希望出生率がなんと1.5を切った!

 未だに元国会議員たちとの交遊が多くあるが、年配議員ほど「少子化」が一番の課題だと言っている。よく「少子・高齢化」と一括りに言われるが、自身健康な高齢者にとって高齢化が問題外であるのは当然であろう。だが、下の世代が生まれてこないと、労働力が足りなくなり、日本の活力がなくなる…。その分移民を増やして足りるはずはないし。どうやったら子供を産んでもらえるだろうか。自分たちの若い頃のように、夫婦が2~3人子供を作るのが普通であれば、少子化はありえないのに。たしかにそうなのだが、少子化は日本だけではない先進国すべての共通した課題である。

 3年前「少子高齢化」について講演をしたことがある。そのときのレジュメによると、「2022年の出生数は80万人を切った(1970年代は年200万人以上)。合計特殊出生率は1.30(2.07を超えないと人口は減少する)。先進国はどこも出生率が低下している(フランス1.84、イタリア1.24、ドイツ1.61 もちろんどこも移民の子供たちを含む)。韓国に至っては、なんと0.8!(2組の夫婦で1人の子供しか生まれないのだ!)中国も7年前に一人っ子政策を止めたにかかわらず出生率は上がらない(人口世界一は今やインドである)。出生率2以上なのはすべて開発途上国だ。そうした国では乳幼児死亡率が高く、国の福祉がないため老後保障で子供が必要だという背景がある。つまりは先進国においては社会保障が充実しているために、子供がいなくても老後に困らないのであり、人類の発展という意味においては歓迎すべきことなのである。

 これまでに政府が提唱してきた児童手当などの経済的支援の拡充、幼児・保育サービスの拡充、そして仕事と育児の両立支援に向けた働き方改革や育児休業制度の強化といった施策は、すでに結婚して子供を育てている家庭を対象にしたものである。前にテレビを見ていたら、ヨーロッパのとある国で、3人目の子供を産むと所得税?がずっと無料になるといった施策が開示されていた。それは確かに大きな旨みだろうが、税金を安くしてもらうために子供を産んであと虐待したり育児放棄したりしたらどうなるの、と思ったことがある。 

 日本での少子化の最大の要因は未婚化である。日本は未婚では普通子供を産まないのだが、結婚が減っているのである。1970年代初頭では100万組以上あった婚姻件数が50年後の2022年には52万組と半数になっている。ちなみに離婚件数は18万組と、3組に1組である。離婚時1人だった子供は次は再婚しない限りもう1人増えることはないのである。社会全体に結婚しない男女が増えている。50歳時点での未婚率(生涯未婚率という)を見ると、1970年には男性1.7%、女性3.3%だったのが50年後の2020年には男性28.3%、女性17.9%! つまり男性の3人に1人、女性の5人に1人が生涯未婚であり(もちろん高齢になって結婚する人もいるだろうが、少なくともそれでは少子化への影響はない)、将来的にもこの数字は上がるだろう。なぜ未婚化なのか? 

 といえば、非正規労働や低賃金などの経済的要因はもちろん大きいだろう。現に正社員男性では20%を切るのに、非正規では60%に上る。しかし逆に女性の場合は正規雇用だと25%(非正規は10%)と逆になるのは、経済的に足りていれば結婚を選ばない傾向が伺え、そうなると価値観や社会の変化に原因があると思わざるをえないのである。結婚しない男女は一人前ではない、とかつて思われ、世間体のために結婚をするということがよくあったが、その箍が外れてしまい、結婚するも子供を持つのも自由だわとなれば、結婚は自ずと減っていくであろう。今はコンビニその他が溢れ、男性の一人暮らしでも食事に困ることはない。反対に妻がいれば、いろいろ拘束も多く、一人のほうが気が楽だと思う人も多いだろう。

 表題の希望出生率というのは、結婚したい人が全て結婚し、子供は望むだけ生むとした場合に実現する出生率である。かつてはこれが1.8とされていたが(もちろん2.0を切っているので人口は減る)、1.46になるという(国立社会保障・人口問題研究所の2025年出生動向基本調査に基づく試算)。一つには結婚を望まなくなったのである。いずれは結婚するつもりと答えた未婚女性の割合は15年調査の89.3%から25年調査では77.8%に低下している。もう一つの要因は希望子供数の減少である。いずれは結婚するつもりと答えた女性が希望する子供の数は同じく2.02人から1.70人に減少したのだ。子供は1人でいいという人もいれば結婚しても子供は要らないという女性もいるのであろう。この数字は衝撃的である。人口減を食い止めるには合計特殊出生率を2.07以上にする必要があるのだが、結婚したい人がすべて結婚し、産みたいだけの子供が全て産まれても出生率が1.46に留まる以上、少子化は避けられないのである。

 ではどうするか? 3年前の講演の時にも指摘したが、人口減少は止まらない。1億2500万人の人口は2065年には9000万人になるだろう。これが労働力問題なのであれば、移民に頼るのではなく、女性と高齢者を活用すべし! 単純労働は機械・ロボットで代用する。老人の健康寿命を延ばす。徒な延命はしない。江戸時代は人口4000万人だったのだ。人口構成の壺期を乗り切るのは大変だが、それを乗り越えて釣鐘型に戻れば、今度はゆったり暮らせるようになると、考えを切り換えるべきではないのかと。

 

 

 

 

 

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シルバーウィークも今日で終わり…

 当初は東京を離れる予定だったのだが、諸般の事情で?変更。フルに東京にいる。土日は所要があって出ていたが、ずっと雨で寒かった。月(21日)はやはり一日雨で(台風でひどい目に遭った所も多かっただろう)、家にいた。午後はテレビで大相撲観戦とプロ野球観戦。読書も出来た。昨日(22日)も基本的に家にいて、相も変わらず大相撲観戦とプロ野球観戦。そして読書。自炊はもちろんして、私としてはこれがいちばん幸せな一日の過ごし方である。そして今日は朝から事務所に出ている。雨がパラパラしてきて、外は寒そうだ。念のため傘を持ってきて良かった。近頃は外出に傘を外せない。

 しかしなんで、お盆休みのあった8月に続いて、9月に5日もの連休があるのだ…と調べて分かった。土日は通常の土日である。21日は敬老の日。うん? もとは9月15日だったのを第三月曜に変えたからだそうだ。今日23日は秋分の日。これは天文観測によるので、春分の日と同様、特定の日があるわけではないが、例年9月22日~24日になるらしい(たしかにその頃だという頭はある)。じゃ、昨日22日は? 祝日と祝日の間を休日にするとかいう短い法律があった。あれは5月3日と5日の間の4日を休日にするために出来たのだとばかり思っていたが、別の所にも使われていたのである! 祝日が日曜に当たると月曜は振替休日になるし、そもそももともと日本は祝日の多い国だし、全体的に休みすぎだよと言いたくもなる。月曜休みが多すぎて、月曜の授業は単位が足りなくなるため、おおむね大学は通常通りやっていて、休みにならないことを知らない人も多いかもしれない。

 一日の楽しみは新聞を読むことから始まるが(ネットでも見られるが、紙が一番である)、毎日多くの公告が入っている。ちらっと見るだけで社会がだいぶ見えてくる。最近感じるのだが、時計の公告がやたらに多い。高級時計は窃盗や詐欺の対象になるくらいで、欲しい人が多いのだろうと分かるが、服と違って毎日着替える必要もなく、各自のステータスに応じて、ある程度の高級時計を1つ、せいぜい2つ持っていれば足りるのではないかなあと不思議に思う。そもそも時間を知るためにはスマホで足りるし、普通の価格の時計にも今は万歩計など各種機能がついていて、ファッショナブルではないけれど、その機能を見せびらかしてくる人もいる。つまりは高級時計のニーズは、俺は(例えば)ローレックスを買えるのだという見せびらかしなのであろうか。男性は女性と違って、アクセサリーはつけず高級ネクタイといってもたかだか値段は知れているので、凝る所といえば(英国屋仕立てなどの高級スーツは別として)時計くらいしからないからだと言われたことがあり、なるほどと思ったことはある。

 私はかつてファッション命というくらい好きだったが、アルマーニもマックスマーラも着すぎたし、コロナ禍を経て着るものが完全にカジュアル化したので、手頃な物が適宜あれば十分になった。エルメスのバッグ(例えばケリーバッグは中古でも100万円する。新品は手に入らないらしい)が欲しい、シャネルのスーツが欲しいなどは昔から思ったことがない。ここ10年以上着物に嵌まっていて、結果、大金を投資したが、一通り何でも揃ってしまったうえに、この暑さでは夏物を着る機会は例年1回程度しかないので、興味が霧散してしまった。宝飾品も一通り揃い、かつてオーダーして作ってもらったことがあったなど嘘のように、興味がなくなっている。食べる物もどこのフレンチ、どこのお寿司、懐石といったこともなく、体に良い物を適量食べたいし、それには自炊が一番である。かつてはザルツブルグ音楽祭に行きたいとか、メトロポリタン美術館に行きたいなど思っていたのだが、いつの間にかどこにも行きたいとは思わなくなった。家で静かに過ごせることが一番だ。何が欲しい、何かしたい、との欲求がありながら経済的な理由などから叶わないのであれば、それは大変なストレスであろうと思う。

 公告といえば、不動産の広告も非常に多い。買うつもりは全くないので、社会を知る参考程度に見ているが、東京中心部のマンションがあまりに高くて、びっくりする。億マンションといえばかつては豪邸のイメージだったが、50㎡中古マンションでそれくらいの値段なのだ! 普通の人の生涯収入は2億円程度のはずである(500万円×40年)。それも税金や社会保障費込みだし、生活費や子供の教育費などが要るのだから、かつかつである。老後2000万円問題をクリア出来る人がごく一部だというのに、なぜ住居に1億円を出せますか? しかもローンを組むのだから実際に払うのは何千万か増えるでしょう?しかも変動金利契約の場合にはどんどん増えるでしょう。35年ではきついといって今は50年ローンを組む人が増えたというけれど、30歳で購入して50年後には80歳。働いてもいないはずで、どうやって払えるというのだろうか。そもそも大事な一生、その住居のために働くのですか? マンションであれ一軒家であれ、20年も経てばだんだん傷んできて、リフォーム代が要るようになりますよ。買えば固定資産税が要るし、マンションの場合はさらに管理費・修繕積立金が毎月出ていくし、しかもそれは値上がりしていきますよ。と、相談をされれば私は明確にそう答えているけれど、聞いてくれない人も多い。

 結局それは「その人の欲求(価値観)」なのであろう。自分の家を持っているということがステータスなのだとすれば、私など、なんで買えるのに買わないの? 賃料をずっと払い続けるのであれば買えるし、勿体ないじゃない、ということなのだろう。家に払うのは使用料であり、所有ではないと私は思っている。自分の生活スタイルに合わせて家は住み替えられるのが一番だし、最後には施設に住むことになるかもしれない。かたつむりのように家を引きずるのではなく、どこにでも住めるよう身軽であることが一番である。とはいえ今はまだ大量の着物や服飾があり、ピアノも2台あって、物は溢れているのだが。

 若い頃、年を取ったら何をしたいかと考えたことがある。一つはお寺に入る。物欲から完全に解き放たれて質素な暮らしをする…に憧れたが、きつい修行は若い時じゃないと出来ないなあと分かるようになった。まさかお寺で寝っ転がって本を読んでいていいはずはないし(笑)。あと一つは小料理屋の女将さん。これも年を取ったらしんどいなあと分かるようになった。どれも若い時に憧れた話である。価値観も経年変化する。

 

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『持ち家を三男に遺したいのですが、兄弟間の相続はどうすればよいでしょうか?』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2026年10月号

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この度の皇室典範改正から天皇制について思うこと

 今回の皇室典範改正は世間的に大きな関心を巻き起こした。日頃は天皇制について考えていないであろう層にとっても。その多くは、女性女系天皇(この区別がついている人はさほど多くないのかもしれないが)を日本も認めるべきではないかということ。男女同権のこの時代に、これまでの歴史上男系男子に限ってきたとはいってみても、ヨーロッパ王室が次々と長子制に変えてきたことをみても、そして何よりも今上天皇夫妻に国民が馴染み、その一人娘の愛子様のオーラが半端なく、是非日本のトップ(元首)として世界に出して頂きたい…というわけである。その気持ちはよく分かる。

 その論調の背景にあるのは、どうやら現在既定事実とされている、今上の弟君である秋篠宮親王殿下→その長男の悠仁殿下と比べて、愛子さんのほうが優れているといったことのようである。しかし、次の天皇が秋篠宮親王になることは、2020年11月8日に立皇嗣の礼が行われていることからしてもはや既定事実であるし、その次がその子息である悠仁殿下であることも既定事実なのである。愛子様が次の天皇と言う人たちは、皇室典範を女子継承も可と大改正をかけたうえ、遡及効をかけるという主張になるのであろうか。皇位継承は人気投票ではないので、どちらがより優れていて、国の代表者に相応しいかを個別に決めるものではなく、決められた順位通りに進めていくものなのである。

 今回の改正の主眼点は、皇室メンバーがどんどん減り続ける中、皇室行事の担い手をいかに確保していくかであり、女性女系天皇を是として大改正をかけるかといった議論ではそもそもなかった。その結果として、皇族女子が結婚しても本人が望めば皇族でいられることが一つ(ただし夫と子供は平民のまま)、そしてこれまでは養子は不可だったのを旧11宮家出身者の中で15歳以上の未婚男子が望めば、現宮家と養子縁組をすることができることにしたのがもう一つ。どちらも確かに単純な数の上では皇族数は増えることに繋がる。しかしこの議論(というほど議論はなされていない)のついでのように、養子男子が将来結婚して男子が生まれれば(その子は皇族として生まれて育つのだから)皇位継承権を有する扱いにするということが物議を醸したと思われる。実際に、養子に手を挙げてくれる男子がいるのか、は未定であるし、その男子がいずれ結婚して男子が生まれ、皇位継承するほどの年齢になるのには30年やそこらはかかる。A氏が皇族である自分の姪を通して平安時代の藤原家になるのを意図していると巷間言われているのは、つまりは現実的な話ではないのである。

 600年前に現天皇家と血続きであった「養子」が皇位を継ぐのは、憲法2条にいう「世襲」とは言わないであろうと思うが、であっても皇位継承者が全くいない現実よりはマシであろうから是とすべきと言われれば、あえて否定はしないでおく。そもそもGHQが旧宮家の皇籍離脱を進めたとき昭和天皇には3人の弟君がおられたし(うち2人は子供を為さず、宮家は断絶した)、その後はなぜだかどの宮家にも女子しか生まれず、男系がこれほど早く途絶えることになろうとは予想されていなかったと思われる。であっても側室のない一夫一婦制では早晩皇位継承が行き詰まることは、自然の摂理であった。徳川15代を見よ。側室は一杯、御三家に御三卿といった分家を設けても後継は難儀を極めたのである。これまで長年にわたって歴代の天皇の血筋が続いてきたのは、もちろん数多の側室のお陰である。継承の際直系はむしろ例外で、傍系なり、何代も遡って、といったことでなんとか繋いできたのである。

 今のところ、悠仁殿下の次がいない。悠仁殿下に弟はいないし、また従兄弟を見ても男子がいないのである。となると、次の継承は、殿下が無事に結婚されて、無事に男子が生まれたという、極めて僥倖な場合に限られることになる。この世の中、皇后になりたいと手を挙げる女性がさほどいるとも思えないし、また不妊カップルは大変多い。男系が悠仁殿下以外おられないので、その場合は上記の「養子」に期待をするしかないのだろうが、それもレアケースであろう。私は、可能性をできるだけ広げるためにも、女子の選択肢をも含めるべきだと思うのだ。愛子さん佳子さん…その子孫まで可とするのであれば選択肢は少しは広がるであろう。もちろんそのためには皇室典範を大きく変えないといけないのであるが。急がないと、両者とも結婚して皇籍離脱をしてしまうかもしれない。なにせその夫・子供は平民扱いで自分も皇籍から外れて住民基本台帳に掲載されるというのが今回の改正なのだから。

 日本国民は天皇制が不可欠のものだと思っているのであろうか。あまりに馴染みすぎて、改めて考えもしないというのが本当のところではないのだろうか。日本国憲法を英語で読んでこれが日本の憲法だと分かる所以は「天皇」である。天皇のなり手がいなくなり天皇制がなくなれば、日本の国体が変わる。大日本帝国憲法には元首は天皇とあったが、日本国憲法にはその規定はない。それでも日本の元首は天皇であると外国では扱われている。天皇制でなくなれば共和制となるのだろう。万世一系の天皇は男系でないとダメなのよ、と大見得を切っているが、それが根こそぎ崩れてしまうのである。その場合、大統領を元首として国民の選挙で選ばれることにするのだろうか。そうなれば日本という国柄自体が崩壊し、悠久の歴史そのものが大きく埋没してしまうことになるのではないだろうか。

 

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『娘婿が浮気をしていました。離婚の条件や慰謝料はどうしたらよいでしょうか。』

自由民主党月刊女性誌『りぶる』2026年9月号

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