着物生活,着物ブログ,生活スキルについて思うこと

昨日は今季ようやく2度目,着物を着た。準備→着付け→後の整理,を考えると,結構な手間暇がかかり,全く着ない人が多いのもよく分かる。出入りしている三越本店4階着物お手入れコーナーの男性がかつて声を潜めて言ったことがある。「着物は皆さん着ないはずですよね。なぜならばお金がかかるから」。確かに,ちょっと汚れて洗いに出すだけで1万円はかかり,しかも京都に送るからと1ヶ月は返ってこない。でもってせっかくの桜の着物が翌年まで着られなったことがある。披露宴や入学式卒業式その他,かつて着物が当たり前だった光景は今は昔,もはや完全に贅沢品・嗜好品の範疇である。

それでも私が着物を着るのは(YouTubeで自己流着付けを始めたのは9年前である),コーディネートの面白さ・多彩さが洋服の比ではないからである。ドレスもスーツも,インナーやアクセサリーや小物を替えてもさほど変わらないが,和服は着物だけでは未完成である。帯と一体として認識され,帯を替えると別物になるし,帯揚げ・帯締めのチョイスはセンスの問われるところである。そもそも形が全く同じなので,TPOに合わせてどの着物を選び,どの帯を合わせるか,それにどの小物を合わせるか,選択するワクワク感は洋服ではとうてい味わえない。加えて,平面の布を立体的な体に合わせるわけだから,どう着付けるか,そのテクニックも大いに貢献する。年数・場数を経て,だんだん上手になっているのだが,それでも毎回どこやらかに反省点があり,完成にはなかなか到達しないように思われる。

というわけで,日本中着物ブログはたくさんあり,着物プラス生活スタイルが綴られていて,楽しい。中で「紫苑」さんのブログは,本や映画の紹介など文化度が高くて文章も上手。そのご本人が今朝NHKのあさイチに出演するというので,見てみた。今,71歳。40歳で離婚して子供2人を育て,子供が結婚して独立したので64歳の時,郊外に築40年の一軒家を購入,年金月5万円余で生活しているという。手料理もよくブログにアップされているが,安い食材だというのに,栄養面はもちろん,美味しそうだ。今回初めて家を見たが,綺麗に整理され,インテリアも(高価なものではなさそうだが)実にセンスが良い。今後単身の女性(男性も)は増加する一方だろうから,この暮らし方は大いに参考になるだろう(ただ,家の価格は2000万円,息子と共同名義で購入したのでローンを組めたという。家賃月13万円がゼロになったと言うが,ローンも固定資産税も息子が払っているのだろうからゼロではない。健康保険も息子の被扶養者扱いなのかもしれない)。

「こと子」さんのブログも楽しい。この方は社会的地位の高い同い年の夫(発達障害があるそうだ)と一軒家暮らしの60代だが,お茶会や観劇などに着物を着て出ているようだ。園芸にも凝って綺麗な作庭をし,猫を3匹飼い,料理はこんな面倒なものを家で作るの?と感心するレベルである(だからこそアップするのだろうが)。その一方で,高価な反物から着物を仕立ててもらい,夫と高級料亭・レストランに出かけてはその料理をアップしている60代もいるが,この方の着物は色合わせも何もかもいつも同じで代わり映えがしないし,ただリッチな世界にお住まいだなあと感じるだけである。

さて,紫苑さんの言う「生活スキル」。人が生きていくうえで,これが大事だなと思う。勤めているとき,あるいは専業主婦の奥さんがいる男性には必要がなさそうだが,それでもいずれ勤めは辞めるだろうし,奥さんはいなくなるかもしれない。ひとりできちんと生活が出来るということは,真っ当な人生を送るに当たっての基本要素だと思うのだ。私自身はコンビニやスーパーでの総菜は(デパ地下のでさえ)味付けが濃いと感じるので,自炊をしている。お金もかからないが,それが太らないことや体調管理に繋がっているのは有り難い。弁当持参はこの8月来,日課になっている。料理が出来ること,無駄を作らないこと,掃除や整理整頓が出来ること,洗濯やアイロンが出来ること…。どれも小さい時から身についた生活パタンではあるが,努力次第で,大人になっても身につくものだと思う。

知り合いに,この人何かおかしい,と感じる人がいた。50歳前なのにすでに腹が出て,いつもどこかしこ体が悪いと言っている。肩や首が凝るので毎日マッサージに通っているそうだ(医療控除の対象になると分かったと喜んでいたが,そういう問題ではないだろう)。食べる物には興味がなく,私が評判の店に案内すると,「凄い」のコメントのみで,味はどうやら分からなそうだ。家では出来合いのものを,不規則な時間に食べているらしい。私方で冷凍してあった焼き鳥を外でその人に渡した際,「再冷凍はしないで。このまま冷蔵庫に入れて食べてね」と言ってあげたのに,帰宅後冷凍をして,その後仕事で遅く帰った日,解凍して食べたとのこと。忠告に反したことを伝えると,「そんなの言いましたっけ?」「もちろん。再冷凍はいけないとは誰でも知っているから普通は言わないけれど,知らないと思ったからわざわざ言いましたよ」「…美味しければ何でもいいです!」。

味音痴には微細な差は分からないだろうが,人のアドバイスは素直に有り難いと思わなければ,進歩がない。何より非を非と認めず居直るのは,悪性格の露呈である(金払いが良いのは長所であるが)。学歴も年収も高いのだが,大事なことが欠落しているように常々感じていた実態は「生活スキル」であったと思うのだ。生活=人生である(英語では同じ単語)。その人は,ひとり食生活だけではなく,整理整頓も不得手だし,住居はたぶんゴミ屋敷に近いのではないかと思う。そんなことはくそ食らえ,自分は大事な仕事をしていると思っているのかもしれないが,大した仕事は出来ていないはずである。なぜならば,きちんとした生活を送っていることこそが(芸術家などは例外として)普通の人の基盤だからである。

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