執筆「60年の時を経て届いた恋文 過酷な時代に懸命に生きた人々の姿」

 寝しなにテレビをつけたら、なんとも感動的な語りに引きこまれ、最後まで見入ってしまった。涙が頬を伝う。テレビでは珍しいことだ。
 70分ドキュメンタリー、「あの夏?60年目の恋文?」。平成18年夏に放映されて反響が大きく、何度か再放送されているらしい。
 原作は、川口汐子・岩佐寿弥の往復書簡集「あの夏、少年はいた」(れんが書房新社)。小学4年生の岩佐さんは、奈良女子師範から来た10歳年上の雪山先生に胸をときめかせた。先生はお嫁にいき、実に60年後、ひょんなことからその消息を知った元少年、長じてテレビディレクターは、意を決して、長い恋文を書くのである。
「突然の手紙を差し上げるご無礼をお許しください。……あの昭和19年夏、ご本人の計り知れないところでこれほどまでに恋い焦がれていた少年がいたことを、素直に受け止めていただきたいと思うのです」。60年が一息に巻き返され、息もつまりそうになりながら、先生は長い返事をしたためる。朗読される手紙の、なんという格調の高さ、なんという美しい響き。文通は続き、2人は会う。番組にはお2人が登場する。互いの家族、そして教え子たちも。
 後に歌人・児童文学者となった先生が1ヶ月半の教生生活を丹念に綴っていた日記が番組を支える。魅力的な先生の情熱と活気に応え、輝く生徒たち。戦争という過酷な時代にあっても人は懸命に生きていた。人が出会い、思い出を作り、互いに想い合う素晴らしさ。懸命に生きる人はそれぞれに皆、美しい。
 しかし……別のことも思わされる。やはり、手紙にしくはないと。私の愛読書、宮本輝著「錦繍」は手紙文学の傑作だ。息づかいの伝わる手紙がすたれ、手軽なメールばかりでは人間関係も希薄になるはずである。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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