首相の靖国参拝など

 15日朝のテレビ各局はこれ一色であった。
 たしかに問題はある。東京裁判でのA級戦犯(侵略戦争の遂行者)の不明な手続きによる合祀。加えて,政教分離の問題。
 東京裁判が国際法違反の裁判であったことは間違いない。だが,日本はサンフランシスコ講和条約でその結果を受諾したし,やり直しの裁判も行ってはいない。靖国参拝への批判の中心は中韓であり(真の対戦国であるアメリカではない),対日戦略の一環であろうが,それをおいても,ここはあえて大人になり,経済その他への影響も考えて,静観すべきであったろう。ましてあくまで「心の問題」であり,納得できる説明もないのであれば,心で静かに参拝すればいい。
 首相は以前から靖国にこだわっていた政治家ではない。5年前の総裁選では関係団体向けに公約したとする人が多いが,有言実行の首相は,郵政もやった,自民党もぶっつぶした,残りはこれだとの意地で絶対に敢行すると読まれていた。ここには,国益という当然の発想が欠けている。
 それにしても,いつもながらのマスコミの姿勢には呆れるばかりである。外国のメディアが叩くのは仕方がないが,それに対しては,内政干渉だとしっかり主張すべきではないか。成熟した民主主義には国家のバックボーンがなくてはならない。

 送電線切断による大停電は,日本という国の脆弱性を露呈した。すぐにテロの標的になるのに,なぜ今,国会を開いてでもこの問題を討議しないのだろうか。

 ソ連による漁船拿捕は痛ましい結果となった。ただ,麻生外務大臣が早急にとった強硬姿勢は久々に気持ちがよかった。本来,これが当たり前の姿なのだが。
 総裁選は「消化試合」で,つまらない。自民党も人材不足ですねえ,とあちこちで聞く。昔はこんなではなかったと。一つは教育全般の問題(政界に限らず,どこもおしなべて人材不足である),政界に限っていえば,小選挙区を導入した弊害が極めて大きいと思う。現職有利で新しい血が入らないからだ。現職死亡・引退後はたいていその親族が継ぐ。今回の総裁選候補もみな世襲議員である。世襲で栄える会社は,ない。

さて,お陰様で,16日の発表会は無事終わった。

 完成度から言えばまだまだだったが,いざ本番ではさほど上がらず,いくつかミスはしたが素人さんには分からない程度であったらしい。止まらず最後まで弾けたことで私としては一応の合格点である。あと先生たちと食事をし,その後出演者たちと打ち上げをして盛り上がった。音楽を通して,純粋な仲間が出来て,嬉しい。
 2年半前レッスンを再開したときにはモーツアルトのトルコ行進曲ですら指が動かなかった。半ば諦めていたのだが,一歩一歩,確実に戻ってきた。今春杉谷昭子先生に習い始め,発表会にも出ると決めて,わずか3ヶ月で格段に上達した。人間,だから決して諦めてはいけないと,ことに中高年の方々に声を大にして言いたい。
 次に向けて今,熱情ソナタ,それにブラームス(「主題と変奏」),バッハ(パルティータ6番)を弾いている。相手のある仕事とは違い,ピアノは,自分がかけた時間とエネルギーが素直に成果となって現れてくれる。
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