解釈改憲、閣議決定により集団的自衛権を認めることは許されない!

昨日久しぶりにタクシーで帰宅をしたら、永田町は大きなデモで、警察官もいっぱい出ていた。もちろん集団的自衛権反対のデモである。本当に、よくぞまあこれほどの暴挙をしてくれたものだ。憲法9条は1項で「戦争及び武力の行使を永久に放棄し」、2項で「戦力はこれを保持しない。国の交戦権は認めない」と言っている。その下で作られた自衛隊については、当初違憲であると争われたが、どの国にも自然権としての自衛権があり、あくまで専守防衛のための最低限の軍事力であるとしてこれを認めてきたのである。

集団的自衛権は、例えば同盟国であるアメリカが他国から攻撃された際にこれを自国への攻撃とみなして武力を行使する権利である。「北朝鮮がアメリカを攻撃した際、日本が手をこまねいているだけというのはおかしいでしょう」と言っている議員がいたが、北朝鮮が近い日本への攻撃を飛び越えてアメリカを攻撃するなんてことは机上の空論であろう。「日本人母子がアメリカの船で救出されているときに攻撃されて日本が反撃できないとおかしい」との例も出されたが、日本人の救出であれば単なる自衛権で済む話であり、集団的自衛権など持ち出してくる必要もない。つまりはもって、どのような場合に集団的自衛権が実際に必須なのか、実現性のある例は一つも見出せないままである。

万が一的確な事例を見出せたとして、で攻撃をした、はい終わりといった簡単な話では済まないのである。ベトナム戦争、イラク戦争、アフガン戦争‥どの戦争も長引き、泥沼化したのは周知の事実である。始めるのは簡単だが終結は難しい、それが戦争というものである。だからこそどの国も戦争とならないよう最大限外交での努力をしなければならないのだ。戦争は外交の失敗であるから、正義が一方にだけあろうはずはない。イラク戦争では大量破壊兵器ありとの虚偽の情報を真に受けて日本も自衛隊を派遣することとなった。もちろんその時はまだ後方支援でしかなかったが、集団的自衛権が正面切って認められてしまえば後方支援では済まなくなる。実際、アメリカの同盟国は自国の兵隊を多数送り、たくさんの血が流された。自国及び自国民を守るためならばいざ知らず、彼らはいったい何のために誰を守るために尊い血を流したことになるのだろうか。おまけに、被攻撃国にとってみれば参戦国はすべて同じように憎き敵国となるのだから、当然にテロの対象となる。日本及び日本人が狙われることになるのは日を見るより明らかなのだ。

それでもどうしても集団的自衛権を認める必要があるというのであれば、国民にその旨きちんを説明をし、納得してもらったうえで、憲法改正という手続きによらなければならないのは法治国家である以上当然のことである。96条の要件が厳しすぎるので閣議決定によるというのではまさに脱法行為である。憲法の下位規範である法律ですら閣議では変えられない。もちろん法律制定・改正は国民の代表者によって構成される国会によるのであり、だからこそ国権の最高機関は国会なのである(41条)。それを上位規範の憲法であれば閣議で変えられるというのは、一体どういう思い上がり、見当違いによるものだろうか。閣僚には法律家もいるし、もちろん自民党にもたくさんいる。そもそも大臣、国会議員、裁判官その他の裁判官は憲法尊重擁護義務を負っているのである(99条)。言葉がない。

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