小説『パチンコ』及び漫画アニメ『鬼滅の刃』について

『パチンコ』は韓国系アメリカ女性リー・ミン・ジンが書いた小説である。書名から分かるとおり、パチンコを生業とする在日を軸に描かれる。2017年、栄えある全米図書賞最終候補作に残り、オバマ前大統領推薦と聞けば、興味が沸く。図書館に予約していたら運良く、年末休みの前に順番が回ってきた。読み出したら、これが面白くて止まらない…。すぐに下巻を読みたかったが、予約をしても2ヶ月ほど先になる。で、アマゾンでペーパーバック(全1冊)を注文したら、翌日午前中に届いた。なんとまあ便利な世の中であることよ。

直ちに下巻分から読み始めた。最初こそ頁を捲る手が止まらなかったのだが、そのうち、ウン?何これ?なんかおかしくない?そうした箇所がいくつか続いて(前巻にもあったのだが、翻訳のミスかもしれないと思うことにしていた)、そして遂に、唖然とする間違いが出てきた。ありえない! 話がムチャクチャだ。筋にもならない。これ以上とても読めない。せっかく買ったのに、途中でお蔵入りである。もちろん人にも勧めない。著者はアメリカの一流ロースクールを出た弁護士だというが、こんな基本的な誤りを、するか?

日本では戸籍がなくては結婚出来ない。子供の出生届も出せない。それは何も難しいことではなく、韓国(たぶん北朝鮮も)も同じである。韓国と日本は世界でも稀な、戸籍制度の完備した国である。韓国に至っては、日本よりさらに進んでいて、200年以上も前に遡ることが出来る。長く同氏同士の結婚禁止(同姓同本禁婚制という)が続いたが、さすがにこれは2005年の民法改正で正式に廃止された。金さん同士、朴さん同士のカップルは多いはずだが、その氏の発祥地が違えばともかく、同じであれば結婚できない時代が続いたのである。あなたはどこの金さん?と確かめたうえで恋愛するわけではないので、心中にもなるし、子供が出来ても戸籍に載らず学校も行けないので、社会的に大きな問題となったのである。アメリカでは教会への届出で済むのだろうし、州をまたげば別の国も同然なので、名前を変えて別人になって生きていくこともそう難しいことではないかもしれないが、いかんせん物語は日本及び韓国が中心である。

在日1世のヒロイン・スンジャ(何事にも勤勉で一生懸命で、美人ではなく無学ではあるものの、大変好感のもてる女性である)の長男ノアは、実父を長年偽られていたことに我を忘れ、母親を罵った挙げ句、苦労して入った早稲田大学文学部を勝手に辞め(ノアは、英文学では私の一番好きなジョージ・エリオットを愛読していて、著者もよく読んでいるなあと感心させられたのに!)、家族の前から姿を消し、完全に日本人に成り済ませ、長野に住む。実に16年後、スンジャが愛する長男をようやく訪ね当てたとき、彼は結婚し、4人の子供があると言う。在日であることがばれたら、義父に解雇されると言うのだ。そもそも戸籍がないのに、どうやって日本人として結婚できるというのだ!?

戸籍を買い取るか何かして、その人に成り済ますことは、出来なくはないにしろ、簡単なことではない。周到な計画を練らねばならないし、他人の戸籍を元に婚姻届を出したりしたら、公正証書原本不実記載罪(刑法157条1項。ちなみに5年以下の懲役又は50万円以下の罰金)となる。だいぶ前、殺人罪の時効期間15年(当時。今は殺人罪に時効はない)完成間近に捕まった女性が、逃亡中、内縁関係にもあったと話題になったが、それは内縁関係だからだ。指名手配中の者が正式な結婚をするのであれば、別人に成りすまさない限り、無理である。もし、スンジャら一家に戦前、日韓併合下において日本人としての戸籍があったとしても(もちろん韓国人としての戸籍はもともと整備されていたはずである)、敗戦によって彼らは在日となり、いずれにしても、少し調べさえすればノアの身元はすぐにばれる。

この小説はそうした事実を完全に無視している(としか思えない)。ノアは全く悩まない。適当な日本人名を名乗り、その日本人に成りきって、パチンコ店経営者の婿に収まった。内縁関係で子供もなければ可能かもしれないが、戸籍なしに、日本人として結婚することは出来ないし、もちろん子供も持てない。戸籍のことを別にしても、親はいない、親戚もいない、天涯孤独ということにして、すべての身上経歴を偽って、結婚出来るのか? 当然結婚前に身元は調べるし、スパイの厳しい訓練でも受けていない限り、完全な偽りの生活をそんなに長く続けられるはずもない。精神崩壊を来すは必定だ。

そもそも彼は、とても勉強好きな、親思いの、感心な息子だった。働きながら苦学して、やっと入学を許され、真剣に学んでいた。数年もの間持続していた文学に対する渇望の正体は、一体何だったのか? 異父弟に当たるモサズは、もともと勉強嫌いだったし、嬉々としてパチンコ店経営に携わっているが(肝心のこの資金がどこから来たのかは謎である。それだけではなく、事実を裏付ける記述はこの小説全般に欠けている)、自らは仮の姿のまま、ただ根無し草のように生きていくのか? スンジャが懐かしい息子にようやく会いに来た日、彼は猟銃自殺を遂げる。なんたる親不孝者。スンジャがどんな悪いことをしたというのだろう。生きるために必死に、ただ家族のために懸命に生きてきた母の思いを、完全に踏みにじった息子。そのキャラクターも生き方も一貫せず、小説として破綻しているように感じるのは、私だけだろうか。

さて、話題の『鬼滅の刃』のテレビアニメ版(漫画の1?6巻)を、通しで見る機会に恵まれた。時は大正、15歳の主人公竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は炭売りに出かけていた間に、母親と弟妹らを人食い鬼に殺されてしまう。生き残って鬼にされた妹禰豆子(ねずこ)を連れて、妹を人間に戻す旅に出る過程で、鬼殺隊のメンバーとなり、鬼退治に関わることになるのだが、主題は復讐ではない。鬼になった側にもそれぞれ悲しい過去があり、炭治郎は、仲間はもちろん、鬼に対してさえ、限りなく優しい。たくさんの人物が登場するが、それぞれのキャラクターは、決してぶれない。テレビアニメ版に続く映画版(漫画の7・8巻)を、是非見たいと思っている。

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