執筆「人の基本をなすのは国語 その力がものの考え方と感性をつくる」

 昨春から大学に通い始め、1年が無事に経った。
  後期試験は1月末であった(春休みが2ヶ月以上あるのだが、自分がそんなに長く休んだ記憶がない)。試験後1週間以内に採点をする。その数、3科目合わせて、実に600枚! 論述式問題である。
  と言うと、公立大学に長年勤める友人が絶句した。「私立は過酷だなあ。僕だったら絶対、穴埋め式にするね」。であれば、苦労するのは問題作成の時だけだ。採点は人に頼んだっていい。
  だが、どんなに採点が過酷でも、私は今後もずっと論述式にするつもりである。
  理由は、三つある。
  まずは、全体的な理解度が、文章を通してはっきりと分かるからだ。それが次期以降のより良い授業につながる。
  二つ目は、個別の出来がよく分かるからだ。
  毎回前列に陣取り、熱心に質問してくる学生とはすでに馴染みになっていて、大いに期待しているのだが、意外に大した出来でなかったりする。その一方、未だに名前と顔が一致しないのに、S(最上)評価の答案もある。そうした学生の前期の成績を見ると、例外なくS。つまり、出来る。いい答案に出会うと、文句なく嬉しくなる。
  三つ目は、学生に文章を書かせたいからである。論述式の試験をクリアすべきことが、彼らにとって文章を書く一つの動機づけになればと思うのだ。
  今時の若い者は……の例に漏れず、彼らの多くは文章が苦手である。
  論述式!? マジですか、先生。
  もちろんよ、と私はにっこり。
  ことに1科目(刑法総論)は必修だから、C以上の合格点が取れないと卒業できない。彼らには死活問題なのである。だから、心優しい私は、問題を授業中に教えたりするが、それでも多くの学生にとっては苦痛であるらしい。
  昨年来のベストセラー、藤原正彦著『国家の品格』にいう。初等教育は、「一に国語、二に国語」。
  国語は人の基本をなす。筋道の通った考えを持ち、適切に表現し、人を説得するのは国語力なのだ。そのために、本を読むこと。小中学生の時にどれだけ小説を読み、言葉を会得し、様々な世界を知り、感性を磨いたか。それがその後の人生を決めるといっても過言ではない、と私は思う。国語は、ものの考え方と感性を作る。つまり人間を作るのである。
  法律の基本は国語力です。まずは本を読みなさい。新聞を読みなさい。そう私は常々、学生に言っている。
  再び、4月。新しい学生と出会う。

自由民主党月刊女性誌
『りぶる』

カテゴリー: 執筆 パーマリンク