民主主義が危うい…超官邸主導の現状について

一昨日自民党本部で、ジェラルド・カーティス氏の講演を聞く貴重な機会があった。日頃私自身も感じていることが明瞭な言葉になった思いである。氏は最近の政治構造について2つの重要な変化を挙げられる。1つは顕著な官邸主導であり、他の1つは野党の分散・弱体化である。官邸主導には本来、官僚に対する主導と与党に対する主導があるが、大事なのは後者のほうだ。そう、以前にも書いたが、従来慣行として機能していた与党の事前審査が形骸化の一途にあるのである。

たしかに議会制民主主義の本家イギリスでは、政府=与党であり、与党の重要メンバーがそのまま政府の要員になっている。政府の要員になれない軽量メンバーは党の事務やらその他に携わる。いわゆるバックベンチである。ところが日本では、衆目の一致する財務大臣適任者が財務大臣になり、外務大臣適任者が外務大臣になるといったシステムにはなっていない(そもそもそういう人がいるのか自体も疑わしいのであるが)。そうではなく、当選何回とか首相のお友達とか、はたまた総裁選の報奨人事だとかで、適性・能力・経験に関係なく大臣は選ばれている(まして副大臣・政務官などはまさに適当だ)。

つまり、そもそもがイギリスなどとシステムの異なる日本では、与党が適正に機能しなければ議会制民主主義は成り立たないのである。地元に直結した与党の各議員が地元の声を吸い上げ、それを政策に反映するという調整機能を果たすのでなければ、政府の独断に陥りやすいわけである。現に今問題になっている集団的自衛権にしても、与党内でも反対の声が多いはずなのに、ほとんど聞こえてはこない。政府外の与党議員は今や政府の意向に従い、ただ賛成の一票を投ずるだけのバックベンチに追いやられている感がある。おまけに野党も機能をしてない現状では、健全な民主主義に必要不可欠なチェックアンドバランスがまるで働かないということになる。その不幸を受けるのはもちろん国民である。

こうなった原因は中選挙区制から小選挙区制に変更したことが大きいとカーティス氏は言われる。まったくもって同感である。中選挙区制の下では同じ与党内の議員がライバルだ。そこには多大の緊張感があるし、選挙によって能力のない者は陶太されていく。ところが小選挙区制では、たとえ無能でも1人しかいないのだからそのまま当選し続けることになる。ことに世襲議員が増えるので、当然ながら小粒になっていく。

そもそも日本においては欧米のような二大政党制は機能する素地にない。例えばアメリカでは先祖伝来強固な共和党支持者、民主党支持者がそれぞれに一定割合いるので、風が吹いて振り子がどちらかに振れすぎるということはありえない。ところが、もともと階層の違いなどが明確に存在しない日本では強固な00党が存在せず、ちょっとした風によって投票先も振れるが故に、先般も民主党政権が誕生した。その政権運営があまりに稚拙であったがために振り子は自民党に戻り、これから長い間他に触れそうな気配もない。

イギリスの小選挙区制を見ると、選挙区候補者は定まっていない。例えば、労働党が政権を取るとして、政府要員になるメンバーについては労働党が強い選挙区が充てられ、バックベンチについては弱い選挙区が充てられる。そして、世襲は一切認めない。選挙に出るとすれば別の選挙区からしかありえないのだ。この選挙制度であれば小選挙区制を採ったからといって議員の質が悪くなることにはならない。小選挙区制導入論者たちはこうして、自分たちに都合の悪い現実からは目を背け(結果国民を欺いて)日本の現実にも土壌にも合わない選挙制度を導入したことになる。すでに20年が経ち、「政策は語れても政治を知らない若い議員が増えた」(同氏)。

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