執筆「自由な時間をどう過ごすかが大切。 「定年後」の人生も充実したものに。」

 これが皆さんのお手元に届く頃はきっと、参議院選挙戦の真っ最中だろう。厳しい暑さの中、厳しい選挙戦を本当にお疲れ様、とまずは申し上げたい。
 私が引退して、ちょうど3年になる。今やニュースで徹夜国会、禁足、長時間の委員会審議と聞く度に、申し訳ないのだが、今の生活をありがたいと思う。その以前15年の検事時代も勤務時間が長かった。休みが欲しいと思うことはあっても休めないのが当たり前だったし、また働くことが好きでもあった。純粋に若かったのである。
 だが運命の変転により急に自由業になってみると、これが至って心地よい。すべての時間は自分の管理下にある。やりたいことの優先順位に従って、この日を空ける、この時間は空けると決めれば、あとは仕事をうまくやりくりすればいい(弁護士間では平日のゴルフコンペが盛んである。もっとも私自身はゴルフをしないのだが)。誰も文句を言う人はいない。
 齢50を過ぎ、友人たちとの話題に「定年後」が自然とのぼる。誰もがそれを恐ろしいものと捉えている。趣味といえば読書かスポーツ観戦程度では、膨大な時間は埋められない。生き甲斐となるほどの趣味を持つには10年やそこらの準備が必要だ。加えて男性は地域に足場がない。家庭にも居場所がない。一日中家におられては奥さんが辟易して離婚にもなりかねない。となれば、何か仕事を見つけるにしくはない。
 まずは団塊世代が大量定年を迎える。寿命が延び、本当の老後を迎えるまでの実に長い時を、どう過ごすか。誰もが定年のずっと前から考えておかねばならないし、国としても今後大きな課題となるはずである。そんなことを思う。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

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