「自分が変われば人も変わる |
2009年 1月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| また新しい年である。 当然ながら、また一つ、年を取る。 悲しいことである。だんだんと皺やしみが増え、白髪も増えてきた。体もたるんでしまりがなくなり、動きが鈍くなっている。若い人は綺麗でいいな、羨ましいなと思う。若い時には気がつかないが、若いことはそれだけで素晴らしいことなのである。 ただ、冷静に考えると、加齢は悪いことばかりではないと思える。精神的にはむしろ良いことが多いように思う。私は成長が人より遅いのかもしれないが、ようやくに自分というもの分かってきて、ずいぶんと生きやすくなったのだ。 私は短気で、狭量で、完全主義者なのだ。だから他人を受け入れにくかった。だが、人にもそれぞれの考え方、生き方があり、みな一生懸命にやっているのだと思えるようになって、対応が穏やかになった。 自分が優しくなったからだろう、周りも私に優しくなった。自分が変われば人も変わる。自分が変わらなければ何も変わらない。本当に、もっと若い時にこの処世術が会得できていれば、人生もっと充実していただろうにと残念である。 人生の有限が見えてきだすと、すべてが愛おしくなる。今見ている何気ない光景もいつか必ず見えなくなる。今話している人ともいつかは話せなくなる。年を取ると涙もろくなるのは感受性が研ぎ澄まされてくるからなのだ。 とはいうものの、身体的にはやはりアンチエイジング(抗加齢)でいきたい。もともと堅い体が昨今ますます堅くなり、不自由になってきたので、体を動かすことを今年の目標にしようかなと思う。60歳でなお美しい前田美波里さんのようにはいくまいが、せめて努力だけはしたいものである。 |
||
「伝えられなかった感謝の言葉とともに |
2008年 12月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| おかげさまで、弁護士業も早や4年になる。この間、周りの人に大いに助けられてきたが、今年はとても悲しい年になった。格別お世話になった方が亡くなったのだ。 5月に食事の約束をしていたが、入院するのでと断りが入った。その後、電話で何度か仕事の話はしたが、4ヶ月後、突然の訃報となった。 最後にお会いしたのは3月だった。それが最後になるとは考えもしなかった。分かっていれば、どうしても言っておきたいことがあった。「本当にありがとうございました」。私がどれほど感謝をしているか、永久に伝える術はない。それが大きな悔いである。 生老病死。人は必ずや死ぬのだが、最後の挨拶ができないことがこれほど辛いとは知らなかった。思いきって携帯電話の登録を消したとき、二度と声を聞くことのない現実の重さが、胸に押し寄せてきた。 年齢のせいだろう、私の周りにも死が増えてきた。死因は断然、癌が多い。寿命が延びた分、かかりやすくなったそうだが、若くして逝く人も珍しくはない。自覚症状が出たときにはすでに手遅れ。それどころか、検診を受けたら末期だったという話もある。 余命あといくらと宣告されたら、私はどうするだろうか。行きたかった所に行くだけの気力があるだろうか。死に出の旅の準備を整え、周りの人にも気配りができるだろうか。否、自暴自棄になり、あたふたするだけで、とてもとても、そんなことはできそうにない。 明日がをあることを前提に、人はその日を生きている。だがしょせん、生は有限なのである。いかに悔いなく生きるか。結局はやはり、毎日を充実して生きることしかないのだろう。 身につまされて人生を考えた今年も、まもなく終わる。 |
||
「一流の総合芸術に触れる |
2008年 11月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 食欲の秋、芸術の秋。 最近、オペラにすっかり嵌っている。 ピアノを4歳から習い、楽器は何でも好きだったが、なぜか声楽は苦手だった。普通ではない声を張り上げ、大したことでもない愛やら恋やらを、大仰な表情で歌われると、こちらのほうが恥ずかしくなる……。 と言うと、大学の恩師からまじまじと言われた。「私はどんな楽器より、人間の声ほど美しいものはないと思っています」。彼は、当時の大ソプラノ歌手マリア・カラスではなく、大メゾソプラノ歌手、シミオナートの大ファンだった。 その後私は、徐々に、声楽も好きになった。歌曲もオペラも、どちらもいい。結局のところ、一流の歌手が歌う本物の歌は、素晴らしいのである。 ことにオペラは、演劇に加え、管弦楽と声楽から成る、総合芸術の極致である。ベートーベンは「フィデリオ」一曲、ブラームスはゼロ(いわく「結婚とオペラは諦めた」)だが、モーツアルト、ベルディ、プッチーニ、ワグナーなど、その演目は数多く、同じ物でも演出や指揮、配役によって別物になる。実に奥深いのである。 好きになるコツは、芸術すべてに共通することだが、とにかく一流に接することである。私のお薦めはアンナ・ネトレプコ。当代きっての美人ソプラノ歌手だ。71年、ロシア生まれ。今や実力・人気共に世界一で、歌えるオードリー・ヘップバーンとも称される。透き通った美しい声、正確な音程。清純派から官能派まで、幅広い役柄を自然にこなせる演技力。来日オペラは高くて入手が困難だが、DVDでもその魅力が堪能できるので、是非観てほしい。 愛と官能と死の世界、オペラ。きな臭いこの世をしばし離れ、夢の世界に浸るのは、精神衛生にとてもいい。 |
||
「世界の料理を洗練してきた日本 |
2008年 10月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 私は、自他共に認めるグルメである。 美味しい店の情報はメモをし、丹念に出かけていく。すごいエネルギー、執念だね、とよく言われるが、単純に、美味しい物が食べたいだけである。未知なる食材、未知なる美味に出会えば感激し、生きていてよかったとすら思えてくる。食欲は本能だから、まさに美味は、人生の醍醐味だと思う。 国外で出会った、とくに忘れがたい味を挙げる。パリ郊外でのフォアグラ料理。ジュネーブでのスープフォンデュー(鍋物)。日本でも食べられるオイルフォンデューやチーズフォンデューとは別物だ。そして、ベトナム・ハノイでのエスカルゴ。蒸して現地の調味料をつけて食べるだけの単純な代物だが、本場フランスのとは違う美味で、3人前を平らげた。 数え切れないほど行った海外で、数えるほどしか感激の美味に出会わないのは、国内で多種多様の美味に馴染んでいるせいだろう。イタリアンもフレンチも中華も、現地より日本のほうが美味しいと思うのは私だけではない。今や東京ほど、世界中の料理を、かつまた洗練度の高い料理を味わえる都市は、他にない。 日本での食は文化なのである。魚といえば単語が一つしかない国もあるが、日本では出世魚がいくつもある。山菜も様々に使い、食材が豊富。自然に恵まれ、自然と一体化した日本人の繊細さが食を育んできた。季節や食材によって器を選び、掛け軸を替えて、客をもてなす国。まず視覚から食欲に訴える日本料理からフランス料理が学んだことは多い。 耳は3代、舌は5代という。スナック菓子やコンビニ弁当で育つ世代に、文化は継承されるのだろうか。母の味は、愛情でもあり、また文化の継承でもあるはずだ。 |
||
「まもなく始まる裁判員制度 |
2008年 9月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 裁判員制について尋ねられることが増えた。 市民の刑事裁判参加は、陪審制や参審制など、先進諸国ではすでにお馴染みだ。日本では4年前、法曹人口の増員、日本版ロースクールの設置など、司法制度改革の一環として、導入が決まった。5年の周知期間を経て、来年5月に始動する。裁判官3人と裁判員6人が合議し、事実認定はもちろん、量刑も決めるのだ。死刑判決もある。 よく受ける質問からいくつか。 1. 誰が選ばれるの? 20歳以上の選挙民から無作為抽出。法曹など一定の職業は除外され、70歳以上や学生、介護や育児に多忙などの理由がある場合には辞退が認められます。 2. 出頭しない場合の制裁は? 10万円以下の過料(刑事罰ではなく行政罰)がありえます。 3. どんな事件を審理するの? 死刑・無期刑の定めがあるか、故意の犯罪で被害者を死亡させた事件、つまり殺人や危険運転致死など一定の重大犯罪のみ。年約3000件、刑事事件全体の3%程度です。 4. 審理の拘束期間は? 法曹3者が事前の話し合いで争点・証拠を絞り込み、3日を目処にしますが、難しい事件ではもっとかかるでしょう。 5. マスコミの取材や お礼参りは大丈夫ですか? 暴力団関係事件などは裁判官だけで審理しますし、マスコミも取材自粛を申し合わせています。日当は1万円限度、など。 とはいえ、実際どうなるか、始まってみないと分からないことも多い。 民衆が民主主義を「血と汗で勝ち取った」歴史を持つ欧米では、裁判参加は民衆の「権利」である。日本では「お上」への信頼が厚く、こうした制度は不要だと私は猛反対したし、未だに持論は変わらないが、ここに至れば、うまく機能してほしいと祈る気持ちである。 |
||
「治安の安定をも左右する |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 我ながらなんという卓見であったろう。「ワーキングプア問題」を取り上げたのは2月号。 年収200万円以下の貧困労働者が1000万人を超えた実態を捉え、私はこう指摘した。「貧困は古今東西、犯罪を生む最大要因でもあるから、治安対策にも必須の課題である。日本の治安の良さは、教育によるモラルの高さに加え、経済的な安定によって保たれてきた。」 5月、江東区マンションで女性遺体逸失事件が起こった。そして、6月。犯罪史上に残る秋葉原の大量通り魔事件が起きた。 犯人はどちらも派遣社員だった。 犯罪を個別に見ればそれぞれ要因があり、派遣だから、貧困だから、ということはないが、全体的に見れば、社会を映し出す鏡となる。契約更新があるのか、次の雇用があるのか分からない、明日が知れない人生は絶望と裏腹だ。秋葉原犯人は、25歳にしてすでに、独りぼっちの老後を描いていた。 「人は夢を失ったときに老いる」とは、ウェルマン『青春の詩』。負け組の人生が早くに確定すれば、自殺するか、さもなくば社会に怒りを爆発させるか。理不尽であるにしろ、犯罪予備軍がうごめている気配がひしひしと感じられる。 「必要な時に必要な人材を」。これは使う側の論理である。労働者は会社に搾取され、派遣業者にも搾取される。要らなくなったら使い捨て、では物と同じである。 会社の社会的貢献とは「何よりも雇用を作ること」だと、名企業経営者・永守重信氏は言う。寄附でもなければ、ましてリストラして利益を上げることではない。人は、能力より意欲だと彼は言う。 働く意欲があっても働く場を与えられない人たち。ワーキングプア問題は社会安定のために喫緊の課題なのである。 |
||
「身の丈に合ったお金を使い」 |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 美容院には月に一度、まめに行く。そこで高級婦人雑誌が読めるのはささやかな楽しみである。 ページを捲ると、贅沢な美の世界が広がる。世界や日本の観光地、美食の数々。ブランドの宝飾品や服飾品。値段を見て、びっくりするのは毎度のことだ。宝石は千万円単位、服やバッグも百万円を超えたりする。こういうのを普通に買っている人たちがいるのよねえ。少しの羨望を、たしかに感じる。 だが、手が届かない物はしょせん仕方がない。無理をしない範囲でお洒落はできるし、反対に、お金があれば素敵に着こなせるとも限らない。まして幸せかどうかは別ものだ。幸せとは、苦労なく与えられることではなく、あと少し頑張ったら手が届く、そのために努力しようと思える状態であるからだ。 しかし、世の中には、身の丈を超えて金や物を追い求める人が、結構いる。買い物依存症の人たちの心は常に飢餓状態で、借金をしてでもブランド物を買いあさる。詐欺で稼いで、パチンコやブランド物、高級飲食店でそれこそ湯水のように使いまくっていた女もいた。出所後はまた繰り返す。俗にいう「飲む打つ買う」は、犯罪に走る三大動機である。 先日、自己破産希望の男性から法律相談を受けたのだが、唯一の趣味の競馬、職業としての投資を続けたいとのこと。それでは債務の免責はされないだろうと答えると、困りましたと言う。それこそ困った人である。 生きていく背骨に金銭感覚があると、私はずっと思っている。生き方は金の使い方に如実に表れるからだ。何にどう、いくら使うか。ケチは駄目、さりとて浪費家も駄目。相性がいい人というのは金銭感覚が合う人だということも分かってきた。 粋な人、素敵な人は金の生きる使い方を知っている。 |
||
「世界に誇るべき名作「源氏物語」 |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 今年は「源氏物語」千年紀である。レディ紫の物語は世界初の長編小説なのである。 以後世界中で数え切れない小説が生まれたが、依然、世界十大小説の一つに挙げられる。それほどの傑作が日本で、しかも女性の手に成った。誇らしいことである。現代語訳で何度か読んだが、たしかに面白い。古今東西の名作すべてに共通することだが、時代・文化の相違を越え、そこには人の普遍性が謳われる。 天皇に寵愛され、嫉妬を買った挙げ句、早死にした美貌の母。光り輝く貴公子・光源氏はドンファンで、亡母に似た義母(藤壺女御)とも通じる。義母は不義の子を出産。源氏は、義母に似るその姪を幼少時から引き取り、理想の女性に仕立て上げる(紫上)。だが、腹違いの兄の頼みを断り切れず、その幼い娘を正妻に据えるのだ(女三の宮)。紫上の限りない悲嘆。そして、逝去。正妻は若い貴公子と通じ、不義の子を産む。因果応報こそが源氏物語最大の主題である。紫上に先立たれた源氏は女性にも関心を失い、やがて出家する。 当時の風俗も面白い。高貴の女性は外を出歩かないから、美しさはあくまで噂でしかない。恋心を募らせ、歌を交わし、従者が女中をうまく手なずけて、ようやく忍び込む。恋の成就である。だが、朝見たら醜女でびっくり、ということもある(末摘花)。女としては男が来なくなったらお終いなのだが、源氏は、一度契った女の面倒は見続けるという律儀さを持つ。 我々はもっと自国の文化を誇っていい。いや、誇るべきだ。金や経済ではなく、文化こそが世界共通の財産であり、最も尊敬を得られるものなのだから。まずは我々自身が知るべきなのだ。 |
||
「仏教文化を学んだら,目から鱗 |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 哲学、宗教関係の本をまとめて買い込んだ。 実はとうの昔からうすうす気付いていたのだが、西洋人の背骨にはキリスト教があり、その芸術を理解するには、歴史や宗教の理解が不可欠なのである。そのため遅まきながら、一般教養のレベルでいろいろと読み始めたら、これが実に面白いのだ。 旧約聖書(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の聖典)、新約聖書(キリスト教)、コーラン(イスラム教)、あるいはギリシア神話など。併行して、仏教関係の本も読み始めたところ、こちらは非常に言葉の勉強になると気が付いた。 日本語の日常の言葉には実に仏教用語が多いのである。その中にはサンスクリット語(古代インドの典礼語で、梵語ともいう)の表音をそのまま漢字に当てはめたものが多いという。例えば、嘘も「方便」、「阿吽(あうん)」の呼吸、あるいは「南無」(「帰依する」を意味する「ナマス」から)、またはシャリ(身体を意味する「シャリーラ」。真っ白な米粒が遺骨に似ているから)。 「しゃかりき」が「釈迦力」で、「ガタピシ」は「我他彼此」。我と他者、あれとこれというように物事を対立させ、縁起から離れて衝突を生じた様子である。僧服は黒で「玄人」、対する一般人は白い人の意味で「素人」であるなど、まさに目から鱗の連続である。 ちなみに京都の祇園は、平安時代に藤原基経が自分の屋敷を寺にし、インドの祇園精舎の故事にちなんで祇園社と名付けたのが起源であるそうな。また、「他力本願」は他人頼みの悪い意味で使われるが、本来親鸞の「他力」とは、阿弥陀仏の誓いの力のことである。 言葉は実に文化そのものなのだ。 |
||
「過去を思い,未来のために |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 立春を過ぎた頃、顧問先に誘われて、軍歌祭に初めて行ってみた。 今年で22回目だという。300人位いる会場は熱気でむんむんしている。多いのは年配の男性だ。前方で楽団が演奏し、それに併せて参加者が適宜ステージに出て合唱する趣向である。 トップは「予科練の歌」である。「若い血潮の予科練の 七つ釦は桜に錨 今日も飛ぶ飛ぶ霞が浦にゃ でかい希望の雲が湧く」。配られた歌集には作詞西条八十とある。あと知っているところで、「暁に祈る」「ラバウル小唄」「空の神兵」など、計10曲。 その後、「りんごの歌」や「青い山脈」など懐かしのメロディ10曲を挟んで、後半の軍歌10曲に移った。「麦と兵隊」「出生兵士を送る歌」、そして「戦友」となった頃、私も誘われて前に出た。 「ここは御国を何百里……」。3番「ああ戦いの最中に となりに居りしこの友の にわかにはたと倒れしを われは思わず駆け寄って」4番「軍律きびしい中なれど これが見捨てて置かりょうか しっかりせよと抱き起し 仮ほう帯も弾のなか」5番「折りから起こる突貫に 友はようよう顔あげて お国のためだかまわずに 遅れてくれなと目に涙」……。 私の目にも思わず涙が溢れてきた。若い彼らがどんな思いで戦場に赴き、そして戦ったか。お国のため。ただその一心で、彼らは有為な前途を抛ったのである。 その貴重な犠牲の上に今の繁栄がある。彼らに今の日本を見せられるだろうか。誇りある国家を、我々は将来のためだけではなく過去のためにも造っていく義務があるのだ……。 祭は、みな肩抱き合っての「同期の桜」で終わった。来年もまた私は来るかもしれない。 |
||
「より良い人生のためにも |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 大学で教え始めて3年、この秋冬は初の快挙を達成した。計14回の講義を一度も休まず、補講をせずにすんだのである。 体調がずっと良かったのは、偶然の賜では決してなく、毎日心がけて、健康を管理した成果だと思っている。 私はいわゆる腺病質の子どもで、勤め始めてからも風邪などはしょっちゅうで、皆勤の年は一度もない。入院も2度した。頑丈な男性陣(女性はあまりいない職場だった)には体力で負けるなあというのが実感だった。 自由業になって休めなくなり、徐々に、健康管理こそが一番の仕事だと思うようになった。 体調不良のほとんどは睡眠不足に起因する。と気がついて、夜の付き合いはほどほどにし、早めの帰宅を心がける。飲み過ぎない。就寝まであえて、ぼうっとする。風邪を引かないよう、うがい・手洗いの励行。人混みでのマスク着用。冷暖房対策として、別のインナー、ストールの携行……その他細々と、睡眠不足にならないよう、風邪を引かないよう、毎日気を配っているのだ。そう、健康は自分で作るものなのである。 副産物として、毎日が楽しい。良い睡眠が爽快な目覚めをもたらすしてくれるからだ。今日はいい日になる、頑張ろうと単純に思える。憂鬱な案件でも、楽しんでやろうと思えてくるから不思議だ。ましてそこに爽やかな青空なんぞ広がっていたら。幸せってこんなに身近だったのだと実感する。短歌の一つも浮かびそうになる(実際はなかなか出来ないが)。 英語では人生と生活は同じである(Life)。良い人生を送るとは、すなわち日々の生活の質を高めることのように思う。 |
||
日本の未来のために |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 事件や社会問題が起こりすぎる昨今だが、中で私がことに憂えるのは、ワーキングプア問題である。 すなわち、「働く貧困層」。正社員並にフルタイムで働いても、生活保護の支給額以下の収入しか得られない就業者のことをいう。この日本で、年収200万円以下の労働者が2006年、21年ぶりに1000万人を突破したという。労働人口3100万人に対し、実に3分の1を占める。この中には配偶者控除のためにあえて所得を抑える人たちも入るだろうが、それにしても驚くべき数値である。 企業は、バブル経済崩壊以降、消費の減少、デフレの進行の中で、人件費削減を推し進めていく。賃金の高い正社員の新規採用を抑制し、代わりに、アルバイトやパート、契約社員、派遣社員といった非正規社員の雇用を増大させている。彼らはどれほど社会経験が豊かでもキャリアとは認められず、正社員への道は低く閉ざされている。片や正社員も安穏ではなく、会社の倒産やリストラに遭えば、国家資格や特別な技能なくして、再びの正規雇用は至難の業である。 年収200万円で家庭を築き、将来設計を描くのは不可能である。少子化の解消を唱えるのであれば、まずはこの労働者問題を解消することだ。貧困は古今東西、犯罪を生む最大要因でもあるから、治安対策にも必須の課題となる。日本の治安の良さは、教育によるモラルの高さに加え、経済的な安定によって保たれてきた。終身雇用は社会保障であり、最も有用な社会インフラなのである。 ワーキングプアは格差社会の反映でもある。労働が正当に評価され、不公平・不公正のない社会。そんな社会をこそ政治は目指さなければならないと思う。 |
||
「笑う門には福来たる」 |
2008年 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 悩みがないのだろうとよく言われる。私に会うと元気が出るとも言われる。大きな声で喋り、よく笑うからであろう。ありがたいことである。 もちろん人間だから悩みはあるが、楽天的な性格のお陰で、深く落ち込まずに済んでいる。これがもし悲観的に生まれついていれば、どれほど大変なことか。人の持って生まれた性分は、その適性や能力と同様、努力次第で簡単に変えられる類のものではない。 幸いネアカの私だが、近頃はやはりそれなりにストレスを感じることがある。仕事が仕事だし、一人でやっているから大変なのである。そんなときはたいてい、悪いことが重なる。普段だと簡単に乗り切れることが、思わぬ障害になるのである。最悪の場合、私は誰にも必要とされていないとまで思い始める。これで根が弱ければノイローゼになったり自殺したりするのだろうなと理解ができる状態である。 負の連鎖を断ち切るために、どうするか。試行錯誤して、意外と簡単な方法を会得した。親しい人を誘って食事をすることである。美味しい物を食べて笑っているうちに、旺盛な食欲も、ネアカの私も戻ってくる。人は人によって傷つき、それでいて人によってしか癒されない存在なのであろう。そう思っているとき、哲学者ニーチェの言葉に出会った。 「幸せであるためには幸せでなければならない」 言葉は違うが、そんな意味であった。悩んだ顔、苦しい顔は人を遠ざける。幸せをよぶためには自らがまず幸せであること。トートロジーのようだが、真理である。 そう、「笑う門には福来たる」。それが今年のモットーである。 |
||
読む度に心が洗われる本。 |
2007年12月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 本を読め読めと人に言うわりに、私自身は実は、さほどの読書家ではない。本屋にはあまり行かず、必要な物は注文で済ませているほどだ。仕事柄毎日活字に親しんではいるが、趣味で読む物といえば音楽関係くらいである。 そんな私が、十年ほど前までは小説を書いていたのである! 子どもの頃から本はよく読んでいた。自ら書くようになって徐々に、作家の資質として必要不可欠な、細部にわたる描写能力が残念ながら私には欠けていると自覚し始め、それとともに読書量が減った。 もちろん、話題の本を買って、上手いと感心したり、情報量に感謝したりはするが、再読となるとめったにない。そんな本は誰でもせいぜいが一割程度らしい。つまり、本の賢い利用方法は、借りて読み、中で、手元に置きたい本だけを買うことなのだ。そうしておけば本がどんどん増え、置き場所に困ることもない。 徐々に賢い利用者になったのか、私は今、とんと本を買わない。日常の時間がふっと空いて、心が別の世界を渇望していると感じるときは、自分の本棚に手を伸ばすのである。 古今東西の歴史物、古典物。何度読んでも、頁を捲りさえすればそこには新鮮な世界が広がる。日本の近代では夏目漱石、新しい所で藤沢周平。読む度に心が洗われる。名作の名作たる所以であろう。 はて、名作の本質とは何だろう。と考えていて、思い当たった。今、流行りの「品格」という言葉。音楽でも絵でも映画でもすべて、本物には品格がある。真摯に、まっとうに作品に取り組む姿勢、そして真の才能。感動こそ人の生きている証、そして感動は時代を超えて、普遍である。 |
||
積み上げた経験が生きてくる。 |
2007年11月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| このところ、実に堅実な生活を送っている。顧みてこれまで、夜の飲み歩きは当然のこと、ブティックも気分転換にしょっちゅう覗いていた。結果、時間もお金もずいぶん無駄に使った。 堅実になったのは、残りいくらの有限の時間を大事にするようになったからである。また、自由業は給料生活の時よりお金の有り難みが如実に実感されるからである。加えてこと服に関していえば、自分に似合う物、似合わない物がようやくに分かったことが大きい。 私はお洒落とたいそう縁が深い。神戸育ち。洋裁を仕事にしていた母。物心ついたときからモードは私の生活の一部だったのだ。以来、膨大なエネルギーと時間を費やした。使った金でマンションの一つや二つは買えたはずである。 実に半世紀近い試行錯誤の期間を経てようやく、自分という素材を最大限に生かせるパタンが会得できた、そんな感じがする。体型の長所・欠点、雰囲気、個性、そしてTPO。すべてに合格する物を自分の目で確実に選べるようになった。一つ大きなサイズを着ていたことも分かり、ジャストフィットにしたら、断然スリムにも見える。 初秋、今年の流行色、黒とグレーのスーツを各1着、購入した。そして持っていたスーツを8着、人にさしあげた。シンプルなワードローブだ。そう、これからは本当に自分に合う物を丁寧に、着ていこう。 身近なお洒落ですら神髄を極めるのは大変なのだから、まして趣味や学問の奥は深いはずである。積み上げた経験を生かすことで、人生が充実していくのだと思えば、年を取るのも悪くない。 |
||
勇気と感動を呼ぶ生き方。 |
2007年10月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 記録的な猛暑の夏だった。 例年私はお盆を、尾道の実家で過ごす。家族がテレビを見るので私も見るが、家ではニュース以外ほとんど見ないので、どの番組も新鮮だ。 山岳事故で両脚麻痺になりながら、オーストラリア大陸を車椅子で縦断した、若い女性が出ている。不屈の意志で大勢の助けを得、砂漠や坂、山をも乗り越え、床擦れにも耐えて、数ヶ月をかけて完走。その後パートナーを得、子どもにも恵まれた。また、女優の夢を捨てず、ついに台詞入りの役を勝ち得た聾唖の若い女性も出ている。たった一言とはいえ、発語が聞こえないのだから、大変な努力の賜だ。頑張って、大成してねと祈らずにいられない。 彼女たちは、愚痴や恨み言を決して言わない。常に前を向き、明るく、謙虚である。そうした生き方が人を感動させ勇気づけ、この人のために何かをしてあげようという気にさせるのだろう。 盆休みが明け、私は大学でのオープンキャンパスに初めて参加した。入学希望の高校3年生を対象に面接体験を実施するのである。 小学教師志望の男子は、問題児だった自分を常に庇い、救ってくれた教師に家族一同心から感謝していると言う。懸命に言葉を紡ぎ出しながら、小学校教師になりたいと言う聾唖の女子もいる。法学部に行って資格を取りたいと言う女子は笑いが絶えず、聞くと「両親が大好き」。 どの子もひたむきだ。一生懸命という言葉が浮かぶ。もと一所懸命。封建時代、賜った一カ所の領地を命をかけて守ったのである。そう、私ももっと一所懸命にならなくちゃ、そんなことを思わされた。 |
||
正しい漢字や日本語を学ぶこと。 |
2007年09月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 大学の前期授業では大きなショックを受けた。学生に条文を読ませようとしたら、読めないのである。「教唆」「幇助」「嘱託」「宣誓」……。 難しい漢字ではない。少なくとも大学入学時には必須のレベルであろう。おまけに私は講義で何度も口にしてきた。それが読めないということは、聞いていて意味が分からないということである。時事を適宜採り入れながら分かりやすい講義をしていると悦に入っていたのが一転、自己満足だったと思い知らされた瞬間だった。 だが事はひとり我が大学だけの問題ではないはずだ。ゆとり教育のお陰か、肝心の基礎学力がつかないまま、選びさえしなければ大学には入れる。 国語力が落ちていることにはずいぶん前から気づいていた。司法試験合格答案でもひどい日本語が多いし、法曹の作成書面も意味が分からなかったりする。大学の定期試験で私はずっと論述式問題を出しているが、きちんとした答案はわずかである。教科書を読ませると大方の漢字が読めない子もいる。 この6月、参議院文教科学委員会での教育再生関連3法改正の公述人によばれた際、私は基礎教育では国語力を培うことこそが肝要であると切に述べた。国語力はものを考える力であるとともに、感性をも作る。知らない言葉で人は感じることができない。つまり国語力が人間を作るといって過言ではないのだ。 子どもの時に絵本を読み聞かせられ、以後自ら親しんでくれれば自然に培われるものが、ああ今や手軽なネットや携帯の時代、まともな文章がどんどん失われてゆく。しかい嘆いていても仕様がない。現実は現実として、後期授業は心機一転、頑張らなければ。 |
||
自由な時間をどう過ごすかが大切。 |
2007年08月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| これが皆さんのお手元に届く頃はきっと、参議院選挙戦の真っ最中だろう。厳しい暑さの中、厳しい選挙戦を本当にお疲れ様、とまずは申し上げたい。 私が引退して、ちょうど3年になる。今やニュースで徹夜国会、禁足、長時間の委員会審議と聞く度に、申し訳ないのだが、今の生活をありがたいと思う。その以前15年の検事時代も勤務時間が長かった。休みが欲しいと思うことはあっても休めないのが当たり前だったし、また働くことが好きでもあった。純粋に若かったのである。 だが運命の変転により急に自由業になってみると、これが至って心地よい。すべての時間は自分の管理下にある。やりたいことの優先順位に従って、この日を空ける、この時間は空けると決めれば、あとは仕事をうまくやりくりすればいい(弁護士間では平日のゴルフコンペが盛んである。もっとも私自身はゴルフをしないのだが)。誰も文句を言う人はいない。 齢50を過ぎ、友人たちとの話題に「定年後」が自然とのぼる。誰もがそれを恐ろしいものと捉えている。趣味といえば読書かスポーツ観戦程度では、膨大な時間は埋められない。生き甲斐となるほどの趣味を持つには10年やそこらの準備が必要だ。加えて男性は地域に足場がない。家庭にも居場所がない。一日中家におられては奥さんが辟易して離婚にもなりかねない。となれば、何か仕事を見つけるにしくはない。 まずは団塊世代が大量定年を迎える。寿命が延び、本当の老後を迎えるまでの実に長い時を、どう過ごすか。誰もが定年のずっと前から考えておかねばならないし、国としても今後大きな課題となるはずである。そんなことを思う。 |
||
人を愛し,愛される幸せ。 |
2007年07月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| はっとするエッセイに出会った。いわく、「人を愛するということは、その人の徳を愛するということである。なぜならば人の性格や能力は、老化とともに劣化していくものだからだ。故に愛は、善い人と善い人との間にしか成立しえない」。 愛が徳に基づくなど、考えたこともなかった。「愛」は気軽に巷に溢れるが、「徳」は今やすっかり忘れ去れられた感がある。だが考えてみると、徳のある人は市井にまだまだいるのだと思い当たる。 70歳の知人は娘に言った。「してさしあげられるということは、素晴らしいことよ」。娘の嫁ぎ先には体の不自由な小姑がいるのである。立派な舅姑、良き夫に恵まれ、娘は本当に幸せ者だと、彼女は真から思っている。同居の嫁との仲も実にいい。 元売れっ妓芸者の友人は、母親の顔を知らない。中学を出て芸者になり、腹違いの弟を大学に行かせた。弟は資格を取り、事務所を構えている。感心する私に、彼女はにこやかにさらっと言う。「それが授かりというものですから」。育ての母親に孝養を尽くし、その最期を看取った。 30年来の交際になるご夫妻は仲が良く、定年後頻繁に海外を旅していた。昨年末、ご主人が87歳で大往生。寂しいだろうに、彼女は努めて明るい。「後悔のないようすべて致しましたから。それはそれはとてもいいお顔だったのですよ」。生前の元気な姿を記憶に留めておいてもらいたいからと、最後入院してからは誰もよばなかったという。夏、お墓にお参りに行く。 たしかに徳あればこそ、人を愛し人からも愛されるのであろう。 |
||
迷惑をかけない,不愉快にさせない。 |
2007年06月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 近頃、あんなに驚いたことはない。マナー違反もここに極まれり。みなが静かに聞き入っているクラシック音楽の演奏中、会場の前方から退出する者が続いたのである。 まずは小学1年位の男児だった。子どもだから急にトイレか、仕方ないかと気を取り直したところに、その子は戻ってき、堂々と席に着いた。ところがすぐにまた席を立ち、出て行ったのである。今度は荷物を持参している。 一体、親は何をしているのか。と苛立つところに、今度は年配の男性が退出したのだ。荷物を持参し、普通の足取りである。平行して、私の隣席の男の携帯が、マナーモードでブーブー鳴り続ける。続いて、後部座席で派手な着信メロディーがけたたましく鳴った。 この一連の騒ぎにもピアニストは平然と演奏を続け終わり、ブラボーの嵐に包まれた。だが万一、拙い演奏だったとしても、中座せず、静かにすべきは当然のことである。人に迷惑をかけない、不愉快にさせないのは、人間社会で最低限必要なマナーなのだ。 これは極端な例かもしれないが、近頃、マナー違反がやたらに目に付く。歩きながら、あるいは電車やバスの中で、パンを食べる人をどれだけ見ただろうか。人前の化粧も今や当たり前。カップルのいちゃいちゃも目に余る。彼らの意識には他人が存在しないのであろう。 マナーを作るのは、当然ながら躾である。躾は「身を美しくする」もの。日本が作った独自の漢字である。私が5年来住む賃貸マンションでは、見知らぬ住人からよく、「おはようございます」「こんにちわ」とにこやかに声をかけられる。その度にちょっと驚いて、私は挨拶を返す。躾の出来た人も多いなと思う。見習わなくてはとその度に思うのである。 |
||
今,現場で起きていること。 |
2007年05月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 昨春、親しい知人が教職をやめた。 彼女は大学を卒業後、公立小学校に26年勤めた。定年まであと12年残していたが、とにかく辞めたかったのだと言う。 ずっと熱心に仕事に取り組んでいた彼女が、愚痴を零すようになったのはここ数年のことである。ちょうどその頃マスコミで、荒れる学校が取り上げられるようになっていた。 少子化で学校規模は小さくなり、加えて少人数学級制だから、相対的に個の比重は高くなる。中で一部問題児がいじめを引き起こし、暴れ、授業を妨害する。親は親ですぐに学校に怒鳴り込んでくる。「教育委員会に訴える。訴訟を起こす」。校長が事なかれで平謝りをし、さらに事態はエスカレート。気の毒なのは巻き添えを食う普通の子ども、親たちである。 残業手当も出ないのに、夜は残ってペーパー作りをするそうだ。管理者向けの評価書である。そうやって萎縮し疲弊し、本来は子どもに向けるべきエネルギーが燃え尽きた。このままだと自分が死んでしまう……。 思い切って辞めて1年、今はジムや資格の学校に通いながら、彼女はほっと自分を取り戻しているという。あなたは独身で気軽だからやめられていいよねと、同僚たちが羨ましがるそうだ。 |
||
さまざまな経験を経て得たこと。 |
2007年04月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 先日、9年ぶりに、法務省中央合同庁舎赤煉瓦棟を訪ねた。この中の法務総合研究所に室長研究官として勤めていた時の部長が、昨秋所長に就任、遊びにおいでと言われたのだ。 普段はあまりつけない、未だに金ぴかの弁護士バッジを身元証明でつけて行ったが、門衛さんらは私の顔を覚えていた。 「あ、佐々木先生」。 所長室に案内される。山登りが趣味の所長は、見た目ちっともお変わりにならない。 「9年かあ。僕らにとっては勤務地が変わるだけで大した違いはないけど、貴女にとっては激動の9年だったよね」 私の転身に、彼は反対だった。検事という特殊な世界に15年。もともと政治志望もないのに、突然未知の世界に飛び込んで、やっていけるはずがない……。当然の心配であった。 「でも結果としては良かったね。貴女がこれほど順応性があるとは想像もしなかった」 振り返ってみれば、慣れるにはそれなりに苦労した。だが、山を超えると、視界が一挙に開けた。現行の法律を現事象に適用する法曹と違い、そのもともとの法律をつくる、エネルギー溢れる議員たち。法曹のままでは、知り合う人・職種は限られていた。法曹のままでは歴史の勉強もしなかった。様々な意味で私は、世界を広げ、得難い貴重な経験をさせてもらった。 3つの職業のどれが一番いいですか、とよく聞かれる。答えは「今が一番」。弁護士が一番というより、様々な経験を経て今の自分があると思うからである。 いつも、今が一番。今後もずっとそうありたいと、感慨を持って赤煉瓦を後にした。 |
||
法律事務所には無縁の人生。 |
2007年03月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 考えてみると、弁護士はあまり、幸せなことは扱わない。 例えば、結婚するとき、弁護士の所には行かない。いざ離婚になって初めて足を運ぶ。もっとも日本は世界中で最も離婚が簡単に出来る国なので、役所に離婚届を出しさえすればいい。離婚理由も別居期間も不要。証人2人のサインが必要だが、ゆきずりの人でも構わない。こうした協議離婚が9割を占める。 残り1割が、親権・養育費、慰謝料、財産分与などで折り合わず、弁護士に持ち込まれる案件だ。まずは調停が起こされ、ここで9割が決着する。不調だと裁判である。裁判では、姑のことから夫婦生活の隅々まで洗いざらいぶちまけられ、まさに修羅の場となる。なので私は、裁判は決して勧めない。 実は、離婚事件が苦手だという弁護士は多い。ことに男性弁護士はそうだ。弁護士の所に来るころはたいてい、事はかなりこじれている。中には理性的に順序よく話をしてくれる方もいるが、あれこれ悪口の出る人もいる。真相はどうあれ、一度好き合って結婚した相手を、あしざまに言うのは体裁のいいものではない。もし本当にそれほど悪かったのであれば、事前に見抜けなかったのは自らの不徳というものだ。また人間関係は、片方が一方的に悪いことはまずなく、どちらにもそれなりに言い分があるものである。 もちろん、寿命の延びた昨今、合わない相手と無理に添い遂げることはない。金銭的に余裕があるのなら、何回結婚してもかまいはしない。ただ、離婚には結婚の何倍ものエネルギーが要るから、できればしないに越したことはないと思う。 そのためにはどうすればよいか、と考えるようになった。まずは結婚前に、相手だけでなくその育った家庭をよく見ることである。とりあえず同棲をするのもいい。うまくいっているカップルにはどうやら共通項があるようだ。基本的な価値観の共有である。育った家庭の文化が似ていれば価値観も似る。それさえクリアして結婚したのなら、あとはとにかく大目に見ることである。 仲良きことは美しき哉。長い歳月を経た仲のいい夫婦を見ると、本当にいいなあと思う。それなりにいろいろなことがあったのだろうが、それらをすべて乗り越えて今がある。 幸せな人生というのは、平凡な、波風の立たない人生であるとつくづく思う。被害に遭わないことも含め、法律事務所には無縁の人生。とはいえこの節、遺言や成年後見など、賢く利用していただきたいと思うのである。 |
||
エレガンスな対応を念頭に。 |
2007年02月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 座右の銘が幾つかある。 その1「案ずるより産むが易し」。 気の重い案件の前に唱えるだけで、ずいぶんと気が楽になる魔法の言葉である。 その2「人事を尽くして天命を待つ」。 自分なりに出来ることを、とにかくする。その結果思ったようにはいかなくても、一生懸命やったのだから仕方がないと思えれば、これまたずいぶんと気休めになる。 ところで、以前書いたように、私は生来短気な性分で、いつもの私からは想像できないほど(?)突然に切れることがある。ことに、タクシー乗車時。道を知らない、そのくせに横柄な運転手が多すぎるのだ。不愉快なので、できるだけ公共機関を利用する。どうしてもタクシーに乗る時は、初めての道であれば地図を持参するほどである。 ところが、だ。先日、その私より前に同乗者が突然に切れたのである。半端な切れ方ではなかった。普段にこやかで穏和な人だけによけいびっくりした。思わず口をついた言葉が、 「まあ、そう怒らなくてもいいじゃないの。悪気があって間違えたわけじゃないのだから」。 格好いいことではないと、端で見ていて、初めて気がついた。理由がどうであれ、少なくとも美しくはない。 突如、エレガンスという言葉が頭をよぎった。優雅+知性+美しさを併せ持つ、最高の称賛である。そう、イギリスの紳士淑女は決して怒ったりはしないはずである。使用人に対しても、どんな不条理に対しても、常に丁寧に、微笑みをもって対処するはずである。 頭に来たから、腹が立つから、と怒るのは誰もがすることである。人とは違うこと、普通の人にはなかなか出来ないことをして初めて、人は尊敬される。怒るのであれば、それは自分の憂さ晴らしではなく、相手や人のためであるべきだし、その時にも怒られる側の立場になるべきなのだ。でなければ、謝罪はその場凌ぎのものとなり、自分も決して良くは思われない。 「人の振り見て我が振り直せ」。 以来、これも座右の銘になった。できるだけ怒らない。怒っても、抑える。そのためには心に余裕が必要なのだと気がついた。そう言えば、イギリスでは古来、ユーモア精神もまた、非常に尊ばれている。人を笑わせることは、自分に余裕がないとできないと言う。そう、エレガンスの前提には余裕があるのである。 幾つになっても、学ぶべきことは多い。 |
||
男女には画然とした違いがある。 |
2007年01月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 私は自他ともに認める、メカ音痴である。 家電もパソコンも、生活や仕事に必要最低限使うだけで、そのメカニズムや多種の機能に興味を持ったことがない。故障したら自分では何も調べず、業者か友人に丸投げである。車を持たないのは、都会なので必要がないことに加え、ブレーキが利かなくなったらどうしよう、ひとり山中で車が故障したらどうだろうと考えるだけで恐ろしいせいもある。スピードを出して気分転換しようなどとはまるで思わない。 我ながら情けないなあと思う。とはいえ、同族の女性もけっこういて、卑下するほどではない。私は地理にも弱いのだが、男性がいなければ私が先導するくらいなのである。と言うと、「ほら、だからそれは、女性が指導者的立場にないからで、訓練次第だよ」と言う人がいる。たしかに、女性の中にも理系に強い人、空間認識である地図や囲碁将棋に強い人はいる。そうした個人差はあるにしろ、全体としての男女差は絶対にあると私は思う。 以前、オーストラリアの夫婦が書いて世界的にベストセラーになった本がある。『話を聞かない男、地図が読めない女』。読んで、なるほどと納得した。男女はそもそも脳の構造が違うと言うのである。 女の子のほうが育てやすいのはよく知られたことである。男の子は体が弱いうえ、昆虫でも乗り物でも、動く物に多大の関心を示して、行動範囲が広くなるからだ。男の本能はハンターなのである。かつては外で獲物をしとめ、女と子どもを養っていた。依然、男は女をしとめ、自らの遺伝子を残すべき宿命を負っている。 私は、メカや空間に強い人を、単純にすごいなあと思う。たいていの男性はそうだからすごいなあと思うのだ。他者からの攻撃であれ何であれ、いざとなると頼りになるのはやはり男である。そして、権利と義務は表裏一体なのだから、いざというとき、貴方は男だからと前に押し出し、自分は弱い女だから庇ってねというのは甘えであろう。男女共同参画社会やジェンダーフリーも、もともと違う男女をまさか同じにしようという訳ではあるまい。画然と違うからこそ恋愛もあり、相互の尊敬・理解・謎もあって、人生は楽しいのである。 日本語にはかつて、女言葉と男言葉があった。台詞だけで、女か男かが分かる文化。それでこそ美しい日本語であり、美しい国であったはずだ。男は男らしく、女は女らしく。これは依然として普遍的な真理であると私は思う。 |
||
目標達成の秘訣は、自らを知ること。 |
2006年12月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| あっという間にまた年賀状の季節である。どんどん短くなる一年だが、今年は私には特筆すべき年となった。 年頭に立てた目標は、2つ。それを早、夏には達成しえたのだ。 目標その1は、「ピアノが上達すること」。上達したのには訳がある。 2月、東京で弁護士をしている高校の大先輩から、弁護士会の某会合に出るよう頼まれた。欠席予定だったが、仕方なく出たら、そこで大クラシック好きの弁護士と知り合った。CDを1000枚は所有とのことで、うちピアノの名盤を50枚、選んで貸してくれた。聞いているうち、ずっと敬遠していたベートーベンが弾きたくなった。そこで、某代議士の御縁で知り合った、ベートーベン弾きで有名なピアニストに教わるようになったのが、5月。そうしたら8月の発表会に出てほしいとのこと。やむなく必死で練習したお陰で、本番でもつまらず、なんとか弾き切れた。自信がついてあちこちで披露するようになり、プロみたいと言われて調子づいている。この因果の元を辿れば、声をかけてくれた先輩弁護士及び某代議士のお陰だから、人生、やはり人と運である。 さて、目標その2は、「法律に詳しくなって、弁護士会の法律相談に行けるようになること」であった。 弁護士会の法律相談は、知人や顧問先の相談とは違い、相談者も案件も選べない。あとで調べて答えますとも言いにくい。だからこそ勉強になるのだが、自信がつくのを待っていたら、いつになるか分からない。よし、まずは実行だと春に申し込んだら、8月の案内が来た。迫るにつれ、緊張が高まる。仕事である分、発表会よりさらに緊張したほどだ。 ところが、いざ行ってみると、お盆前とかで、相談者がずいぶん少ない。待って、ようやく一人。人の良さそうなおじいさん。借地の案件だ。手持ちの訴訟案件と似ていて、答えは簡単だった。 その後交渉はうまくいったかなと思っていたら、2ヶ月後、弁護士会から電話があり、私にまた相談したいとのことだが構わないかと言う。快諾して、今度は私の事務所で応対し、相手方の地主に内容証明を送った。すぐにお礼の電話があり、振り込みも即日だった。 誰かのお役に確実に立てるのは、人としていちばん嬉しいことである。もちろんそれが弁護士の醍醐味でもある。 しかし、この快挙を別の面から見ると……自らの分を知るにつれ、夢が、大きなものから、頑張れば実現可能なものに変わった故かもしれない。来年も同じような目標しか立てないだろうが、それはそれでよしとしよう。 |
||
大人になるということは, |
2006年11月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 先般、大いに腹の立つことがあった。 誰かと食事でもすれば、飲んで喋って憂さを晴らせるのだが、あいにくその日に限って(?)予定がない。仕方ない、誰かに電話して聞いてもらうかと考えていたら、たまたま大学時代の友人から電話があった。世間話をするうちにだんだん気分が変わり、結局、その話はせずに済んだ。 受話器を置いて、な〜んだ、と拍子抜けした。離れた所から見ればどうということはないのだ。とらわれているから腹が立つ。怒りは大変なエネルギーを必要とする。つまらないことで自分を消耗させては馬鹿馬鹿しい。 翌日、当の相手から電話があり、ずいぶん詫びられた。言い訳がましくはあったが、たしかに悪気はなかったのだから、よしとせねば。顧みて、直接当人にぶつけなくて、本当によかった。これからも普通につきあえる。 「短気は損気」──腹が立って仕方がないときの、私の呪文である。 『坊ちゃん』(漱石)は、「親譲りの無鉄砲で子どもの時から損ばかりしている」が、私は「親譲りの短気」で、振り返るとずいぶん損をしたことは間違いない。感情を相手に直接ぶつけるのは簡単だが、それをしては両者必ずやわだかまりが残る。人はどこかでつながっているから、将来ずっとひきずることになる。 「日にち薬」とはよく言ったものだ。恋愛のような激しい感情ですら、時が経つと薄れ、時には忘れさえする。実際、冒頭の件は、その後言語道断の出来事が立て続けに起こり、それに比べて謝罪もあったし、可愛いものであった。あ〜あ、本当に、怒らなくてよかった。 とにかく何であれ、待つことなのだと思う。時が経っても怒りが収まらないときこそは、その理由を冷静に分析した上で、善後策を講じるべきなのだ。 と考えていたところ、買い物も同じなのだとふと気がついた。衝動買いをすると、家に同じ物があったり、組み合わせが利かずに無用の長物になったりで、後悔することが多い。しばらく待って、冷静に考えているうちに、購買意欲が消えていることがよくある。それでもなお、欲しい物だけを買うのが、失敗しない買い物のコツだと、ようやく会得した。この時代、物は溢れていて、買わずに後悔することは、海外の、めったに行かない所に行った時くらいしかありえない。 食べることも同じである。食欲に任せず、少し待つこと。大人になるということは、様々に忍耐強くなることなのかもしれない。 |
||
元気な高齢者は生き方の手本。 |
2006年10月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 杖もなく、ちゃんとした足取りで歩いてこられる。足元を見れば、茶色の靴。お洒落である。 15年前、検事をしていた所に、有名な弁護士がいた。90歳を超えて、なお現役。新年会でご一緒したとき、「ほおっ、こんな美人が検事になる時代になったのだねえ。長生きするものだ」と、破顔一笑された。楽しい方である。 「検察庁で是非講演を」とお願いし、迎えにいくと申し出たが、「歩いて行けるので大丈夫」とのこと。とはいえやはり心配で、前の道路まで出た私が目にしたのが冒頭の光景だった。講演の場で椅子を勧めると、笑いながら手を振った。「いえ、弁護士は立ってものを言う商売ですから」。 そして1時間、笑いを交えながら、貴重な体験を語ってくださった。60歳まで裁判官、その後弁護士に転身して30年余り。「皆さん、事務所に遊びに来てください。お酒が置いてあります」と軽妙に話を結んだ。その後100歳まで生きられたという。 94歳の現役医師、日野原重明先生も「超」がつくほどお元気だ。3年前、親しい医師夫妻主催のパーティで隣り合わせた際、まずは同じテーブルの、私を含む7人ひとりひとりに、名前と職業を尋ねられた。丁寧な方である。 講演が始まって、驚いた。冒頭で、今得た情報をその会社なり職業とご自身との関わりを即興で交えながら、正確に空で言われたのだ。続いて、長い医師経験からくる得難い人生訓を、ユーモアたっぷりに、やはり立ったまま1時間話されたのである。 周囲には、高齢でもなお生き生きと活躍中の方が何人もおられる。もともと長生きの蔓でなければ、その年まで生きられないだろうが、こうした方々には共通項がある。よく食べる。くよくよしない。つまりは体も心も丈夫なのである。加えて、旺盛な好奇心。ユーモアのセンスや寛容性があること……。 少子高齢化の時代、女性と高齢者を更に活用すべきだとよく言われる。医学の進歩は飛躍的な長寿をもたらしたが、元気で長生きしてこその「長寿」である。 若さはそれだけで素晴らしいが、若いことと若々しいことは決して同じではない。近頃若々しさのない若者が目につく。自らをさえ元気にできなくて、人に元気は与えられない。人は誰しも元気のある人に元気づけられる。高齢で元気な人は生き方の手本である。どんどんそうした人が増えて、活躍してくれれば、それは次世代の者の大いなる励みになる。 |
||
人が生まれて,最初に接する大人は親。 |
2006年9月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| それは実に素晴らしい結婚披露宴であった。ことに最後、新婦が両親に述べた挨拶が出色だった。 「物心ついたときには、両親は会社を作り、いつも一所懸命働いていました。お父さんはよく、『俺が今あるのは〇子(母親の名前)のお陰だよ』と言います。私もずっと後に、旦那さんから『俺が今あるのはお前のお陰だよ』、そう言ってもらえるよう、努力したいと思います」。 会場がしんとした。母上が泣く。父上も涙をこらえている。 ご両親は共に、人間として素晴らしい。連れだってよくあちこちに出かける。お二人と知り合って数年後、私が娘さんの結婚披露宴での唯一の来賓にと見込まれたのだ。当日当人と初対面にならないよう、事前に引き合わせてくれる心遣いもさすがだった。 私は、以下のような祝辞を述べた。 「ご両親は端で見ていてとても仲がいいのですが、本当にいい結婚生活だということは、子どもさん3人を見ればよく分かります。 今、結婚しない人(残念ながら、私もその一人!)、結婚してもあえて子どもを持たない人が増えていますが、ご長男はすでに3人の子持ち(この子たちは、誘拐したくなるほどに可愛い)、ご次男は少し前に結婚して、もうすぐ最初の子どもさんが産まれる。そして今日、長女の〇子さんが晴れて結婚」 人が生まれて、最初に接する大人は親である。親のすべてを見て、真似て、子は育つ。良くも悪くも親はモデルとなるのだ。 その親が仲が良く、家の居心地が良いのなら、子は長じて、何のためらいもなく、同じような人生を歩むはずである。 彼女は30歳で結婚、この度妊娠が分かってご両親は大喜びである。おめでとうと電話をした私に、彼女が言った言葉がまた素晴らしかった。 「本当に良かったです。私ひとり、親に孫を見せてあげられないのじゃないかと心配していたのだけれど、これで私も無事、孫を見せてあげられる」 互いに助け合う夫婦。子どもを真に思いやる親。そうした家庭を作れば、子孫は自ずと繁栄していくのではないか。深刻な少子化の原因について、経済性とか仕事との両立等々が言われるが、自らを顧みるに、それは単に後からの理由づけのように思える。前にも書いたように、人は、優先順位でしたいことをするものだからだ。 子がどう生きるかで、親の生き方はある意味、評価されるのかもしれない。 |
||
偶然がなさしめた職業遍歴。 |
2006年8月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 7月末で、国会議員をやめてちょうど2年になる。つまり、弁護士業を始めて、2年。 今だから言うが、始める前は大いに不安もあった。ひとつは弁護士業務への不安。もうひとつは、経営者業務への不安。どちらも私には初めての経験になる。 長い間検事をやっていたから刑事事件は大丈夫だが、民事事件はそのうちの2年、国の代理人として大きな事件に携わっただけだ。大学時代は民法を専攻していたし、適性は未だに民法のほうにあると思っているが、そうした基本法さえ昨今はどんどん変わる。加えて、実務は、法律や判例の知識や理論だけでは動かない。 だが、同業の友人らは「そんなことはすぐに慣れるから心配がないよ」と言う。それよりも、事件が来るかを心配すべきだと。だから、最初は堅実にどこかの事務所で働くべきだと言うのである。 しかし、切りよく後半生に切り替えた私としては、自分のペースで過ごせる、自分の事務所でなければ意味がなかった。最初から独立開業の選択肢も「無謀」とは思わなかった。なんとかなると思っていたのだ。 そして実際、本当にありがたいことには、なんとかなっているのである。口の悪い向きには、弁護士をやるために国会議員になったのだ、とまで言う人がいるが、まさか。 先日、親しい女性弁護士に言われた。「検事のうえに国会議員なんて、いくらお金を積んだからって出来るものじゃなし、すごいことよ」。たしかに、この経歴は、本業に役立つばかりか、今や役職は優に10を越える。無償のものが多いが、人から必要とされるのは嬉しいことである。 弁護士業務への心配は、友人らの言どおり、杞憂に終わった。法律家の基本は同じなのだ。人の話をよく聞き、書類を検討し、事案を見極めること。もっとも弁護士業には、これに独自の難しさが加わる。以前にも書いた、依頼者との距離感の取り方。そして、お金の取り方。始めて1年くらいしたときに友人にそう言うと、「へえ、もう分かった? 早い」と感心された。それももちろん、年の功、経験であろう。 、女子学生が言う。「先生って、職を転々としているのね」 「それはちょっと日本語が違うんじゃない(笑)」 そう、たぶんに偶然がなさしめた職業遍歴なのだが、面白い人生を歩ませてもらっていると思う。 開業2年を機に、皆様方にもただ感謝である。 |
||
限られた時間をどう使い,優先順位をつけるか。 |
2006年7月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| あれっと気がついた。いつの間にか携帯メールをしなくなっている! 5年前、携帯メールを始めた。会議中、通話せずに用件を伝えられて便利だよと教えられたのだ。以後、秘書あてに「長引きそう。〇〇はキャンセルして」とか、待ち合わせ相手に「ごめん、10分遅れる」とか、実に優れた効果を発揮した。 まもなくチャットをするようになった。パソコンと違って、指で一つ一つ打つから面倒だが、慣れればどうということはない。どころか、無味乾燥なパソコンメールとは違い、多種の絵文字が使えて楽しいし、電車の中やちょっとした空き時間に、軽いお喋りをする乗りで打てる。同じメールを複数に送信するのも簡単だ。まさに、手軽なチャット。だからこそ、手紙を出すときには返信など期待しないのに、メールだと返信は当然なのである。 誰もが気軽にメル友になるこの時代、隣りに座って黙ってメールを打ち合うカップルが変だとか、歩行中のメールが危険だと感じる以外は、もはや見慣れた光景でしかない。 それなのに、私はなぜ携帯メールをやめたのか。ピアノに熱中しだした時期と重なるから関係があるのだろうとは思うが、過去にも漫画やファッション雑誌や着物や宝石など、熱中していたのにいつとはなく止んだものがいくつもあるから、単にそうした潮時だったのかもしれない。 面白いというか当然というか、自分が打たなくなると、人からもさっぱり来なくなり、かくして携帯メールチャットの習慣は消えた。今思えば、よほど他にすることがなかったようでもあり、恥ずかしい。 考えれば、これは一例なのである。生活を見渡すと、なければないで済むものがいくつもある。 例えば、テレビ。もともとあまりテレビを見なかったのだが、携帯メールに合わせるように、最近はとんと見なくなった。当然「今」には遅れるが、新聞は丹念に読んでいるから、さして困ることはないと気がついた。携帯電話で常にニュース配信を追っている知人がいるが、それが単なる趣味を超えて、常に「今」が気になるとしたら、もはや中毒であろう。手段と目的を間違えてはいけない。手段に振り回されては、なんのための便利さか分からない。 世の中が変わっても、人の本質は変わらない。持ち時間は同じ。限られた時間を、何に、どう使うか。優先順位は何か。生き方が上手な人というのは結局、時間の使い方が上手な人のことを言うのかもしれない。そんなことを思わされる。 |
||
事実を見る力は人間を見る力 |
2006年6月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 「依頼者に騙されるな」。 これが弁護士の鉄則である。 世の中には、初めから弁護士を騙そうとかかる手合いもいるし、中には、そんな連中とぐるになる悪徳弁護士もいる。それは論外としても、弁護士は往々にして、依頼者に「騙される」。なぜか。ことは人間の本質に関わるのである。 つまり、人は誰でも、自分が可愛い。よほどの人格者でない限り、自己に不利なことはあえて言いたくはない。故意にしろ無意識にしろ、自分を庇うのが人間の性なのである。 真実は、まさに『藪の中』(芥川龍之介著。映画『羅生門』の原作)。一見単純な殺人事件でも、加害者と被害者、また関わる人によって、事実の捉え方はそれぞれだ。「真実」は神のみぞ知るが、事実は人の数だけあり、置かれた立場により、その性格により、異なる。ただ基本的に、加害者は少なめに、被害者は多めに語ることを、法律家は知っておかねばならない。人は自分が可愛く、自らがまず自らを弁護して当然なのである。 姑の口から聞くと、ひどい嫁。嫁が語ると、ひどい姑。夫が言うと悪妻で、妻が言うと、家庭を顧みない暴力的な夫……これが当たり前の形である。真実は大体において、その間にある。誰がどんな立場で話すのか。それを常に念頭において客観的に聞く力こそ、法律家に最も大切な資質である。 まずは常識人であれ。 法律云々や解釈の違いが問題になるよりはるかに多く、その前提となる「事実」が争われる。だからこそ英米は素人裁判官に事実認定を委ねるのである。 相手方及びその代理人はもともと敵対関係にある。だが、依頼者は本来同志であり、その基本に信頼関係がなくてはならず、つい甘くなる。そこに問題が生じる。依頼者にしてみれば自分を信じてくれない弁護士など頼れないから、信じる姿勢こそ崩せないが、それとは別に、裁判官的な公正な目で、客観的に見る目が不可欠である。 困ったことには、このバランスの取れない弁護士が目につくのである。依頼者の言うがままに訴訟を起こし、追行する。事実を見る力は人間を見る力であり、法律を学ぶことでは培われない。人と交わり、人の痛みを知り、自然や芸術の美しさに感動することで生まれてくる力なのである。 その基本は、人への優しさと厳しさであろう。と考えると、これはひとり法律家ではなくすべての人に通じる資質かもしれない。 |
||
心身共に元気で年を重ねるために |
2006年5月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 先日、同い年の知人の来訪を受けた。彼女は2年前、鬱病にかかり、最近ようやく出歩けるようになったのだ。 仕事はとうにやめ、子どもはおらず、家で日がなテレビを見る毎日だという。 「何かしなくちゃいけないとは思っているのだけど、何もしたいことがないのよねえ……」。発病前も彼女は同じことを言っていた。 私の周りには、その正反対に、エネルギーに溢れた人が多い。医者だった御主人に先立たれた薬剤師の知人は、大して語学が出来るわけでもないのに、ひとりカメラを抱えてよく外国に出る。写真集を出版し、個展も開く。今年78歳だが,この春もまた、元気にトルコに出かけて行った。帰国後、個展を開くという。 人にはそれぞれ、持って生まれたエネルギー値があるのかもしれない。私のエネルギー値は、と考えると、仕事も人との交遊も好きだし、趣味もあるし、平均値よりはきっと高いのだろうと思う。 趣味のピアノは、4歳の時、母に習いに連れて行かれて以来の長い付き合いだ。 最初遊びたくて嫌がっていたが、すぐに好きになり、以後20年以上、飽きずにずっと習っていた。検事になって転勤生活となり、先生につけなくなってやめたが、それでもピアノだけはずっと持ち運んでいた。 ただ、弾かなくなって指は自然と動かなくなり、すっかり諦めていたのだが、2年半前、レッスン再開を思い立った。実に21年ぶりのレッスン! やがて、少しずつだが指はまた動くようになり、また、年輪を経た分、個々の音や音楽そのものに遙かに愛着が深くなったのが分かる。 仕事が他人のストレス肩代わり業だからこそよけいに、忘我で浸れる世界を持てることがありがたい。副次効果だが、指を動かすことほど、ぼけ防止に役立つことはないらしい。 たまたま親に習わされた楽器が好きだったのは幸運というほかはない。ふと思うことがある、もしこれがバイオリンだったらと。そうしたら、それをきっかけに音楽が身近になり、クラシック好きにはなっていただろうが、きっと続きはしなかった。もちろんバレーや日本舞踊だったらとうてい無理だった。趣味にも、仕事や人と同様、相性があり、運命のようなものがあるのだろうと思う。 最近私は、ヨガに通いだした。こちらは、「好き」からでは決してなく、加齢対策、健康を維持する必要性からなのだが。 政治家を筆頭に(?)元気な人はみな、よく食べる。あるいは、食べるから元気なのか。高齢化の時代、いつまでも心身共に元気で、年を重ねたいと思うのだ。 |
||
人の基本をなすのは国語 |
2006年4月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 昨春から大学に通い始め、1年が無事に経った。 後期試験は1月末であった(春休みが2ヶ月以上あるのだが、自分がそんなに長く休んだ記憶がない)。試験後1週間以内に採点をする。その数、3科目合わせて、実に600枚! 論述式問題である。 と言うと、公立大学に長年勤める友人が絶句した。「私立は過酷だなあ。僕だったら絶対、穴埋め式にするね」。であれば、苦労するのは問題作成の時だけだ。採点は人に頼んだっていい。 だが、どんなに採点が過酷でも、私は今後もずっと論述式にするつもりである。 理由は、三つある。 まずは、全体的な理解度が、文章を通してはっきりと分かるからだ。それが次期以降のより良い授業につながる。 二つ目は、個別の出来がよく分かるからだ。 毎回前列に陣取り、熱心に質問してくる学生とはすでに馴染みになっていて、大いに期待しているのだが、意外に大した出来でなかったりする。その一方、未だに名前と顔が一致しないのに、S(最上)評価の答案もある。そうした学生の前期の成績を見ると、例外なくS。つまり、出来る。いい答案に出会うと、文句なく嬉しくなる。 三つ目は、学生に文章を書かせたいからである。論述式の試験をクリアすべきことが、彼らにとって文章を書く一つの動機づけになればと思うのだ。 今時の若い者は……の例に漏れず、彼らの多くは文章が苦手である。 論述式!? マジですか、先生。 もちろんよ、と私はにっこり。 ことに1科目(刑法総論)は必修だから、C以上の合格点が取れないと卒業できない。彼らには死活問題なのである。だから、心優しい私は、問題を授業中に教えたりするが、それでも多くの学生にとっては苦痛であるらしい。 昨年来のベストセラー、藤原正彦著『国家の品格』にいう。初等教育は、「一に国語、二に国語」。 国語は人の基本をなす。筋道の通った考えを持ち、適切に表現し、人を説得するのは国語力なのだ。そのために、本を読むこと。小中学生の時にどれだけ小説を読み、言葉を会得し、様々な世界を知り、感性を磨いたか。それがその後の人生を決めるといっても過言ではない、と私は思う。国語は、ものの考え方と感性を作る。つまり人間を作るのである。 法律の基本は国語力です。まずは本を読みなさい。新聞を読みなさい。そう私は常々、学生に言っている。 再び、4月。新しい学生と出会う。 |
||
決して誤ってはならないのは犯人が誰かだけ |
2006年3月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 宮崎勤被告の死刑がようやく確定する。 日本の犯罪史上に残る、幼女誘拐・殺害事件。ビデオおたくの犯人は、わいせつ目的で女児4人(4〜7歳)を言葉巧みに誘拐、即日殺害した。遺体を自室で陵辱。被害者方前に遺体の写真と遺骨を入れた段ボール箱を放置、新聞社宛にも女性名で声明文を送付した。この種快楽犯の常として彼も、人を狙う前、猫など小動物を無闇に殺していた。 死刑は当然である。 それなのに、なぜ17年を要したのか。事件発生は88〜9年である。 一般に、裁判は長くかかると思われているが、実は、どんな大事件でも珍しい事件でも、被告が認めて争わなければ、せいぜい1年で済む。だが、オウムの麻原被告しかり、宮崎しかり、耳目を引く事件が長くかかるため、世間には悪いイメージが定着する。 麻原は、一審の死刑判決まで10年かかった。「実行行為者との共謀がない」として無罪を主張していたのだが、二審では精神障害も争うらしい。対する宮崎は、事実自体は争えず、終始精神障害による責任能力欠如を主張していた。 精神障害には、大きく分けて、3種ある。精神病、人格障害、知的障害だ。中で、特異残忍な事件において必ず争点になるのが「統合失調症(精神分裂病)か人格障害か」。前者は代表的な精神病であり、責任能力なしとされやすいが、後者は人格異常であり、責任能力には問題がない。かの大久保清、池田小の宅間、宮崎……すべて精神鑑定の結果人格障害とされ、死刑が決まった。 だが、社会がとうに忘れた頃に判決が出ても、感銘力が薄く、抑止効果に乏しい。裁判は迅速でなければならないのだ。日捲りのように事件が起こる昨今ではなおさらである(この最高裁判決が出た1月17日、他に小嶋の国会喚問とライブドアの捜索があった)。裁判で決して誤ってはならないのは、犯人が誰かだけではないのか。 遅延の原因は多々あるが、背景に、裁判で真実究明を極めようとの姿勢があるのは事実である。今回もマスコミは、宮崎の「心の解明」がされていないと繰り返していた。しかし、「真実は神のみぞ知る」。客観的事実はともかく、心を知るのは至難の業だ。統合失調症の原因ですら未だ不明なのだし、自分の心すらまま分からないのだから。 そして……我が国情には合わないと、私自身は大反対した裁判員制度が、3年後に施行される。裁判官3人と裁判員6人。その合議体で裁かれる殺人事件が速やかに終わらねばならないのは当然である。 |
||
国家には遺族が満足するに足りる |
2006年2月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 「事件が起こりすぎる」 誰もが同じことを言う。 世間を震撼させている耐震強度偽装事件。その合間を縫うように、女児を狙う凶悪事件が続く。 昨年11月、広島市。1週間後、栃木県。12月、京都府。前2つは、共に小一女児が下校途中、ひとりになった時を狙われた。と考えて、この走りは、一昨年11月の奈良にあったと思い起こす。やはり小一、下校途中。 あのとき、アメリカから帰国した友人が嘆息したものだ。 「今に日本でも、子どもの登下校に付き添いが必要になるよ」。 予言は、当たった。 これら犯人には同種前科がある。奈良の新聞販売店員、広島のペルー人(栃木は現時点で未検挙だが、おそらくそうであろう)。京都の大学生にもやはり前科がある。 人は「なくて七癖」。誤解を恐に言えば、犯罪もまた「癖」である。手癖の悪い窃盗常習犯、粗暴癖のある人、薬物嗜癖者、あるいは異常性嗜好者……。刑罰の目的は応報に加えて犯罪者の更生だが、往々にして空しいのが現実である。 小児性愛(ペドフィリア)は、露出症やサドマゾと同様、異常性嗜好の一つである。成人女性の代替として小児を対象にする場合は別として、正真正銘の小児性愛者は、まずもって直らない。故に、「再犯のおそれ」でチェックされ、なかなか仮釈放されないが、満期になれば出所する。 日本では全般に刑罰が軽く、被害者が殺害されて初めて無期懲役刑になりうるが、これは終身刑とは違うから、いずれ仮釈放になる。アメリカでは、殺された女児の名前にちなんだミーガン法の下、出所者の居住情報を住民に知らせているが、日本ではようやく法務省が警察に知らせるようになっただけである。もっとも自警意識の乏しい日本では知らされてもパニックが起きるであろうが。 それにしても、と思うのだ。ご遺族の心痛たるやいかばりかと。病気でも交通事故でも、子どもの死ほど悲惨なものはない。ましてや異常性愛者の毒牙にかかっての惨殺である。娘が極限の恐怖に怯えながら、助けを求めつつ空しく絶命した現実から、遺族は終生逃れられることはない。かたや、犯人は生き続ける。死刑は、複数を殺して初めて適用されるのだ。それでも死刑は反対と言う人に、私はただこれだけを聞いてみたい。 「あなたの子どもがこのような目に遭ってもなお、死刑でなくていいのですか」。 権利は義務を尽くしてこそある。遺族から私的報復権を取り上げた国家には、遺族が満足するに足りる刑罰を、科すべき責務が担わされているはずである。 |
||
|
人生の選択は自ら選び取ったもの |
2006年1月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 新年号に相応しい話題でなくて恐縮なのだが──。 私が、人は必ず年を取ると実感したのは、3年ほど前である。そうなって初めて、様々なことが見えてきた。 この知恵を持って若い時に戻れたら、もっとずっと賢く生きられたはずだが、知らなかったからこそ人生は、希望に満ち溢れていたのかもしれない。 若さとは、つまり、可能性である。出来ること、やりたいこと、いろいろと思いを巡らせられることである。年を経るほどに、積み重なった現実の比重が増し、その分徐々に、可能性は狭まっていく。そして今や、諦めというよりむしろ悟りの境地で、言えることがある。 人の生まれ持った器は自ずと決まっている。だから多分に「そのようにしか生きられなかった」と。 振り返って、私が地元の国立大学に進んだのは、下宿はさせないとの親の意向があったからだとずっと思ってきたのだが、そうではなく、私自身が選択したのである。こぢんまりした規模が私には居心地がいいのだ。もし私が、大きな志を持ち、絶対に東京に行くと言い張れば、実現させていたにちがいない。 大学で職業にあれこれ思いを巡らせたとき、政治家も官僚も選択肢にはなかった。今分かるのだが、官僚・政治家を志望する人は、国家や国際社会といった大きな場でのビジョンを持ち、組織を動かすことに喜びを覚える人である。対して、具体案件の的確な法的処理にやり甲斐を見出す司法官志望者は、元々の資質が違うのだ。 その後たまたま検事に任官した私だが、巨悪を裁くといった野望とは無縁であった。市井の事件で、被害者と共に泣き、犯罪者の更正の一助となることに大きな喜びを感じた。実際、検事数100人を超える東京地検より、検事数名の小地検のほうが、はるかに己の存在感を実感でき、居心地がよかったのである。 これがつまり、終始一貫、私という人間の本質なのだ。 今や全国で2万人を超える弁護士は、自由業でもあり、金儲けに邁進する事業家から人権派まで実に様々だ。私はといえば、誠実な職人タイプであると思う。私を頼ってくれる人のために最善を尽くすこと、それが生き甲斐だ。お金はあくまでその結果。お金よりはずっと、時間が欲しい。 自由な時間、そして空間。家でぼうっとしているとき、私は根っからひとりが好きなのだと思う。結果、少子化に貢献してしまった悔いは残るが、これまた決して偶然ではなく、自ら選び取ったものなのだと思う。 |
||
健康で仕事があることの幸せ |
2005年12月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 弁護士業を始めて、1年と何ヶ月か過ぎた。話には聞いていたことが、いざやってみて実感されることが多い。 まずは、仕事の忙しさに大きく波があることだ。 私のような一般の弁護士は、仕事をつくり出すのではなく、あくまで受け身である。たまたま案件が重なると、裁判も重なり、裁判所に提出する書面をいくつも起案しなければならない。昨今、審理迅速化の掛け声の下、書面提出期限は厳格に定められる。 10月下旬までの約1ヶ月、この期限が重なった。後期大学も始まり、毎火曜は使えない。弁護士は通常、夕刻以降に起案するのだが、夜が結構入る私の場合、どうしても週末に持ち越しとなる。事務所に出るか、ボストンバッグに記録を詰め込み、自宅で起案するかだ。 書面は、かつては裁判所宛に相手方弁護士の分も一括郵送していたが、昨今はそれぞれにFAXで送る。一つ一つ、スケジュールの「〇〇事件書面提出期限」を消し、最後のそれを消したときの達成感は大きかった。 遙かに超えて、安堵感が広がる。ずっと綱渡りのような日々だったのだ。 もし体を壊したら、もし身柄事件が入ったら……。身柄、つまり被疑者が逮捕される事件は最優先である。起訴不起訴はすべて逮捕勾留期間での勝負だから、何はさておき留置場に接見に行き、事実を聞き出し、また警察や検察庁にも足を運ぶことになる。 実はこの間、身柄になりそうだという相談を受けていた。もしそうなったら、裁判は休めないが、大学を休講してこれを欠席して……と苦しい算段をしていた。幸い杞憂に終わり、あるいは相談者より私のほうが安堵したやもしれない。 仕事のリズムが通常に戻り、私はきっちりと決意した。今後はいつ身柄が入っても無理なく対応できるよう、早めに起案を終え、身軽になっておくのだと。そして、弁護士稼業の至言、「暇な時にこそ怠けず、よく勉強しておくこと」。 昨今の法律改正はめまぐるしい。何十年と不変だった民法・民事訴訟法、刑法・刑事訴訟法までもが大きく改正され、商法に至ってはそれこそ毎年のように変わる。弁護士会研修や本・雑誌でよほど勉強しておかないとついていけないのである。議員時代は、施行前の立法段階から知識を得られたのだが。 ところで、その繁忙時、新たな発見をした。家のソファに寝そべってぼうっとしていたとき、なんて幸せなのだろうと思ったのだ。健康で、仕事があるからこその、幸せ。幸せは実はこんな身近にあるのだと。 |
||
心身ともに健康でありたい |
2005年11月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
| 過去形になったから言うのだが、世が選挙戦一色の時期、私はかなりのスランプ状態にあった。 はじめに仕事の失態ありき。今思えば大したことではなかったのだが、ずっと順風満帆で自信があっただけに激しく落ち込み、自己を全否定するほどだった。 「弁護士って大変だねえ」 司法修習同期の友人に零した。 友人は理系出身。独学で司法試験に合格し、弁護士を独立開業して20年経た2年前、仕事はもう充分やったと廃業した。今は悠々自適の趣味生活だ。 彼女は、ははと笑った。「今頃分かったか。そう、孤独な職業だよ。だから、できるだけこうやって、話せる人に喋ることが大事よ」 だがその後、仕事ではないが悪いことが二つ続いた。後ろ向きの思考や自信喪失が呼びこんだことだろう。 「よくお嬢さんだと言われるけれど、ようやくそうだと分かったわ」 愚痴ると、大学の同期がかかと笑った。彼は知る人ぞ知るの為替ディーラーだ。 「分かっただけで偉いよ。ずっと分からん人間が結構いるから。大丈夫だよ、そんなに元気な声が出せるんだから。来年になったら絶対、昨年はこんなことがあったのよって、笑ってるさ」 ふっと視界が開けた。ずっと今しか見ていなかったが、1年後、笑う自分が見えた。30年来私をよく知る人が断言するのだから、間違いない。 翌日、偶然かどうか、仕事でいいことが二つあった。 その翌日、昼食にカツを食べたい自分にはっとした。ずっと食欲がなく、昼は麺類で済ませていたのだ。早速カツ定食を食べ、夜はイタリアンのフルコースをきれいに平らげた。食が細くなったと思っていたが、違ったらしい。体が心を映していたのだ。ストレスで免疫抵抗が落ちて癌になる──これはきっと本当の話だろう。他人のストレス肩代わり業がストレスに潰れていては、そもそも仕事が成り立たない。 世の中には、今回のマドンナ候補はじめ、気力・体力・知力ともに充実した、すごい人がいるものである。私はその足許にも及ばないが、人と比べても仕方がない。人はそれぞれ。各持ち場で最善を尽くすことだ。持って生まれた自分は変えられないが、せいぜい努力をしなくては。人に必要とされ頼りにされて、有意義な人生を送るために。少しだけだが、今回悩んで成長したと思う。 教訓その一、本音を話せる友人を大事にすること。 その二、健康であること。自らが心身共に健康でなくして人に優しくなんかできっこないのだから。 |
||
|
歴史は「その時代」で見るべきもの |
2005年10月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
|
解散後、どれほど言われたことだろう。 |
||
人の役に立つ「快」を教わらずに育つ不幸 |
2005年9月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
正直に言うと、私は長い間自分のことを、なかなかの努力家であると思ってきた。それなりに勉強もしたし、コツコツ真面目にやるほうだと。 |
||
人生を豊かにする
「読書、友人、旅行」 |
2005年8月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
毎週火曜は大学の日だ。 |
||
便利な品々に囲まれて思う |
2005年7月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
まだまだ若いと思っていたが、この春、ついに私は50歳を迎えた。 |
||
教育は人と人との真剣勝負− |
2005年6月 |
自由民主党女性誌 『りぶる』 |
4月から大学で週1回、刑法と刑事訴訟法を教えている。 | ||