新しい元号「令和」に決まる!

テレビを見ながらどきどきしていた。一体、どんな元号になるのだろうか? 「令和」──うん? 響きが冷たくはないか? だが、万葉集から採られたという。それまでは例外なく四書五経など漢籍が出典だったとは、知らなかった。たしかに漢字二字だと、和書から採っても結局その本家本元は中国ということになるからだろう。

日本最古の歌集・万葉集の第5巻。梅花の歌三十二首と序より、『初春令月(初春の令月にして)、気淑風和(気淑(よ)く風和ぎ)、梅披鏡前之粉(梅は鏡前の粉を披き)、蘭薫珮後之香(蘭は珮風(はいご)の香りを薫す)‥』。天平2(730)年1月13日、太宰師(だざいそち)大伴旅人卿の邸宅に集まって宴会を開き、ここに庭の梅を題としてまずは歌を作りたまえ、ということだった。続く歌は中国古典に由来するものが多いので、序文の中から採ったのは素晴らしい着眼であったと思う。一躍、太宰府が脚光を浴び、万葉集関連書籍が売れることになるだろう(私も早速注文した(笑))。

30年前の1月7日、私は横浜地検出勤中に、天皇崩御を知った。その前年から天皇は病に伏せられていて、忘年会もすべて自粛であったと思い出す。崩御すぐの「平成」発表だったので,特に新しい元号への感慨もなかったのだろう。今回は異例の生前退位を受けて譲位スケジュールが発表され、特別に1ヶ月前(!)の新元号発表とのことだったので、期待と不安が高まっていた。

昭和天皇の在位が丸62年と長かったので、平成は短期で終わるだろうと思っていたが、30年、ちょうどワンジェネレーションだ。天皇皇后は人間的にも素晴らしく、みなの敬愛の対象であったが、次はどうだろうか。これまでの来し方を思うと、残念ながらあまり期待はできないというのが本当のところだ。その次の皇位は秋篠宮家に移るが、今回の小室騒動を見るにつけ、期待どころではないというのがさらに本当のところである。私の周りには宮内庁が悪いという人も多いが、指示がなければ動けないだろうし、進言しても聞き入れられないのであれば黙るしかないだろう。

GHQは当然ながら天皇制の廃止を考えていた。結局は政治的権力のない象徴として残しはしたが、いずれ自然消滅になるべく、傍系宮家をすべて廃止し、直系のみにしたのである。江戸幕府将軍で正室の子は、初代家康を別とすれば、3代家光と15代慶喜のみである。慶喜は、御三家どころか御三卿出身だ(8代吉宗は御三家出身だが、側室どころか、使用人に生ませた末子であった)。天皇家が長らく続いてきたのも、側室その他いくらでもあったうえ、直系が途切れれば傍系を遡ることが出来たからである。

生物学的に見て、今の皇室では跡が続かない。女系を可としたところで続かないのは、イギリス王室を見れば歴然としている。チューダー王朝はエリザベス1世(悪名高きヘンリー8世の娘)をもって終わり、何代か前を遡ってスチュアート王朝になった。アン女王なども出たが子供が育たず断絶し、またまた傍系を辿って、ドイツから来たハノーヴァー王朝となったのである(ヴィクトリア女王はドイツ系の名前である)。旧宮家復活の話も時折出てくるが、国民の賛同が得られるとは思えない。天皇制も元号も日本の文化に根付いたことで良いことだと思うが、肝心の天皇制が続くのだろうか‥。

今週は花冷えである。満開の桜も散らずにもってくれるだろう。4日は入学式である。

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