執筆「希望の実現に向かって努力する 作家活動がもたらしたもの」

 近頃とんと読書をしないことに気が付いた。読むのは新聞、仕事絡みの本・雑誌、加えて贈呈本だけだ。
 もちろんそれだけでも結構な量があり、相変わらず活字漬けの毎日ではあるのだが、かつては自ら欲求した本を、寝しなや通勤に読んでいた。その読書習慣が、いつのまにか抜け落ちている。それで分かったことは、私は生来さほどの本好きではなかったということである。心底好きなものは死ぬまで好きなはずだからだ。
 と理解して、気が楽になった。実は以前から、薄々気がついてはいたのだ。私の読書たるや、質量ともに、いわゆる知識人のそれとは比べるべくもないことに。ただ認めるのに抵抗があった。なぜか。
 ちょっとした文学少女だった私は、長じて小説を書くようになった。結果、幸運にも作家としてデビューすることができた。本当に、どれほど作家に憧れ、作家業を続けたかったことか。だが、私はまもなく筆を折る。無から有を産む芸当を職業とするには、欲求や努力だけでは足りない、才能が必要だと思い知ったのである。
 だが、冷静に考えて、私が現在あるのは、小説を書いたお陰である。検事で作家だったからこそ、政治家にとの声がかかった。ここで、決して出会うことのない方々を知ることができた。やめた後はすぐに独立開業ができた。運命の変転は、あの一時期の、何かに取り憑かれたような欲求と努力の賜なのである。
 なんだか「藁しべ長者」みたいだなと思う。一本の藁しべから、運命が幾重にも好転し、最後に長者になるという、私好みのストーリー。人生、まずは希望である。そして実現に向かって努力をすること。そのうえで諦めるのはいいが、やらない前から諦めてはいけない。

自由民主党女性誌 『りぶる』

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