、電話では事務所に押しかけると言いはしたものの実際来られることはなかった。ストーカー事件に限らず、ストレスの多い事件を抱えている弁護士は大変だと思う。

弁護士関係の雑誌は、購読をしているのは『判例時報』のみなのだが、週に何冊も配達されてくる。ドットコムなどのメールも来るし、ざっと目を通していると、結構ためになることもある。いわく、弁護士の仕事は3つある。1つ目は事件(仕事)を取ること。2つ目はその仕事を遂行すること。3つ目は報酬を取ること。なるほどね。そんな風に分けて考えたことがなかった。勤務弁護士であれば事務所から給料を貰えるが(もちろん事務所は仕事を取ってこなければならない)、それ以外であれば仕事を取ってこないことには始まらない。サラ金の過払い事件はもうとうの昔に終わってしまったし、それ以外の仕事を、例えばネットを通してのいわゆる一見さんで数を増やして引き受けても、忙しくなるだけで、それが実入りになるかと言えば、もちろんそうはならない。だいぶ前だが、第一東京弁護士会綱紀委員会で一緒になった弁護士が、時間給15000円で10時間、15万円になるが、依頼者が精神病院に入ってしまい、払ってもらえない、と言っていて、びっくりしたことがある。

国会議員を経たからであるのは間違いなく、どれだけ感謝しても感謝しきれないのだが、顧問料だけで事務所の維持費を回していける態勢が最初から実現した。単発の事件も紹介者を通したものばかりなので、報酬の取りっぱぐれを心配したことはない。私が心配していたのは唯一、仕事の遂行だったのだが、検事からあっさりと弁護士に転職した先輩男性いわく「雛形がいっぱいあるし、それは全く心配がないよ」。そんなに簡単かなあと思っていたが、ちょっと面倒な事件は信頼できる先輩弁護士に相談をするスタンスで大丈夫やってこれたし、この20年、ほぼ思ったとおりの成果が導けている。一件、変な裁判官のお陰で敗けてしまったことがあるが(裁判は一審勝負で、二審で覆ることはめったにない)、真っ当な裁判官に多く当たったのは僥倖だった。そうそう、昨年末、なかなか払おうとしない依頼者に初めて当たり、そう言えば昨年初めにも一件あったのを思い出した。どちらも世間的には絶対的な信頼のある職種だが、やはり人によるのだなあ。

非弁提携(弁護士法違反である)で逮捕される弁護士のニュースはよくあって驚きもしないが、先般の弁護士は86歳とあって、さすがに唖然とした。本来は悠々自適の引退生活を送るべき年齢なのだが、弁護士に年金はないし、もし貯蓄をしていなければ、食べていくために弁護士業にしがみつくことになる。もちろん事件を依頼してくる人もいないので業者頼みのいわゆる名義貸しをしているわけだ。悲しい生き方だなあ。弁護士連合会毎月発行の『自由と正義』の末尾には全国の懲戒処分情報が載るのだが、時々元検事や元裁判官の名前に出くわす。私のかつての上司が2人載り、うち1人は3度も名前を見た。元同僚の名前も何度も見た。第一東京弁護士会の綱紀委員会に4年+懲戒委員会にも4年いたが、依頼者や相手方などが申立てをした事案はまずは綱紀委員会にかかる(ここはいわば検察的な立場である)ところ、そこで関係者を取り調べてほとんどの事件は落とされて、懲戒委員会に行く(裁判所に対する起訴のようなもの)のは40件に1件程度に過ぎない。つまり懲戒委員会で審理されているのは、ずば抜けた非行が対象なのだが、そのほとんどは「戒告」で済む。

問題はそれ以上の「業務停止」処分である。業務停止になると受任裁判も顧問先とも手を切り、事務所の看板も下げなければならない。一番短い1ヶ月だと、次の裁判は1ヶ月以上後だったりして辞任する要がなかったりするが、もっと長くなればそうはいかない。事実上業務が出来ないのだから、おまんまの食い上げだ。もともと困っているから変なことに手を染めたのだから、結局その停止期間中にまた何かやらかして発覚し、どんどん停止期間が長くなって(~2年)、その次は「退会命令」、究極は「除名」である。弁護士会費の滞納で退会命令になる弁護士もたくさんいる(弁護士は強制加入団体である)。たかだか100万円程度のお金を、親や知人が立て替えてくれないのか。せっかく弁護士になってこれではあまりに惨めすぎるし、そもそもこれからどうやって生きていくのか。40年前は2万人しかいなかった弁護士数が今や5万人である。反対に事件は増えていない。年に1600人も司法試験に合格させて(私たちの頃はずっと年500人を切っていた)、その後どうやって食べていくのか。衣食住足りて礼節を知る。弁護士になりたいという人はちゃんと今後の見通しを考えたほうが良いと思うのである。

弁護士は自由業で、飢える自由もあるが、時間など自分でやり繰りできる自由もある。そもそも社会正義に貢献できるので、素晴らしい職業であることは間違いがない。ただ、弁護士が収入の多寡を競い合うようになってはいけないと思っている。お金を稼ぎたければ弁護士ではなく、ビジネスをやればよいのである。弁護士なのにお金が目的になるのは、本末転倒である。余裕のある生活をして、余暇は体の健康、頭の鍛錬、幅広い教養を身につけることに使うべきだと思っている。法律知識だけであればAIのほうがもはや上ではないのだろうか。人間が法律を扱うということの貴重さは、人間性の裏付けがあってこそである。

先週の今日取材に応じて、原稿が送られてくるのを待っているのだが(そのために、その後もいろいろ調べた)、来ない。一昨日夕方の別の取材も私のコメントが送られてくるはずなのだが、それもまだ来ない。まあ、いいか。私が趣味として今嵌まっているのは(大相撲はもちろんだが)バッハである。バッハのインベンション2声15曲は中学生の時に弾いたので楽勝かと思いきや結構難しく、ようやく終わって3声15曲に移り、そのあとフランス組曲全6曲を終えてイギリス組曲に移っている。これが終わればパルティータか平均律に進んで、一応のピアノ(その頃ピアノはまだなかったが)楽曲をすべて終える予定である。バッハはどの楽曲も建築物のように美しく構築され、弾いていて大変心地が良い。次の時代の古典派はモーツアルト、ベートーベンと好きだが、実は私はショパン、ドビュッシーなどが好きではない。ショパンと同じロマン派でもリストはとても好きで、ことに『ラカンパネラ』や『マゼッパ』を綺麗に弾けるようになりたいと思っている。

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三菱UFJ銀行の対応に頭に来ています

頭に来ることは世の中、ちょくちょくあるが、昨日来た銀行員の対応ほど、頭に来たことはない。これを上回る出来事は、この後起こらないだろうと思えるほどに。非常識の極みである。

私は21年前(平成16年7月)今の事務所で弁護士を開業し、以後ずっと同じ所で仕事をしている。ドイツテレコムが引き払ったこの場所に一目惚れし、即決で契約したのは、その2ヶ月前の5月だった。その時点での勤務先はもちろん参議院である。事務所用の口座を開設しなければならないが、事務所に近い所の大手では他にみずほもあるものの、みずほには30年以上前から口座を持ち、収入も支出もほぼこちらで賄っているため(定期もある)、三菱東京UFJにしただけのことである(その後銀行名から東京が抜けた)。弁護士法人ではなく個人の事務所なので、口座開設の届出はもちろん、個人の自宅である。それは港区にあり、以来こちらも同じだし、電話番号も変わらない。とにかく個人情報としては超シンプルなのである。ただし、自宅(特に電話番号)はほぼ開示していないし、それは携帯も同じである(携帯番号は国会議員になる少し前に作って以来26年変わらない)。

以来この銀行・支店では純然事務所用の口座と、余剰金を移す個人口座と、その後に弁護士会の要求で作った弁護士の預かり金口座と、3つの口座がある。本意ではないが、少なくとも事務所関係ではどれだけお金があるか把握されているため、いつの頃からか、投資その他の勧誘に担当者と称するものが来訪するようになった。もちろんその前に事務所に電話があってアポを入れるのである。3年ほど前だったか、新しく担当になったという女性Kが「ご挨拶に伺いたい」と言ってきたのだが、それがなんと自宅の留守電であった(こんなことは初めてだ!)。自宅はもちろん日中不在だし、留守電は無機質の声である(事務所留守電は知人の女性に応答を入れてもらっている)。それが何度か繰り返されて頭に来てしまい、銀行に電話をしてその旨伝えた。あ、すみません…。元銀行員の友人にこの呆れた話をすると、「それは相当出来が悪い。かといえ、なかなか銀行も首には出来ないからなあ。担当を変えてもらうようにしたら」と言われたが、それも面倒なので、ついそのままになっていた。それからは事務所に電話があり来訪する際にはモルガンスタンレーの担当者も同行している。これで済んだはずだったのに、先月末、再び自宅への留守電である! ご丁寧にも「木曜は大学で不在だと分かっているのに電話をしてしまいました。また掛けます」。いい加減にしてよね。また連日の留守電があるのだろうと恐る恐る帰宅したら、数日後には事務所のほうに電話があった。自宅に留守電があったよ、と言うと、あれっ、間違えました…(自宅に掛けたという認識もない)。しれっとしている。まあそうだろう。それが大変なことだと分かる人であれば、そんなことはしない。

結局担当者を変えてもらうことになり、昨日、新しい担当者を連れて上司とやらが事務所に挨拶に来た。ここからが本題である。上司(支店の課長)も新担当者も女性だ。もちろんまずは謝罪をするはずなのに(それ以外に何の用がある?!)徹頭徹尾謝罪などなく、頭を下げることも全くなかった。いわく「銀行には自宅でのご登録を頂いています」。当たり前だ。会社ではないのだし、自宅での登録以外何があるというのだ。「で、この事務所は3番目です」「はあ。どこが2番目なんですか?携帯は知らせてませんよ」「携帯ではありません」「はあ、じゃあどこですか? 私の連絡先は2カ所しかないですよ」。そうしたら「調べます」とどこかに電話をしている。新担当者の若い女性が、私にその書面をそっと見せてくるので見たら、2番目の連絡先はどことも書いていない。「これ、どこ?…ああ、この電話番号は参議院ね。呆れた。参議院は辞めて弁護士を開業しているのだから、これは連絡先として存在しないじゃない。じゃ自宅が留守だったら、ここに電話をしていたわけ? これまでの担当者はすべて事務所にしか電話してきていませんよ」。この書面は、察するところ、最初登録するときに勤務先連絡先も書くから当初は参院だったので、それを入れた。そしてそれはなくなり、新たな勤務先は今の事務所なのに(21年)、何の考えもなく順番に登録をしたうえ、「登録先の変更届が出ていないのですから、自宅に掛けることになります」と宣ったのだ! 「うちの顧客には自宅しかない方もたくさんいますから」だって!? 

あまりに呆れてしまって、対応の言葉も出てこないくらいである。登録先の変更届って、自宅は変わっていないのだから、一体何を出すのだ? 日中は不在ですから、一番は勤め先に電話をして下さい、などという当たり前のことを、いちいち届を出さないとやらないというのか。この銀行以外、どこもそんなバカなことを言った所はない。それにこれまで一度もそんなことを言わずにおいて、自分たちが失敗を重ねた挙げ句に急にそんなバカな弁解を出してきたのである。実際K以外は事務所に電話をしていたし、誰も自宅になど来た人はいない。本人が捕まらないとどうしようもないのだ。「お宅ら、役所以上にお役所的なことを言ってるんですよね」と苦笑してやったが、全く通じない。とにかく変更届を出さないアンタが悪いんで、自分たちには何も非がないというスタンスを、決め込んで来訪してきたようだ。そう言えば、当初、30分欲しいと言っていたなあ。まさかあ、時間給で生活している弁護士が、そんなつまらないことにそんなまとまった時間を使うはずないでしょ。5分だって、勿体ない。

この課長は、とにかく自分は正しくて相手が間違っているとのスタンスだ。根っからそういう性格なのだろうね。自分の立場も分かっていないし、仕事では使えない、私的であれば付き合いたくない人間の筆頭である。K以外の担当者は誰も自宅に電話をしていないということのほうが不思議なくらいであるらしい。じゃあ、引継ぎでやっていたということかしら…?と呟いていたが、そんなイロハ情報を引き継がずに何を引き継ぐというのだ? 口座には弁護士の預かり金口座まであり、弁護士業であることは誰にでも一目瞭然である。それを自宅に電話をして当たり前、なのか? ちなみにその問題の書面には自宅の住所もきっちり書いてあるのだが、Kはこれまで一度だってそんな所に行ったことはないのに、昨年末にもまた電話をして、あれっとも思わなかったのだ。銀行員とか社会人としてというレベルではなく、普通の人間ではありえないレベルである。

そんなレベルはKだけかと思っていたら、なんとその上司までそうなのだから、これは組織自体の問題である。上記の元銀行員の友人に「頭にくるから支店長に言ってやろうかしら。もっと上の人も知っているから、そうしようか」と言うと、「ううん、それは時間の無駄じゃない。それらも同じような発想のはずだよ。小さい所だったら、そんなことをしていたら潰れてしまうが、大きな所なのでふんぞり返ってるんだよ」。本当に、こんなにエラそうな人は見たことがない。なんのために、なんの得があって、そんなにエラそうにしてるの? 偉い人はたくさん知っているが、エラそうな人は一人たりともいない。

サービス業というのは、相手が悪くて自分たちに非がなくても謝らないといけない職種である。今回の一連の経緯で、客である私には全く非がないのに、余計な時間まで取らせて、一片の謝罪もなく、登録変更届?を出さない客が悪いのだというスタンスなのだ。これはいちばんやってはいけないことだろう(と友人も呆れていた)。このうえは、投資してしまった金額を損をしないように回収し、それ以外は一切この銀行とは付き合わないと決めた。連絡も勧誘も不要です。弁護士業についてはこの銀行口座を変えるわけにはいかないが、それだけの付き合いだ。こんな不快なことになると分かっていれば、最初からみずほにしたのだが(支店は違うので)。

三菱UFJ銀行といえば、なんといっても貸金庫事件である。容疑者はこの度来た課長と同年代だろうか。貸金庫から行員が数十億円分?を盗み、それが何年もばれないなど、ありえないことである。貸金庫の信用ががた落ちし、他の銀行は怒っていることだろう。金融庁の厳しい処分が必須である。とにかくこの銀行は組織のガバナンス(などという大それたレベルではないにしろ)がなっていない。どなたかこの銀行の上の方、きちんと事態を把握し、謝罪をして下さい。一事が万事。他の顧客も相当怒っている方々がいるはずである。

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このところの私の生活ぶりについて

一昨年8月以降、お弁当を作るのが日課になっている。すでに1年半。お米は有り難いことに毎年美味しいこしひかりを大量に頂いているので、朝に2合炊いて(ビタクラフトを入手してからというもの、1合炊きでも本当に美味しい)、4~5回分に小分けして事務所に持参し、その日食べる分以外は冷凍しておき、電子レンジで解凍すればまさに炊き立てご飯なのだ。おかずはわざわざ作ることもなく、主に余り物処理でよい。たまにその日急に会食が入ったりすることがあるが、持参したおかずは持ち帰って夕食にする。とにかく、物を捨てるのが嫌なのは、母親譲り以外の何ものでもない。

昨年12月以降は家でおでんの常備を始めた。好物の大根、こんにゃく、牛すじは欠かさない。昆布で出しを取るし、我ながら名店にも負けない味だと思う。常備しておくと、夕食のサイドメニューになるし、お弁当のおかずにもなる。もちろん他の物も持参するし、スープなどの類いは事務所にも常備しているので、とてもリッチな昼食である。テレビを見ながら、あるいはラジオを聞きながら、広々した事務所で(イギリス大使館の裏にある!)お昼を食べるのはなんとも贅沢なことである。副次的効果として、お金がかからない。買い物はほぼカードなので、現金は、スイカのチャージと、医療費、それと郵便局とコンビニくらいのように思う。タクシーはとんと乗らない。美容院は現金だが、カラーを止めてすでちょうど4年。カラーをしないのでトリートメントも不要だし、1ヶ月半に1度のカットは6900円しかかからない。家で洗える物ばかり着ているのでクリーニングも行かないし、銀行で下ろすこともほとんどない。我ながら、なんとまあ堅実な暮らしぶりである。

洋服を買わなくなったのは、コロナの影響も多々あるだろう。今でも時たま買いはするが、すべて通販で、お店に見に行くことがない。60歳で着物に変えようと、思い立って着付けを始めたのは11年前、58歳の12月だった。ネット動画を見ながらなので苦労したが、着付け教室に行く気はもともと、さらさらなかった。習うより馴れろで、だんだん着実に上手くなり、今や着物50枚、帯50本、帯揚げ・帯締め(=和装小物)各40個くらいにもなる衣装持ちである。大きな桐の箪笥でもとうてい間に合わず、簡易な収納ボックスがいくつもあるのだが、整理好きなので、どこに何があるのか分からないとか、ついつい同じような物を買ってしまったといった失敗は、幸い、ない。この着物にこんな帯が欲しいとか(最近は名古屋帯愛用で、袋帯を名古屋帯と同じ長さの京袋帯に改造するのがマイブームだった)、この組み合わせには何色のこんな小物が欲しいと具体的に思わない限り、買うことはない。そもそもお店に行かないのでは、そんな思いつきも出てこない。この10年、着物に嵌まってずいぶんとお金を使ったが、いくらなんでもそろそろ飽和状態で、その結果小物に凝り始めたというのが実態である。着ていく所があるのは有り難いことである。

今夜は、久しぶりに「飲み会」である。20人位集まるのだろうか。午後7時スタートで10時までとあるが、私は10時には就寝態勢に入るので、9時には失礼させてもらう。このところ風邪も引かずに健康でおられるのは、睡眠をたっぷり取って規則正しい生活をしているからで、調子に乗って羽目を外さないよう気をつけたい。明日は別の雑誌の取材が入っており、そのテーマは夫婦別姓ではない(取材はその時ではなく、後の原稿チェックが大変である)。あさっては今場所2度目の大相撲観戦だ。あれよあれよと大関が連敗して、豊昇龍・大の里もすでに3敗。琴櫻などはすでに6敗で、勝ち越しもほぼ無理であろう。彼はなぜあんな大きな体をして、小兵相手にさえ四つではなく諸手差しを狙うのだろうか。万全の四つが取れたのは照ノ富士で(もちろん白鵬もそうだった)、横綱たるもの、相撲の王道である四つで、きっちりと勝てないと話にならない。今場所は、期待の綱取り場所どころではなく、10月のロンドン公演は横綱不在かもしれないのだ。

昨日は私は大学に行っていて取り組みを見られなかったが、9日目時点で、全勝は金峰山(カザフスタン)のみ。1敗・2敗もすべて平幕であり、おそらく平幕優勝になるのではないか。3敗の大関がこの後全勝して、好調平幕が上位に当てられて負けを増やすことも考えられないではないが、上位=強い、ではないどころか、不甲斐ない大関陣であることが、大きな問題なのである。

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『経営している美容院を誰かに譲りたいのですが…。』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2025年2月号

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新年になりました。大相撲初場所です。

早や16日。いつの間に…。先週の今日は大学に行って、後期の授業内試験を実施した。でもって今日は行かなくて済む。というか、実はこの3月に定年退職するので、それが文字通り最後の授業であった(この後教官会議などで何回か行くが)。定年退職は実はしたことがなく、これが最初で最後の経験になる。もし家裁調停委員を2年6期(=12年)で辞めていなければ、これまた3月で定年退職だったはずだが。

で鋭意、採点をし、成績登録を済ませ、追試が終わった後にアップする予定の「模範解答例・採点コメント」も作った。それやこれやで結構することがあり、明日(金)は事務所で午前、某雑誌の取材(選択的夫婦別姓が主になるらしい)。午後は自民党本部に行って(各種女性団体連合会理事会。だいぶ前からここの会長をしている)。事務所に戻って4時~兵庫県から上京される知人の相談をし、会うのは数年ぶりになるので、たぶん一緒に夕食を食べに行くことになるだろう。彼女のお父様は大変ダンディで素敵な方で、国会議員時代から懇意にしていたが、亡くなって10年以上が経つ。そのご縁が未だに続いている。3人の娘さんのうち2人を存じ上げているが、どちらも背が高く(明日来られる長女は私より高いくらいだ)、びっくりするほどの美人である。

新年になっての感慨がないのは今年に始まったことではない。食糧の買い置きをすることもなく、街の風景も変わらない。新年に見る番組もないし、淡々と一年が終わり、日付が変わるだけである。今年こそは何をするぞ、という新たな決意もなくなって、久しい。とにかく日々健康で、平穏に過ごせればよいと思っている。賀状じまいは事実上3年前からやっているが、その以前から、新年になる前に挨拶を書くことに心理的な抵抗があり、両面共に印刷して一言添え書きのみというのにも抵抗があった。結局賀状じまいの断りもせず、新年になって、来た賀状に返事を書くだけにしたら、どんどん貰う枚数も減ってきた。宛名まで直筆だと結構大変で(最近書かなくなっているので筆圧が弱くなり、万年筆がうまく使えなくなっている)、両面ともに印刷だけの人には返事を書かないことにしたら、とても少なくなった。賀状じまいを宣言してきた方もすでに多いが、今年の賀状にそう書いていた方も構あるので、郵便料金が上がった影響は多大と思われる。そうはいいながら、印刷でも近況を詳しく知らせて下さる友人知人の賀状は嬉しい。メールが分かっている人にはメールで返事を書いたり電話をしたりして、話が弾む。知り合って長年付き合いが続いているのだから、これもご縁である。

さて、大相撲初場所、初日に観戦に行ってこられた(いつもチケットを下さるA様、ありがとうございます!)。そのあとはテレビで観戦しているが、琴櫻がすでに3連敗して綱取りは消滅した。豊昇龍が4連勝、圧倒的な強さを見せている。土俵際逆転の投げでよく怪我もしていたが、先場所から前に前にの正攻法となり、相撲内容が変わった。もともと運動神経の俊敏さ、体幹がしっかりして、組んでも離れても相撲を取れることが強みなので、これがどこまで伸びていくかである。聞くところによると、四股すり足鉄砲の基礎練習を積んでいるらしい。あと大鵬の孫(貴闘力の息子)王鵬が力を付けている。三役にはおそらくなるであろう。期待の大の里がすでに2敗。出足のスピードが無くなった。脚が前に出ていない、どころか足が揃っていることもある(であればどんな巨漢でも倒される。相撲は相手のバランスをいかに崩すかの競技なのである)。私の相撲歴もいつの間にか21 年。場所に行ければベストだが、でなくてもテレビ観戦できれば、至福である。

思い起こせば、国会議員5年目に文科省政務官の話が来たが、自民党女性局長を続けたくて1年延ばしにさせてもらった。そして翌年の話は厚労省政務官だった。副大臣に川重勤務経験のある国会議員がおり、私の父も川重勤務だったご縁で、川重社長との懇親会に同席を誘われた。その社長と同郷の宮崎出身で、東京でビジネスに大成功したTさんと引き合わされたのだが、その方が大相撲の大タニマチで、最初お付き合いしたのが正面砂被り席1列目だった。当初は退屈だったのだが、4時半の待ち合わせを、私は4時から見たい、3時半から、3時から、とどんどん前倒しになった。今は2時半には行くし、もっと早い時すらある。当初はオペラか大相撲かと言われれば当然オペラだったが、今や躊躇なく大相撲である。いわゆるスー女なのだが、顧みて、私と大相撲との縁は厚労省政務官になったことからあるのだと、再認識した。ご縁というのは不思議だし、本当に有り難いことなのである。とにかく場所中は私はとても幸せである。

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