栃ノ心優勝に思うこと

今場所は10日目に観戦に行き、結びの一番で鶴竜の完勝を見届けた。鶴竜、危なげなく10勝。これまで引きやはたきで自滅していた、情けない弱い横綱はどこにいったのだろう。まさしくこれは変身だ。よくぞここまで見事に、身体的精神的に万全の自己改造をしたものだ。稀勢の里よ、鶴竜にこそ学べ! 平幕3枚目栃ノ心が1敗で続いていたが(鶴竜に負けたのである)、今場所の優勝は鶴竜で決まりだと信じて疑わなかった。おそらく日本中がそう思っていただろう。

ところが、どっこい。翌日から昨日までまさかの4連敗(今日千秋楽で豪栄道に負けると5連敗だ)。魔法が溶けて本来の鶴竜が現れたかのように、引いて自滅のいつものパタン(柔道じゃあるまいし、相撲はひたすら前に出るものだ!)、どころか力なく押し込まれてそのまま土俵を割る。これは横綱相撲ではない、どころか幕内の相撲ですらない。一応10勝はしたので直ちに引退を迫られることはないにしても、以前の鶴竜に戻ったのではその危機を先延ばしにしただけである。

平幕優勝の意味するところは、上位が情けないということである。相撲の番付はそれだけ厳しいものなのだ。優勝は横綱、せめて大関であってこそ、番付の意味はある。横綱は鶴竜だけ、大関豪栄道は昨日ようやく勝ち越し、高安は3敗(今日関脇御嶽海に勝てば12勝だ。準優勝)、関脇御嶽海もようやく勝ち越し(7連勝の後の5連敗は何なのか)、同じく関脇玉鷲は5勝(今日平幕5枚目隠岐の海に勝って6勝だが、来場所は平幕に転落する)。新小結貴景勝と阿武咲(共に21歳)は負け越して、これも来場所平幕落ちだ。関脇1つ、小結が2つ空くのを誰が埋めるか? まず関脇は栃ノ心(彼は2年前にも関脇だった)、小結は平幕筆頭ですでに9勝した逸ノ城が堅い。現在平幕5枚目で9勝済みの遠藤が今日栃ノ心に勝てば初の三役昇進は堅いだろうが、でなければ番付上位の琴奨菊、荒鷲、千代大龍、正代の誰かが今日勝ち越せば、無理かもしれない。

さて昨日、初場所14日目に1敗栃ノ心の優勝が決まり、平幕の優勝は6年前夏場所の旭天鵬以来と報道されているが、この時の優勝は今回と全く意味が異なるのである。大相撲幕内は2リーグ制のようなもので、上位グループは互いに総当たりだが、下位グループは上位力士とは当たらない。旭天鵬は下位グループにいて序盤3敗、白鵬がその場所珍しく不調で10勝しか出来ず、中盤までは優勝の筆頭候補だった稀勢の里が終盤に失速(結局11勝)、急遽下位の旭天鵬が優勝候補に浮上した。協会は慌てて割を組み直し、最後大関1人に当てられたが、結局横綱戦がないまま優勝したのである。なんか変じゃないの、これ? 当時、今以上に場所に通っていた私は、その優勝を素直に喜べない気持ちで一杯だった(実際、翌場所上位に昇進した旭天鵬は2勝13敗だった)。

今回は違う。前頭3枚目は上位グループであり、栃ノ心は上位と総当たり済みなのだ。そのうえでだから、胸を張っての優勝である。栃ノ心という力士にかねて注目していたのは、幕内にいた5年前(小結にまで昇進済み)、右膝断裂の大けがを負い、4場所連続休場して幕下下位まで転落したのを、幕下優勝2回、十両優勝2回を重ねて(対逸ノ城戦で連勝)、再入幕を果たしたからである。これぞ不屈の精神力。めげたことはどれほどあっただろう、もう止めようと思ったことも数知れないはずだ。それを乗り越え、自分に勝って、厳しい稽古を続け、1つ1つ着実に階段を駆け上がってきた。故障した膝は完全には治らないので、負担をかけないよう、勝負は早く終わるようにしているという。とにかく「前に前に出て」自分の相撲を取るのだと(鶴竜よ、よく聞け)。

家はジョージア(ロシア語読みでグルジア)でワイン醸造をしているという。欧州柔道ジュニア選手権の優勝者。中卒後専門学校に3年通って歯科技工士の資格を取ったという。相撲をやるため来日するとき、母親は行かないでと泣いたという。幼なじみの女性(レントゲン技師)結婚して昨年11月年末、女児が生まれた。ジョージアにいる妻は「頑張って」と日本語で伝えたという。帰国して家族に会えるのはまだ先になるらしい。奥さんは日本語を勉強しているという。栃ノ心、本当におめでとう。自分を信じて、志を曲げることなく、ひたすら努力を続けたあなたはなんと素晴らしいことだろう。努力が報われて、なんと嬉しいことだろう。我々はに彼に大いに見習うべきだろうと思う。今日千秋楽はテレビで見届けよう。

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