4年ぶりの大雪、晴天の週末は松山に行っていました

昨日(月)は天気予報通り昼頃から雪がちらつき、早めの5時前に事務所を出た時には数センチの積雪だった。半蔵門駅ホームは見たことがないほど混み(間引き運転とのこと)、1本遅らせて乗車した。次の永田町駅で乗り換えた有楽町線はさほど混んでおらずすぐに乗車できたが(混むのは銀座線や丸の内線だ)、JR有楽町駅ホームは間引き運転もあって人が溢れ、これまた乗車は1本遅れだった。常とは違って車内は満員である。6時近くに田町駅に着くと、改札階にびっくりするほど人が溢れていた。ホームに降りるのが規制されて行列になっているのだった。東北大震災の時の、青山一丁目駅での光景を思い出す。常は30分少しの通勤に1時間以上要したが、それくらいは被害でも何でもない。

昨日は朝から雪用ブーツを履いて出た。ところがびっくり、帰りの積雪の中、ハイヒールで歩いている女性が実に多いのである! 足がびしょ濡れだし、第一、まともに歩けない。革靴を履いている男性たちも、一体何を考えているのだろうと思う。転倒による怪我が多かったというが、そんな格好では当たり前だ。スノウタイヤに交換しないで運転していた人もきっといたのではないか。

さて、この週末は松山にいた。実に30年以上前、東京地検から新任明けで赴任した所である。空港からのリムジンバスから見える堀端の光景が記憶に鮮やかだ。これからようやく一人前の検事なのだと、期待に胸を躍らせていた! 四国初の女性検事だったので(私は歴代38番目の女性検事である)マスコミがたくさん取材に来て、新聞各紙に載った。神戸大卒。やがて大学同窓のA氏が連絡をくれ、松山での大学同窓会に私も出席するようになった。10年近い先輩のA氏も法学部卒。県庁に勤めていた。読書家で気が合い、しょっちゅう飲み歩くようになった。

A氏の奥様もやはり気さくで、実に素敵な女性だった。広々とした敷地に長い平屋の一軒家に。本で溢れる部屋があった。よくお邪魔してご馳走になり、泊まったり、3人で飲みに行ったりした。元旦の当番だった時、大晦日に息子に殺された父親の死体解剖に出かける羽目になったときも、この家に泊まり、奥様お手製の美味しいおせち頂いた。一家そろっての夜中の初もうでも記憶に鮮やかだ。

この度は、松山同窓会での講演によばれたのだが、懐かしい空港にはその幹事である3年ほど後輩のB氏(やはり県庁勤務)が迎えに来てくれ、様変わりをしたという道後温泉にまずは案内してくれた。その後、A氏が定年後、長らくの夢を実現させて開いた東雲の古本屋に顔を出した。居抜きで買ったというこの店も早や10年続いている! 同窓会での講演・懇親の後はA氏B氏の3人で飲みに行き、翌日曜日は、A氏の奥様も入れた4人で、ゆっくりランチを取り、お茶をした後、B氏が空港まで見送ってくれた。天候にも恵まれ、3年半ぶりの松山を心より楽しみ、リフレッシュすることが出来た。感謝。

30年以上の付き合いがあるのに、この度初めて知ったことがある。3人とも神戸大学法学部卒だが、私はもともとは当時二期校だった大阪外語大英米語学科が第一志望だったのだ。ところが見に行ったらとても小さくお世辞にも綺麗ではなかったので相当に落胆し、2時間かけてここまで4年も来れないと思い、神戸外国語大学(市立)に志望を変えた経緯がある。しかし、本来すべり止めだった法学部(当時大阪外語大英米科のほうが偏差値は高かった)に合格してしまうともはや市立を受ける気がなくなり、そのまま法学部に入学した。その話をすると、なんとB氏も大阪外語大英米語学科を志望(神戸大学では私と同じESSクラブだったという)、A氏もまた同大学アラビア語学科を志望していたというのだ!

もし私が法学部に行かなければ検事になることもなく、松山に赴任することもなく、こうやって同窓生として巡り合うこともなかったという話になった。運命とは不思議なものだ。偶然の出会いの後、時空を越えて親しく付き合いが続くのは、なんと素晴らしいことだろう。「友あり遠方より来たる、また楽しからずや」、本当に気の合った人たちとの交遊ほど人生で素晴らしいものはないと思える。天候にも恵まれ、実に幸せな週末だった。さあ、今週はいろいろ大変だが、頑張ろう。

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