暑くなってきました、まもなく6月

連休が明けて、毎日何やかややっているうちに、まもなく6月、梅雨入り間近である。気温の変動が激しく、今日は30度を越えるとか。季節の先取り?ですでに格好は夏である。

ネットでニュースを読んでいると、知らないメーカーの夏服が横に勝手に出て来て(これって、読者の興味を自動的に分析しているのですよね?)、それが結構トレンディなうえ手頃な値段なので、気に入った服のブランド名と店舗を調べて、いくつか行ってみた。いつも思うが、人間って(私って?)好きなことには、感心するほど(呆れるほど)熱心である。寸暇を惜しんで、というのはまさにこのこと。服を選ぶ一番のポイントは素材の良さである。気に入れば、即決。あっという間にいくつも買うことがあり、本当に自分でも言うのもなんだが、いい客である。夏服にお金をかけても2年もすれば駄目になるし、スーツは暑いので、手頃な価格のもので十分である。でこの夏は、お洒落なクールビズ路線で行くつもり。

さて、連休明けからこの方、フランスでは39歳の中道マカロン氏が大統領に当選。隣の韓国では革新系大統領の誕生である。イギリスではメイ首相がブレグジットの大きな権限を国民から委ねてもらうために、めったにやらない下院解散に踏み切って大勝を当て込んでいたが、なんと最近労働党が追い上げているという。コンサート会場での悲惨なテロの影響もあるのかもしれない。また、トランプ大統領絡みではもう毎日いろいろなことが起こっていて、予測の出来ない時代に入ったことは確実である。

ニュースを追いかけていると切りがないので、せっかくの大事な毎日、もっとじっくりと過ごせないものかと思うことがある。そもそも自分が落ち着いていても慌てていても世界は何も変わらないのだ。もちろんそれは自分の心持ち次第なのだろうけれど、こう世の中のテンポが速くなってくると、泰然自若でいるのはなかなかに難しい。手紙をゆっくり書くこともなくなり、ラインやメールやツイッターの時代なのである。トランプ大統領など、一方的なツイッターばかりで記者会見にすら応じない。こういうのが人類の進歩だとはとうてい思えないのだが。

私自身の最近の大きなニュースは(本当につまらなさすぎて恐縮だが)お腹周りに肉がついてきたことである。冬の間は気がつかなかった。だが、春のスーツがうん?ちょっときつい?…疑惑を決定的にしたのは、1年ぶりに穿いたジーンズだった。入らない…まさか。息を大きく吸い込んでなんとか入りはしたが、苦しい。まずい。何年もの間、体重も体型も大して変わらない、食べても飲んでも太らないと、密かに自慢にしていたのだけれど、事態は急激に変わっていたのである。

原因は分かっている。ずばり、甘い物の食べ過ぎである。日中ならまだ良いのだが、寝る前にいくら美味しいからといって、調子に乗ってチョコレート2箱とかアイスクリーム3個とか食べていたら、そりゃあ太らないほうがおかしかった。あさって、大学で年に一度の健康診断がある。体重測定も1年ぶり。見苦しい数値は避けたいので、決心して、お酒も間食もばたっと止めた(飲み会の時は飲むが、量を減らした)。そして、半月。暑い日にビールなしで大丈夫か?こりゃあ戦いだわと覚悟していたが、拍子抜けしたように、まるで飲みたいとは思わなくなっている。つまり、これって、ただの習慣だったわけだ!? ちょうどうまい具合に、グルメ熱は止んでいる。グルメかファッションかどちらかを選べと言われれば、もちろん後者である。良い体型なしに良い服を着ても映えないし、服がきついのはとにかく不快である。快適な日々を過ごすために、食の節制にこれ努めようと思っている。

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『娘の忘れ形見の孫を婿が引き取りたいと・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる6月号」

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今治の連続殺人事件に思うこと

この連休に起こった事件である。5月3日、愛媛県今治市の市営住宅で、高齢者親子が殺人の被害者になる。包丁で刺されて母親90歳越えは死亡、息子70歳は重傷。その語る目撃状況では、見知らぬ中年女が入ってきて、いきなり刺したのだという。包丁は現場に残し、自転車で逃走したらしい。

そのちょうど1週前の4月26日、その近くで、やはり高齢の独居女性が包丁で腹を刺されて死亡する事件があったという。手口が同じなので犯人は同一人物の可能性が高く、捜査本部が設置された。翌4日、今治署は重要参考人として1人の女性を任意で調べ、関係先を捜索した。やはり大活躍の防犯カメラが、ちょうどその時間頃、自転車に乗った女性を捉えていたらしい。

さすが手早いね、と感心する。まもなくその女性は逮捕されるだろう。いつかいつかと気になってネットを見ていたが、ニュースはない。ということは、本人は否認のままで、逮捕状を取るだけの決め手を欠くのだろう(包丁から指紋は検出されなかったという。手袋をして凶器その他に指紋を残さないのは今や普通である)。お隣韓国では検察が被疑者や参考人をよんで徹夜で調べをしているが、日本では違法である。任意でいつまでも調べられるのなら、逮捕状を執行して48時間以内に送検(検察が逮捕をする場合も手持ち時間の48時間は同じ)という厳しい身柄拘束期間の制限を容易に潜脱してしまうからである。

つまり、逮捕状を取って執行できないのであれば、遅くとも午前零時までにはいったん調べを打ち切り、犯人を帰らせないといけない。こわい。帰らせて自殺でもされたらどうなるのだ?! もちろん、外からならともかく、中に入っての監視はできない。心配は現実になった。翌朝、捜査員が迎えに行った時、彼女は自殺していたという。遺書を残して…(後に分かったところでは「私はやっていない」という遺書であったという)。

あ?あ、警察は失態だったと責められる…。案の定、失態と書いている記事もあったし、家に帰らせるなら自殺されないよう見張っておかないとといった無責任なコメントもあった(どうやって見張るの?!)。結果として非常に残念ではあったが、確実な証拠を揃えないと逮捕状を請求できない現状では(裁判所から万が一にも却下されることのないよう、有罪とほぼ同視できるほどの証拠を揃えるのが実情である)、警察としては仕方のない対応だったように思う。

私が残念だと思うのは、最初の事件時になぜこれを直ちに他殺と断定し、捜査本部を設けなかったかということである。亡くなった独居の高齢者は腹部の刺し傷だけではなく背部にも刺し傷があったという。であれば自殺ではありえないし、割腹は市井の女性が取る自殺方法ではないし(男だって、あえて割腹するのであればそれなりに威儀を正すだろう。玄関近くで格好も顧みずに割腹など考えられない)、まして被害者には自殺の動機もなかったのではなかろうか。そして、この事件で直ちに捜査本部を設けていれば、犯人も自粛して、次の犯行を止めただろうと思われるのである。それをしなかったために、犯人は気を許して次の犯行に及んだ…。

彼女が真犯人であれば、次の犯行はもう起こらないだろう。とはいえ、被疑者の自殺は捜査関係者のいちばん恐れることなのだ。逮捕後の勾留請求の要件は、?住所不定、?証拠隠滅のおそれ、?逃亡のおそれ(刑事訴訟法60条)の3つ。自殺は証拠隠滅であり、究極の逃亡である。もちろん真犯人が死んでしまえば、危険性は永遠に除去されるので、危険な者を社会から隔離することに重きを置く考え方であれば、それで何の問題もなく、かえって司法手続きに乗せる手間が省けたとするのかもしれない。

だが、日本国民が司法に対して常に求めることは「真相の究明」である。そして、真実を一番知っているのは当の本人である。いつなぜ動機を形成し、方法を考え、どういうことをしたのか。犯人死亡は防犯には万全だとしても、それによって真実究明の機会が永遠に失われることを意味する。やはり連休中に殺人(及びわいせつ目的誘拐罪だという)で再逮捕された松戸事件被疑者についても、被害児童の父親が述べるように、「やったのであれば本当のことを話してほしい」のである。遺族はもちろん、それは全国民の願うところなのである。

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松戸事件(千葉のベトナム女児殺害)に思うこと

大型連休である。私は暦通りに出勤しているが、明日から尾道に帰省する。一年中でいちばん心地よい季節。健康であるお蔭で、仕事も出来、遊びも出来て、幸せなことである。

毎日のようにいろいろな事件が起こり、よく似た事件もあるので、どれがどれだったか混同することが、よくある。中で突出して衝撃的だったのが、松戸事件だ。ベトナム女児9歳が3月24日、終業式への登校途上で行方不明になり、翌々日、用水路から丸裸の死体が発見された。状況からして小児性愛者による犯行であることは明白だった。

通りすがりの犯行であれば、検挙に至るのはなかなか難しいだろうと感じていたが、千葉県警も懸命に捜査に当たり、3週間後の4月14日、犯人逮捕となった。なんと、顔見知り。どころか、被害児童も通う小学校の保護者会(PTA)会長だ! 児童の見守りを担う人間がその児童を襲って殺害するとは、まったくの想定外だ。絶句。

翌日か翌々日には送検され、まもなく20日になる。毎日気にはしているが、犯人は依然黙秘を続けているという。勾留満期が来ても逮捕容疑の死体遺棄だけで起訴をするとは考えにくいので、おそらくはいったん処分保留で釈放し、殺人容疑で再逮捕すると思われる。それからさらに20日の勾留。その間に犯人が喋り、事案の真相が少しでも明らかになればと願う。

犯人割出しの決め手は、道路に設置された防犯カメラ及び最近ことに発達したDNA鑑定だった(あとドライブレコーダーも)。女児の遺体からの犯人の遺留物、また犯人の車からは女児の遺留物が検出されている。つまり、一昔前ならば、同じことをやっても捕まらなかった確率が高い事件である。この種事件に目撃者は普通いないし、被害者が死んでしまえば犯人を言い当てる者もいない。つまり顔見知りの場合、最初から口封じのために殺害するつもりだった可能性が高いのである。同じ年頃の自分の子供もいて、よくぞまあ、自らの獣欲のために、何の落ち度もない、いたいけな児童を手にかけられるものだ。鬼畜の犯行とはまさしくこのような犯行を言う。

客観的証拠は揃い、黙秘のままでも起訴はされるが、なぜ黙秘をしたままなのか。黙秘をしたままでは反省の色がないとして、裁判では悪い情状に働くだけである(でなくても良い情状など一つもないが)。実は15年前、県境をまたいだ某市で、フィリピン人ハーフの女児9歳が行方不明になったままの事件があるという(殺人事件の時効はかつて15年だったが、すでに撤廃されている)。死体が出なくては殺人事件での立件もない。立件には、犯人が遺体を遺棄した所を自白し、その自白通りに遺体が発見されることが必要だ。さすれば、それは真犯人以外にはありえない(「秘密の暴露」である)。これが彼の余罪だとすれば(他にもあるかもしれないが)、今ここで喋ることは余罪につながる。1人殺した場合は無期懲役で済むかもしれないが、2人殺せば確実に死刑である。

被害者の数で量刑を決めるのは、以前よりいかがなものかと思っている。被害者の命が犯人より軽かろうはずはない。むしろ逆である。それよりも犯行の動機、情状、社会に与えた影響、何よりも再犯可能性が大事である。異常性欲は、残念ながら、治らない。相手が大人であれば自らを防衛することも少しは出来るかもしれないが、年端のいかない子供は無防備である。知らない人にはついていかないようにと親はしつけることはできるが、知った人にもすべてついていくな(PTA会長もダメだよ)と教えることはできない。社会に与えた影響の大きさ、その卑劣さ、そして他の犯罪とは比較できない再犯可能性の高さを思うとき、松戸事件だけであっても、十分に極刑に値すると信じている。

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『家業の後継者を実子にすると養子の長男をどうすれば・・・』

自由民主党月刊女性誌「りぶる5月号」

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