執筆「家庭の基本は食- 子どもの健全な発育を 育む日々の食卓」

 休日の夕方、台所にいたとき、聞こえてきた言葉に思わずはっとした。テレビ画面を見る。

「親の愛情は料理に表れますからね」

  有名な料理人。さすがずばり、いいことを言う。

  少年事件を扱っていて、家庭のひどさによく暗澹とさせられた。放任を象徴するのが「食」。まともな食事をしていないのだ。親というのは普通、我が身はさておき、まずは子に食べさせ、その健やかな成長を願うものであろう。家庭の基本は食にある。共に語らい、笑い合って食卓を囲んでこその家族である。それを、金だけ与えられて買い食いの生活では、誰だって心がすさむ。

  切れやすさはカルシウム不足のせいもある。牛乳や小魚、ではなくファストフードと清涼飲料水。これで心身共に健やかに育てというほうが無理である。

  人の愛情はすべて、言葉ではなく行動に表れるのだ。親の場合は、これ毎日の食である。愛されて育てば、人は、大切にされる自分という自己評価を育て、自らを大切にすることができる。犯罪や援助交際といった自らを貶める行為に走り、親を悲しませることなどできなくなるのだ。だが悲しいかな彼らは、親にさえ構われない、つまり誰からも放っておかれる自分を、心の奥深くで蔑んでいる。

  親が子になすべきことは、ひとりでもやっていけるよう基本的な生活習慣を身につけさせることである。挨拶、きちんと座る、人の話を聞く、嫌なことも我慢してやる……。規則正しい食生活もその一つだ。悪い例が、最近増えている子どもの肥満。肥満は生活習慣病の元凶である。将来も食欲と闘うか病気と闘うか、苦しい人生が続く。

  いい食習慣は人生の無形財産である。運動が苦手でダイエットもしない横着な私が、この二十年来体重がほぼ変わらない秘訣は、たぶん食習慣にある。厳しい母から嫌いな物も食べさせられたお陰で、偏食がない。好みは関西風の薄味。間食はしない。腹八分目で自然に摂取が止まる。すべて子どもの頃についた習慣なので、何の苦労も要らない。

  食卓で、母によく言われた。食べられない可哀想な子どもたちのことを。あるいはお米を作るお百姓さんの苦労を。母は農家の出身なのだ。食は、料理をする人だけではない、素材を作る人、素材そのものへの感謝の念と共にある。殺生を許さない宗教もあれば、神に祈りを捧げて初めて殺生を許す宗教もある。他の命を犠牲にして自らの命があることを知れば、人を傷つけたり、自らの命を粗末に扱ったりすることは決してできないだろうと思うのだ。

自由民主党月刊女性誌

『りぶる』
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