世の中のテンポの速さに思うこと

科学技術の進歩が速すぎて,ついていくのが大変である。今もスマホに変えていない私はよく,「あれっ,まだガラケー(ガラパゴス携帯)ですか?」と驚かれる。お洒落なシルバーに買い換えて2年未満。インターネット契約はしているので,外出先でもちょっとしたことは調べることができる。ゆっくり調べ物をしたい時には机に座ってパソコンを使うのだし,とくだん困ることはない。世の中,これ以上便利になる必要などないと思っている私は,おそらくアナログ人間であり,もう古代種になっているかもしれない。

電車の中で8割がスマホをいじっているという。と聞いて見渡すと,たしかにそうだ。7割はある。本や新聞を読んでいる人のほうがぐっと少数派である(私の場合は,通勤の乗り換えがすぐなので,ただぼうっとしていることが多い)。スマホで何か調べ物をしているのかメールを打っているのかとも思うが,そうではなく,ほとんどがゲームに熱中しているようだ。スモンビ。歩きスマホをする姿がゾンビのようなので,出来た造語らしい。たしかにスモンビをよく見る。歩いている間もゲームを止めれないであれば中毒だろうが,スモンビは今や世界中で蔓延しているらしい。率直に言って,ゲームなどに大事な人生を使うのは時間の無駄ではないかと思う。

本はもちろん,学生が新聞を読まないのは今や普通である。ニュースはネットで読めるし,紙媒体は高くつく。新聞を支えているのは70代をピークに60代であり,それより若い世代になるにつれ,購読者は少なくなっていく。親世代も読まなくては,新聞を読む習慣が身につくはずもないだろう。朝起きてまず新聞を読む,休みの日は新聞をゆっくり読めるので嬉しいという,我々世代の習慣はたぶん死滅していくのだろう。ネットを手段とすれば生き残ることができるとはいえ,従来の新聞業界は存亡の危機に立っている。

新聞だけではない。当初嘘のような話とは思ったけれど,自動運転の研究は非常に進んでいて,東京オリンピック開催の2020年には自動タクシーが実用化されるようになるという。人件費が不要になれば運賃も安くなるので,過疎のお年寄りらにとっては朗報である。自家用車もまた自動運転になれば,運転免許は不要だし,行き先さえ入力すれば乗車中に読書をすることだって出来る(もちろんゲームも出来る)。今現在は事故を起こせば運転手の責任でしかないが,自動運転車で事故が起きれば責任を負うのは誰だろうか。車だとして,製造物責任は今は有体物にしか問えないのでソフトに問うためには法改正も必要となる。怖いのはハッキングで,外部からの指示で運転を支配すれば事故も起こせるから,完全自動化に至るにはいろいろとやらなければいけないことがある。

それでも運転自動化自体は時間の問題である。となれば運転手は要らなくなるだろう。自動車業界そのものがIT業界に飲み込まれるかもしれない。新しい業種・業態が出てくることにより,当然ながら陶太されていくものも多くなる。AI やIoTがどれほど進んでも生き残ることのできる,人間でしかやれない職種・技術は何なのか。本当に,世の中のテンポが速すぎると感じる。10年一昔というが,今は3年でも,否1年でも一昔の感がある。ニュースのテンポも実に速く,1週間も遠ざかっていたら,これ何?という感じである。

とはいえ,そうは言っても,人間自体が変わるわけではないのである。喜怒哀楽も感動も古代からそうは変わっていないのが人間である。ゆっくりじっくり,人は育てなければならないはずなのに,テンポの速さに惑わされ,つい軽薄短小になりがちの昨今を憂えている。

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