トランプ氏、問題の元保安官に恩赦の衝撃

アリゾナ州マリコパ郡のジョー・アルパイオ氏(共和党)は,1992年,選挙に勝利して同郡保安官(sheriff)に就任した。以来4年毎の選挙に勝ち抜くこと5回,2016年に民主党の対抗馬に敗れるまでの実に24年間,同郡の保安官で居続けた。

今85歳だから84歳まで現役の保安官だったわけだ。昨年の選挙に勝っていればさらに4年間。保安官就任が60歳という,日本でいえば定年であるのにも驚くが,いくら選挙とはいえ出馬制限がないのに,驚いてしまう。アメリカの最高裁判事が終身であるのは別として,年齢や人種,性別などによる一切の職業選択の差別を設けないことが国是なのかもしれない。

この保安官,全米に知られた有名人だったらしい。「米国で最もタフな保安官」と自讃し,毎月200回もテレビに露出していた。屋外にtent cityと呼ばれる劣悪な環境の拘置所を設置し,多くの人を砂漠の熱暑に閉じ込めていた。クレームが出ても「中東を見ろ。彼らは何も悪いことをしていないのに,もっと熱暑の中にいるんだ!」と吐き捨てたという。ろくな食物を与えず医療も受けさせず,女性たちを鎖につなぎ,人々にピンクの下着を着せた。犯罪者でもありえないが,彼らはそもそも罪を犯したのではない(日本では不法滞在はそれだけで犯罪だが,アメリカではそうではないという)。彼は,不法滞在の疑いがあると見なせば,特に中南米移民を標的に,「警備隊」に追いかけさせて身柄を拘束していたのである。でいながら肝心の職務である犯罪の捜査のほうは怠り,ことに,そういう女性たちが被害に遭った旨訴え出た性犯罪のケースでは,ほとんど捜査をせずに放ったらかしていたという。

まさか,ありえない! スクロールをかけてもかけても終わらない幾多の「罪状」を読むだけで,やりきれなくなってくる。どこぞの発展途上国や独裁国じゃあるまいし,先進国とされるアメリカの法執行官の実態が,これなのか。もちろん彼単独では行えない。部下が言うことを聞かなければ,あるいは知事など上の立場の人が止めれば出来なかったが,結局はそのやり方を支持する人が多いということである。そもそもが選挙に連続して選ばれているということ自体,まさしくその証左である。あな恐ろしや。法治国家日本ではありえない現実である。もしかしたら,それだけでも我々は感謝をせねばならないのかもしれない…。

もちろん,不見識者ばかりではなかった。2008年以降は裁判所からそうした拘束はやめなさいとの命令が下るようになり,民事訴訟もたくさん起こされ,郡が多額の和解金を支払うことになった。それでもなお氏は従来のやり方を改めようとせず,先月,連邦地裁から法廷侮辱罪の有罪判決を受けたのだ。この判決は上訴審で未だ確定せず刑の執行ももちろんまだなのだが,トランプはそんな氏に先週,恩赦を与えた! 大統領は無制限に恩赦を与える権限を持つから,法的には何ら問題はないのだが…。

トランプにとって,公然と人種差別をして人権を侵害する元保安官は,その職務を立派に全うした名誉ある公人なのである。オバマ氏の出生証明書が偽造だと最後まで強く主張し続けた人とあっては,トランプには大恩の人ではあるだろう。だが,先日の白人至上主義者による暴動事件への問題ある対処に続くこの恩赦は,トランプが自身人種差別主義者であり,アメリカの分断をあえて推進する大統領であるとのイメージを固めたといえよう。

さらなる根っこの問題は,法執行官が公然と司法判断に逆らったことを積極的に評価している点である。これはすなわち,アメリカの制度の根源をなす三権分立の否定といえる(ということにもおそらく気づいていないのだろうが)。そのこと自体は,就任来の移民排除大統領令を正当にも差し止めた司法を,彼が度重なって非難してきた事実からも見て取れたが,今回の件で決定的になった。それでもなおトランプを支持する白人層も依然多いという。だが,それもいつまでもつのだろうか。法を信じるものとして,最後はやはり正義が勝つと信じたい。

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