佐村河内守騒動に思うこと

まさに晴天の霹靂,現在のベートーベンともてはやされていた作曲家は実は詐欺師だった! 実を言うと彼のドキュメントは見たが,曲はほとんど聞いたことがない。だからどの程度の曲なのか判断は出来ないのだが,ことに交響曲ヒロシマは異例の売れ行きであったという。クラシックがそれほど売れることはないので,佐村河内(さむらごうち)氏は耳が聞こえない,その他の話題性故であろう。

自らの作曲ではなかったうえ,耳もどうやらちゃんと聞こえていたらしい。聞こえるのに聞こえないことにして障害認定を受ければ,自ずと各種手当てや特典がついてくるからそれはもちろん詐欺罪を構成する。その種の事件はことさら珍しいものではない。しかし彼の場合は,それを売りにしてレコード会社にCDなどを制作させ,テレビ番組にも応じていた。耳が聞こえ,かつゴースト作だと分かっていれば,どの相手も契約には応じなかったはずだから,やはり詐欺罪「人を欺して財物を交付させた」(刑法246条)を構成すると考えてよい。一人一人の購入者についてもおそらくは分かっていれば購入しなかったはずだから同様に詐欺罪になるだろうが,損害額が個別ではあまりに低いので,警察も一々取り上げないであろう。

詐欺は同時に不法行為(民法709条)を構成するので,レコード会社やテレビ局はそれぞれに生じた損害を請求することができる。もちろん各消費者も理論的には出来るが,損害額が低いので割には合わない。消費者が束になって訴えを起こせる,アメリカで広く認められているクラスアクションが日本にも取り入れられれば(今消費者の集団訴訟が検討されているところである)この限りではないのだが。

立派な作曲家から一転詐欺師に転落した本人についてはまさに自業自得であるが,18年間もゴーストをしていた作曲家についてはどうなるのか。障害者手当についての共犯にはならないが,曲を提供し,かつ少ないとはいえ報酬を貰っていたことによって他の詐欺罪の共犯にはなりうると考えられる。もっともこの間何らかの脅迫によって応じさせられていたという極めて気の毒な事情でもあればこの限りではないのであるが。

この詐欺事件は,例えば振り込め詐欺のような詐欺とは異質である。もっとずっと性が悪い,つまり犯情が悪質である。なぜならば,耳の聞こえない人(障害者)を貶め被爆者を貶めたからである。作られた話の信憑性を確かめることなく売らんかな精神で容易に乗ったメディアも情けないし,また彼なりその作品を高く評価していた人たちも情けない。漏れ聞くところによれば,曲自体はマーラーに似て音楽的にはとくに評価されるようなものではなかったという。

ゴーストは音楽大学の先生で,18年で20曲ほど作って,わずか700万円の報酬しか得ていないという。芸術家が食べていけない素地がそこにはあるように思われる。今回の騒動で最も気の毒なのが高橋大輔ではなかろうか。件の曲の一つがこのオリンピックで使われる。その良心の呵責に耐えかねて今回ゴーストが告白したらしいのだが,とばっちりもいいところである。ずっと怪我もあって本調子ではなく,今回は最後の五輪になる可能性も高い。動揺することなく最高の演技を披露してくれといったって,動揺しないほうが無理というものだ。今更振り付けも変えられないし曲も変えられない。とにかく気の毒としかいいようがない。

本来美しいはずの芸術の世界に,さもしい根性,さもしい金が入り込んだ。それがなんともやりきれない。

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